そんなことを考えながら、レンは料理をするジェットを見ていた。リンと同じ容姿だが、しぐさがまったく違う。何かをすればするほど、違いが際立つように、レンには感じられた。
「……レン、大丈夫ですか?」
 ひととおり使い方を説明し終わったルカが、そう訊いてきた。ジェットはこちらを見ることすらせず、野菜を刻んでいる。
「……俺、出かけてくる」
 それだけ言うと、レンは台所を出た。居間では、メイコとカイトが心配そうな視線を向けてくる。
「レン、大丈夫?」
「俺、出かけるから」
 答えになってない答えを、レンは返した。
「せめて朝食は……」
「……いい」
 空腹は感じていたが、今はただ、家にいたくなかった。レンはそれ以上の言葉は発せずに家を出ると、当ても無く歩き始めた。
 どこへ行くとは決めていなかったのだが、気がつくとレンは、公園に来ていた。あの、ブランコのある小さな児童公園だ。レンは公園の中に入ると、深く考えずにブランコにかけた。そのまま漕ぐこともせず、ただ、ぼんやりとする。頭に浮かぶのは、リンのことだ。リンの笑顔、かわしたやりとり、一緒に歌った歌、そういったあれこれが、頭の中を駆け巡る。
 レンがそうしてただ座ってしばらくしてのことだった。不意に後ろから、声が飛んできた。
「レン君!」
「おーい、レン!」
 振り向くと、ミクとグミが並んで立っていた。二人とも、大きな荷物を持っている。
「ミク姉、グミ……」
 ミクとグミの二人はとことこと歩いて、公園の中へと入ってきた。そして、ブランコの前の鉄の柵のところに立つ。
「……何しに来たんだよ」
「レン君、何も食べずに出て行ったって聞いたから、心配になって」
「ご飯届けに来てやったんだ。感謝しろ」
 ミクとグミが、それぞれの荷物を開く。出てきたのは、大きなタッパーと水筒。グミの荷物からは、大きめのビニールシートも出てきた。
「ここだって一応公園なわけだし、これ広げて、たまには外でお昼にしましょう」
 ミクがにっこり笑う。グミはビニールシートを近くの草地に広げた。ミクがその上にタッパーを載せ、蓋を開ける。中にはおにぎりとその他のおかずが入っていた。
「時間がなかったから、そんなに凝ったものは作れなかったけど。でも、美味しいと思うわ」
「レン、ほら、こっち来いよ」
 グミがぱんぱんとシートの上を叩く。レンがぼんやりとそれを眺めていると、グミが呆れた声をあげた。
「お前な~。リンがいなくなって気持ちが落ち込んでるんだろうけど、しゃきっとしろよ」
 そんなのは無理だ、とレンは反射的に思った。グミの隣で、ミクが少し困ったような表情を見せる。
「ねえ、グミちゃん。もう少しオブラートに包んだ方が……」
「あたしそういうの苦手なんだよ。それになあ、レン。お前がそんなじゃ、リンが見つかったとき、ぶっ倒れて寝込んでるかもしれないぞ。そんなかっこ悪い姿、見せたくないだろ」
 レンはゆっくりと立ち上がって、ビニールシートの方へと向かった。グミがうなずく。
「これ食べて、ちょっとでも元気出せ。腹が減っては戦はできぬって、がくぽ兄しょっちゅう言ってるしな」
 グミの言動には悪気はない、それどころかこちらを気遣っての行動であることは、さすがのレンも理解していた。言われるままにビニールシートに座って、おにぎりを手に取る。かじろうとしたところで、ふと動作が止まった。
「……これって」
「あたしの家で、あたしとミクが作った」
 疑問をすべて口の端に上らせる前に、グミが答える。
「ちゃんと味見はしたぞ。疑ってるのか?」
「……いや、違うよ」
 レンはそれだけ答えると、おにぎりにかぶりついた。ミクがほっとした様子でシートの上に座り、水筒を開けて、中のお茶をカップに注ぐ。
 レンは話しをする気になれなかったので、無言でタッパーの中身を胃に収めた。グミは気を遣っているのか、ミクにたわいもない話題を振っている。ミクはこちらをちらちらと気にしながら、グミの話にあいづちを打っていた。
 ミクもグミも優しい。ミクたちだけではない。メイコもカイトもルカも、みんなそうだ。事態を招いたのは、間違いなく自分だというのに。
「だから、そんなに落ち込むなって!」
 グミにまた励まされてしまった。
「リンは戻ってくるよ」
「……いつ」
「いつかはわからないけど、きっと戻って来る。暗いことばっかり考えてると、本当に暗くなるからな。だから、明るいこと考えた方がいいんだよ」
 レンはグミの言うことを鵜呑みにではきなかったが、首を横に振ることはしなかった。


