穴。
その廃墟の壁には大きな穴が開いていた。
その穴を食い入るように覗き込む僕と女の子の影。
漆喰が見るも無残に剥がれ落ち、廃材となった建材と家具に囲まれて吸い込まれそうな真っ黒い空間がひたすらに続いている。

この廃墟にはこんな噂があった。

今でこそ廃墟ではあるが、当時はとある裕福層の立派なお屋敷だったらしい。
屋敷の主人は有名なフランス人形の技師だったが、女癖が悪く、モデルと称してよく女を家に連れ込んでは女中にして食いものにしていたそうだ。

そんなある日の事だった。
妻のいない店主が何処からか自分よりも半分にも満たない歳の娘を屋敷に連れ帰ったかと思うと女中たちにこう言った。
「この娘の母親を相続人とする。」と。
主人はそのまま自分の部屋に閉じこもるとその翌日に死体となって発見された。

「あの娘の母親は誰なのか。」

当然女中達は主人が連れてきた幼子を問い詰めるがその娘もまたフランス人形のように黙ったままだった。
そのうち女中達もその娘を人形のように扱うようになった。
髪の毛を整えられる。
服を着替えさせる。
最初の本当に人形遊びのように扱われているうちはまだ良かった。
しかしそれは次第にエスカレートし、ついには裸にされ、髪をきられ、目を●●●れ、足を●●された娘の遺体が見つかったそうだ。

それからというもの、廃墟となった今でも度々娘が人をこの廃墟に連れ込んでは自分がされたように人で人形遊びをするんだとか。

この廃墟にはそんな悪い噂があるが噂は所詮、噂。
噂は廃墟なんて言うそれっぽい場所にそれっぽく着色した出来話が一人歩きした信仰宗教に過ぎない。
そんな現場に来たところで待っているのはこれと言って何も無いつまらない現実。
誰しも『こんなものか』と肩を落とし、そうして大人になっていくのだ。
大人になった僕からすればなんて事のない廃墟なわけで、怖がる必要は何もない。

「いいからさっさと入んなさいよ。」

そんな声が隣から聞こえた。

1

驚いた。
あくまで驚いただけで怖がっているわけではないと付け加えておく。
このタイミングで話しかけられると一緒に来た幼馴染の声ですら一瞬フランス人形の怨霊かと勘違いしそうになるのだからプラシーボ効果というやつは恐ろしい。
いや、僕は怨霊なんてものをそもそも信じちゃいないのだが。

「・・・あのさ、驚くから急に話しかけないでほしいんだけど。」
「あ、怖かった?怖かったんでしょ?フランス人形の噂の実証。マー君にはレベルが高かったかな?」
「ば、馬鹿にすんなよ。あとその呼び方やめろ。」
「えー、いいじゃん。二人っきりなんだし。昔みたいになかよくしようぜ?」

高校の学園祭を1週間後に控えた今、僕の所属する新聞部が学校の部活のインタビュー記事でどうせだからと噂調査を特集する事になったのがつい先日。
僕の幼馴染がオカルト研に所属してることを当然部長が知らないはずがない。
半ば嫌がらせともいうべきだが、当然僕をオカルト研にあてがったのもオカルト研もおそらく部長の差し金で協力しているのだろう。
結局、ウチの部長の真の狙いは部活のインタビュー記事なんかではなく、
学校で1,2の人気を誇る幼馴染と僕とのゴシップ記事狙い。
加えて言うなら、新聞部とオカルト研で2人2人の4人構成だったはずなのに、
当日になって2人とも明らかな仮病で欠席ってのも納得の理由って訳だ。
幼馴染だからって恋愛ゲーの対象キャラか何かと勘違いするのは日本の悪しき習慣ではなかろうか。

お前らが変な気起こさなくてもな。
上手くいくなら、僕たちはとっくに上手く行ってるっつーの。

総じて言えばこれはただの茶番ってなるわけで、僕はどうにもこの状況に苛立たずにはいられない。
ちなみにマー君は僕の小学校の頃のあだ名である。

「言ってろ。」
「えー?何でよ。ほら、言ってみ?チーちゃんって呼んでみ?」
「アホくさ・・・。っていうか、お前こそ、相当怖がってんだろ。妙にテンション高いしさ。」
「う、うるさいな。オカルト研がこんなので怖がるわけないし。部長命令だし。」
「ってか、お前な。そういうところだぞ?人一倍怖がりの癖してオカルト研なんて入るから、周りが面白がってマスコットにされてんじゃねーか。」
「ち、違うし。オカルト研に入ったのだって占いに興味あったからだし。憧れの先輩だっていたからだし。」
「何?お前まだ藤本先輩の事好きなの?」
「な、なんだよ悪い?マー君には関係ないって言ったよね?」
「・・・そ、そうな。」

