ギシ…ギシ…ギシ…
何処かで、錆び付いたゼンマイが歯車を廻している。

ギィ…ギィ…ギィ…
「ぁ、マスターの時計…ネジを巻かなきゃっ」
私はうとうととしていたカウンターから、跳ね起きた。
顔をあげた先には老マスターの苦笑い。
「もう、済ませたよ…今日もお疲れ様」
そう言うマスターの、コーヒーのカップを磨く手は止まらない。
「ぁあ!!マスター!!私、やります!!」
慌ててカウンターに駆け込み「うたた寝してごめんなさい」と謝った。
「いいんだよ。今日も一日、忙しかったからね…ゼンマイの切れたカラクリは、止まってしまうのも仕方無いさ」
「っもぅ、マスター!私はカラクリじゃないですってば!!」
薄い目を更に薄くさせて微笑むマスターの顔は、どこか悲しそうで……私は大袈裟にむくれて見せた。
----私が、この街に来て数ヶ月。
この喫茶『windup』で働き始めたのは、偏にマスターの厚意に拠るものだ。
何でも、私はマスターの亡くなった娘さんに似ていると……常連のお客さんに聞いた。
だから、時々マスターは嬉しそうな悲しそうな顔をするんだと思う。
娘さんは不幸な事故だったらしい。
錆びたカラクリの蒸気自動車に跳ねられ、ほぼ即死。
この街は蒸気に溢れている。
それが、カラクリの、蒸気自動車の、全てのゼンマイを錆び付かせる。
こまめに油を差さないと、ゼンマイを巻くネジが錆びて事故が起きる。
でも、労働者が多いこの地区には……幾ら蒸気で溢れていても、こまめに油を差せる程の裕福な人はいない。
「昔は違った」
と、ここに来る皆は口を揃えて言う。
「昔は、もっと油をさせたのに……」
ッカチャン
薄い陶器の割れる音に、思考は中断された。
見ると、マスターの手の中には、コーヒーカップだった白い破片がある。
眉根を寄せて、難しい顔のマスターについ噴出してしまった。
「マスター、握力強いんですから……」
「う……むぅ」
手の平の欠片を落とさないように、ゆっくりとマスターはゴミ箱へ向かう。
ぱらぱらと手から落ちていく欠片。うっすらとした違和感。
「さて……ひとつ、買い物を頼んでいいかい?」
掌の欠片をぱんぱんと叩き落し言う、マスターのその言葉に、私は我に返った。
「はい!……いつもの《tears》ですか?」
「あぁ…………時計が錆びてしまってね……止まる前に油を差したいんだが……買ってきてくれるかね?」
二つ返事で引き受けた私は、連絡はしてあるから、とマスターからお金を預かる。
《tears》は、私が住んでるアパルトメントと、喫茶店の間にある。と言っても、少し遠回りになるけれど。
マスターは逆方向に住んでいるから、自分で行くよりも私が行った方が断然、効率的なのだ。
お店のお金を預かって買い物に使わされるのだから、それだけ信用してもらえてるのだと、単純に嬉しく思う。
「それでは、また明日ね」
「はい、お疲れ様でしたー!」
お店の施錠を終えたマスターへ会釈をして、見送る。
辺りはもう暗く、蒸気が街頭の灯りを滲ませていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

からくり

れんれん様画【 GUMI(スチームパンクメイドver) 】
http://piapro.jp/t/KIpI(削除済)より、イメージ。

前バージョンで続きます。
数年かかっての書き上げ。

閲覧数:238

投稿日:2015/09/27 00:22:20

文字数:1,263文字

カテゴリ:小説

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