 公園でミク、グミの二人とピクニックまがいの昼食を取った後、レンはグミに誘われたので、ミクと一緒にインターネット家に行くことにした。真っ直ぐ帰るのが嫌だった、というのもある。
「ただいまーっ!」
 威勢よく自宅の玄関を開け放ち、グミは叫んだ。その声に呼応するかのように、奥から誰かが出てくる。
「ルカお姉ちゃん?」
 出てきたのは、ルカだった。三人とも驚いて、ルカをみつめる。
「あ、お帰りなさい、グミ。ミクとレンも一緒なのですね」
「ルカさん、どうしたの? がくぽ兄に、お茶でもって誘われた? それは別にいいけど、がくぽ兄どこ?」
 矢継ぎ早に尋ねるグミに、ルカは静かに唇を指に当ててみせた。
「ルカさん?」
「がくぽさん、今ショックで落ち込んでいるので、そっとしてあげてください」
「はあ?」
 グミが間の抜けた声をあげる。ルカは沈んだ表情で、言葉を続けた。
「実は昼に、がくぽさんがこちらにいらしたのですけれど……ジェットさんの物の言い方といいますか、態度といいますか、そういうものに腹を立ててしまって」
「……え?」
 グミがぽかんとした表情になる。
「それで説教を始めてしまったんですが……ジェットさんが改めるどころかバカにしたような態度だったので、ますます頭に血が昇ってしまって。それで……」
「まさかとは思うけど、がくぽ兄、手をあげたの?」
「……いえ。怒鳴っただけです。ですがそうしたら、ジェットさん、問答無用で肘をがくぽさんの脇腹に叩き込んだんです」
 ルカはそこまで話すと、ため息をつき、片方の手で自らの額を押さえた。
「ええ!?」
 グミの声がひっくり返る。それはそうだろう。がくぽの趣味は剣道で、毎日鍛錬を欠かさない。対戦相手がダミープログラムしかいないとはいえ、設定上、この中では一番身体の動かし方を知っている。
「倒れたがくぽさんを見てジェットさんは笑い出すし、それでがくぽさん、手合わせだ! みたいに言ってしまわれて。私もメイコさんも止めたのですが、聞く耳を持たず、場所を変えて一戦交えて、ついさっき、完膚なきまでに叩きのめされたんです」
 グミはもはや言葉も出てこないようだった。ミクがグミの隣で、不安気な声をあげる。
「リンちゃんががくぽさんを叩きのめしたって……」
「今のリンは、リンであってリンじゃないんです。それに叩きのめしたといっても、持っていたのは竹刀でした。大怪我をしたわけではありません。そこだけは幸いです」
 と言ったものの、ルカ自身もこの事態が、いいとは思っていないのだろう。声は沈んでいた。
「……ただ、十四歳の少女に叩きのめされたということで、がくぽさんのプライドがずたずたになってしまったみたいで。さっきまでずっと話をしていたのですが、なんというか、その……」
「あ~、えーと、ルカさん、ありがとう。がくぽ兄、あれで結構精神面打たれ弱いとこあったりするから。ルカさんが傍にいてくれて、良かったと思う」
 グミが心ここにあらずと言った表情で、ルカに礼を述べる。ルカは沈痛な表情で、かぶりを振った。ミクが、グミの手をそっと握る。
「そう言うわけですから、しばらくそっとしてあげてください」
 ミク、グミ、レンの三人は顔を見合わせた。そして結局、レンとミクの二人は、ここでグミと別れたのだった。