そう。僕はこいつの本性ともいうべき一面を知っている。
だから新聞部の部長が気を回さずとも変な進展にはならないし、そんな余地は毛頭ないのだ。

「・・・・ぁか。」
「は?何か言ったか?」
「なんでもないし。死ね。」

ああ、なんていうかなぁ。
ここまでならまだ僕にも十分幼馴染ルートもあるにはあるんだがなぁ。
コイツの場合、ここでは終わらないからなぁ。

「で、今の。タイトルは?」
「うーん・・・。『幼馴染フラグの立て方』なんてどう?」
「3点。」
「何でよ!」
「藤本先輩使いすぎ。前も使ってたろ。」
「先輩はあんたが使ったんでしょ。幼馴染を想いつつもどうでもいい先輩が好きと言ってしまう乙女心。ほら、あたし最高でしょ。」
「藤本先輩をどうでもいいとか言うな。めっちゃ良い人なんだぞ。あと、そういうプレイは僕じゃなくて他のやつとやってくれよ。」
「あら、つれないわね。幼馴染はあんたしかいないんだから当然でしょ。」
「他のやつがいればやるのか。」
「当たり前。」

要するにこいつは自分の中に劇場みたいのを持っていて、
そこで上演される演目にしか興味のない、ただの役者志望ってことだ。
何をするにも裏があるし、相手の反応を見てただ嘲笑うことしかしない。
そこには主観がなく、人の色恋なんてものも客観的に見て、それが面白いかどうか、ただそれだけが重要なのだ。
それが例え自分に置き換わったとしても根本は変わらない。

繰り返すが、僕はこいつの本性ともいうべき一面を知っている。
だから新聞部の部長が気を回さずとも変な進展にはならないし、そんな余地は毛頭ないのだ。

内面を知らない人間から見れば、こいつは絵に描いた餅に他ならない。
最高の演技を求める演者だからこそ見ている側はその演目に引きずり込まれ、演目を楽しめる。
でもそれはお芝居だったと、最終的にはなんの実りも残さない。
そんな客の顔を見て楽しむのがコイツというわけだ。

「まぁ、見たところただの廃屋だし、噂もただの噂って事でさっさと調べるとしますか。」
「え?帰らないの?」
こいつ・・・。
ほとほと、自分の演技以外には興味を示さない。
幼馴染は流れ的に演目を続けられないと判断したらしく、早々に帰る気だったらしい。

「部活のインタビュー記事。穴が空くんだが?」
実際こんな茶番だったとしても、記事は作っとかないと本当にゴシップ記事でも
宛がわなきゃいけなくなる。自分で自分のゴシップ記事を書く事は絶対に阻止しなくてはならなかった。

「マー君は変なところで律儀だよね。そんなの適当に書いときゃ誰も何もいわないのに。」
「続けんな。これでも本気で記者めざしてんの。嘘は極力かかないのが鉄則だって。」
「ご高承なことで。」

埃と廃材を踏み潰し、釘などがむき出しになっているのを注意しながら進んだ。暗くて見落としそうな障害物を退けながらなので少し進むのにも思いの外時間がかかる。

「別に無理して来なくても良かったんだぞ?一応女の子なんだからここで逃げても誰も何も言わないだろ。」
「あのね。あんた勘違いしてるけど、女って男が思い描いてるような女が大嫌いなのよ。それも最初はいいけど後が怖いの。こんな噂話よりよっぽどね。最低でもあたしを置いてあんたが逃げたくらいのオチが欲しいのよ。」
「・・・お前こそ相当律儀だと、僕は思うけどな。」
そんな会話を数回繰り返すが、一行に減らない廃材と蜘蛛の巣の山に嫌気が差してきた頃、
無限に続くかと思った廃材地獄から1つの廃板を退かすと割と開けた空間が広がっているのが見えた。

狭いし埃っぽいし危ないしで一刻も早くこのこの場所から抜け出しかった僕らはその空間に雪崩れ込むように抜け出たのだった。

しっかりとした床には絨毯が引かれ、土足であるく事に違和感を感じる。
棚、机、椅子、総じて書斎なのだろうその部屋の窓からは外灯の灯りが差し込んでいて懐中電灯の灯りが必要無いほどだ。

外灯と言ってもランタンという奴で蝋燭に灯った火が風に揺れるたびキィキィと金切音を発している。出窓にはいくつかの花が添えられていて下をのぞけばポーチの屋根と石畳が見えていた。

「・・・なぁ、ここおかしくね?」
「・・・そうね。少なくともあたし達が2階にいるはずは無い。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ホラー小説)幽霊女と廃屋生活

ブクマくれたら続き書きます。

閲覧数:218

投稿日:2020/01/21 00:42:14

文字数:3,660文字

カテゴリ:小説

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