共に振り上げ、渾身の力を込めて繰り出された拳は空中で衝突し、俺とメイトの体は反動で大きく仰け反った。 
 「ぐっ!」
 次にメイトは足を鞭のようにしならせ俺を薙ぎ払うが、俺はその瞬間に跳躍し、メイトの頭上を飛び越え背後に貼りつき、首根っこを捕まえて後頭部に一発の打撃を与えた。
 脳に強烈な振動が加わったせいで、一瞬奴の体から力が抜け落ちた。
 「くっそぅ!」
 目の前からメイトの姿が消えた次の瞬間、何者かに腕を掴まれた俺の天地が逆転し、俺の体は硬い鉄の床に叩きつけられた。
 「死ね!」
 俺めがけて急降下する奴の踵を回避し、起き上がれざまに同じく踵を振り上げたが、互いの両足が空中で衝突し、目の前で火花が舞い散った。
 俺と奴は即座に立ちあがり、殴打による応酬を繰り返した。
 顔、胸、腹へと、銃撃に匹敵する威力の拳を放ち続け、火花を散らせる。
 だが俺の拳は奴の拳に弾き返され、無力化されてしまう。
 「ならば、これはどうだ!」
 メイトは叫びながら腰を捩じり、続けて二発の蹴りを放った。
 それに答えるように俺も膝で攻撃を受けとめ、そして奴の懐に入れようと反撃の蹴りを浴びせる。
 俺と奴の脚が一秒間に数回、空中で激しく音を打ち鳴らし、衝撃波で空気を震撼させる。
 壮絶な蹴りの応酬が途絶えた瞬間、俺とメイトはほぼ同時に拳を構え、一気に正面へと打ち放った。 
 それでもなお、両者の力が互角であるせいか、やはり正面からの打ち合いでは二人とも弾き返されてしまう。
 「きりがないな。悪いが早めに終わらせてもらうぞ。」
 メイトは大きく後ろに後退すると、右腕を脇腹の横で、添えるように構えた。
 それと同時に、周囲の空気が一斉に奴に吸い寄せられた。
 何かが、来る。
 「はぁああ・・・・・・!!」
 メイトが周囲の空気を吸い込んだ瞬間、一瞬奴の姿が消え、俺の前に出現した。
 奴の右腕が、完全に俺の中腹に入り込み、捻じ曲げられた。
 「ぶぁッ!!!」
 一瞬意識が飛んだかと思うと、俺の体は空中に舞い上がり、数メートルの距離を吹き飛ばされ再び鉄の床に転がった。
 同時に激痛が腹部から全身へと駆け巡り、それは起き上がろうとする俺の腕さえも縛り上げた。
 「どうした。その程度か!!」
 メイトの足音が、床を伝わって近づいてくる。
 今追い打ちをかけられたら、絶対に二度と立ち上がることはできない。
 俺は全身を縛り上げる激痛を必死に振り払い、立ち上がろうとするが、その前に俺の喉元をメイトの腕が締め上げていた。
 「ふん・・・・・・所詮はバーチャル訓練しか受けていないお前は、俺の敵ではない。」 
 奴は口許に笑みを浮かべると、左腕で俺の体を空中に持ち上げ、右腕を構え、再び周囲の空気を吸収し始めた。自分ではなく、その拳に。
 痛みで意志に従わない体。圧倒的に不利な状況。
 そしてこれを受けたら、もはや・・・・・・。
 「デル!!お願い、負けないでぇ!!!」
 だがそうもいかないようだ。
 後ろからワラの声が聞こえた瞬間、全身の苦痛と疲労が消滅し、無意識のうちに、メイトが繰り出したトドメの一撃を片手で受け止めていた。
 「何ッ?!」
 「は・な・せぇ!!!」
 顔色を狼狽一色にしたメイトの顎を膝で蹴り飛ばし、俺は空中で身を翻し、着地した。
 これは一体どういうことだろうか。
 ス二―キングスーツのストレングス機能でもない。全身を駆け巡り、迸る力。
 体全体に凄まじく強大なエネルギーが漲り、それは今までに感じた苦痛と疲労を打ち消し、そして。
 負ける気がしない。
 この力があれば、メイトを倒すことも苦ではない。
 「な、何だ貴様――。」
 何かを言いかけながら起き上がろうとしたメイトの顔面を俺のつま先が蹴りあげ、その体ごと駐機場の壁に叩きつけた。