「……ただいま」
「お帰り」
 レンとミクが帰宅すると、奥からカイトが出てきた。憔悴したような表情をしている。
「カイトお兄ちゃん、さっき、グミちゃんと一緒にお隣に行ってきたの。そうしたらルカお姉ちゃんがいて……」
 ルカから聞いた話を、ミクがメイコに確認する。カイトはそれにうなずいた。
「ああ、そのとおりだよ。……僕もその場にいたけど、信じられない。がくぽがほとんど手出しできなかったんだ」
 レンはその話自体は、そこまで疑っていなかった。……あれは、リンの姿をしていても、リンではない。
「……あいつは、リンじゃない」
 そう、リンなら、がくぽに喧嘩を売ったりはしない。自分を容赦のない力で殴ったり蹴ったりもしない。喧嘩をしてひっぱたかれたことは何度かあるが、せいぜいその程度だ。動けなくなるまで叩きのめす、などということは、絶対にしない。
「めーちゃんもそう言っていた。外見はリンでも中身はリンじゃない。信じられないような修羅場をくぐっているという設定だから、なるべく刺激しない方がいいって。素手ならともかく、刃物とかを持ち出されると厄介だからって」
 その言葉に、ミクは青ざめた。レンも落ち着かない気持ちになる。
「そんなことをするような人なの?」
「みたいだね。……今、めーちゃんが奥で話し合っている」
「話し合いが通じる人?」
「……わからない。ただ、めーちゃんはなんとかするって言ってるから、信じよう。……めーちゃんを」
 カイトはそう言って、ミクとレンの頭に手を乗せた。
「それと、これはめーちゃんからのお達しだ。くれぐれも、向こうを刺激するような真似は避けてくれって。刺激しなければ、何とかなるはずだって」
「刺激したらどうなるの?」
「……僕にはわからない。でも、めーちゃんの口ぶりだと、それこそ刃物を持ち出すかもしれない。めーちゃんも僕も、ミクやレンが傷つくようなことは避けたいんだ。この家にいるのが怖いなら、二人はお隣に泊まってもいい」
 レンとミクは、そろって首を横に振った。カイトのこの提案が、自分たちを案じてのものであることはわかっている。だが、だからといって、それに甘える気にはなれなかった。
「わたしは大丈夫よ、カイトお兄ちゃん。その人のことは確かに怖いけど、でも、だからって、ここを離れるのは嫌なの。メイコお姉ちゃんやカイトお兄ちゃん、ルカお姉ちゃんと一緒にいるわ」
「……俺も平気」
 平気とは言い難い気分だったが、レンはそう答えた。これ以上、メイコやカイトたちを心配させたくなかったのだ。
 きっとそんなにしないうちに、あいつはいなくなって、リンが戻ってくる。レンは必死で、自分で自分にそう言い聞かせた。それを否定する心の声を、押しつぶして。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

リトルコンピュータワールド 第六話【君がいない】後編

 今回のグミは、男前な女の子という設定にしてみました。
 色々とややこしいことになっています。

 さて、ちょっとお知らせです。
 しばらく、更新をお休みにします。
 実は昨日の夜遅く、友人の訃報が届きました。
 突然のことで、頭と気持ちの整理がつきません。
 小説も書く気にもなれません。
 なのでこの、訃報が届いたときに、もう掲載するばかりだったエピソードを掲載し、しばらく休止という形にします。

閲覧数:705

投稿日:2013/05/02 22:38:36

文字数:4,415文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    いつも作品を見させてもらっています。ロミオとシンデレラの頃から追いかけていて、リトルードなどもどれも面白かったです!次の作品も心待ちしています!

    2014/02/14 11:27:16

    • 目白皐月

      目白皐月

      こんにちは、harumiharuさん。お返事遅くなってしまってすみません。メッセージありがとうございました。

      今ちょっとリアルが忙しくて創作の時間が取れないんです。ですが、いずれは続きをあげますので、気長に待ってもらえるとうれしいです。

      2014/03/13 00:14:39

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