 何かに引っかかったのか、奴の体はずるずると下に落ちて行く。
 「勝負の最中に、べらべらと・・・・・・。」 
 俺は無心のうちに拳を振り上げ、そして一心に力を集中させる。
 力が頂点に達した瞬間、俺の拳が音の壁を突き破った。 
 「喧しい!!!」
 空気との摩擦で燃え上がった俺の拳が、壁からずり落ちるメイトの体に叩きつけられた。
 鉄の壁は容易に陥没し、張り付けにされた奴の断末魔が響き渡る。
 「うぉおおおおーーーーー!!!」
 全身の力を集中させたその一撃が、メイトの全身から生気を消滅させた。 奴の体が床に落ち、動かなくなったことを確認すると、俺は網走智樹の方に向き直った。
 「ほほぅ。メイトを倒すとはな・・・・・・お前はよほどワラのことが気に入ったようだな。」
 「そうだな・・・・・・そして、次はお前だ!」
 俺が網走に向けて踏み出したその時、俺の前に、一人の人影が舞い降りた。 
 それは、先程別れたばかりの、ミクオだった。
 「はい皆様、それまで。もうそれまでです。」
 ミクオは何かを仕切っているように手を叩き、場をしらけさせた。
 「私を裏切ったお前が・・・・・・今更何用だ?」  
 網走が、ヘルメット越しにミクオを睨みつけた。 
 「あなた方の計画も、そしてデルさん達の作戦も、残り十秒を持って終了いたします。」
 「何を言って・・・・・・のわっ!」
 その時、この駐機場全体に凄まじい振動が発生し、次の瞬間、この空間が徐々に傾斜していった。
 網走、テッドが身をかがめる中、ミクオだけが悠々と立った姿勢を維持している。
 「きゃあッ!!」
 「!」
 ワラの悲鳴で気づき、俺はすぐさま彼女の体を抱きとめた。
 目の前を息絶えたメイトの体が、虚しく転がっていく。
 『緊急事態発生!緊急事態発生!機体エンジンの出力が低下!制御不能!』
 緊迫した声の館内放送が鳴り響く。
 「ミクオ・・・・・・何をした?」
 網走は言葉と体を振動に震わせながら、静かに立ち上がった。
 「何をしたですって?この実験を成功に導くために送られた、試験官の役をこなしているだけです。」
 「実験だと?」
 「ええ、勿論です。そこのデルさんは、あなた方の蜂起を食い止めるためと、VRFTの成果を示すために送りだされた。あなたにはそう説明しましたよね?」
 「・・・・・・。」
 網走が、口を紡いだ。まだ何か、裏があるというのか。
 「過去の実験同様、これまでクリプトンは自社の技術を示すため、数々の実験を行ってきました。そして、それら実験はことごとく成功しました。なぜかと言うと、クリプトンは実験に絶対的な保険を持たせ、99パーセント実験が成功するように保障をつけていたのです。今回も例外ではなく、デルさんの任務がほぼ成功するために、予め用意された環境、作戦、そして、予め用意されたストーリーの上をデルさん達は辿ってきただけなのですよ。」
 「馬鹿な!!我々の蜂起が奴らの計算に入っているはずがない!!」
 「私は本社に貴方の計画を、とうの昔に暴露していました。そこで本社は、新開発のVRFTの完成度を確かめるため、当時陸軍で試験的にVR訓練に参加していたデルさんを、今回貴方が起こした蜂起を食い止める過程で様々な課題を与えるという計画を立てたのです。」
 「様々な課題?」
 ミクオの言葉に、俺は疑問の言葉を投げかけた。
 「デルさん。よくも考えてみてください。研究施設という建造物内への侵入はス二―キングミッション。火窪町では一般人に扮した尾行と追跡。さらには垂直離着陸機、VTOLの操縦。そして様々な状況下、相手との戦闘。そんな多彩にわたる出来事が、任務をこなす上で偶発的に起こった事態だと、本当にお思いですか?」
 そうであれば・・・・・・ミクオの言ったことは本当か。
 「まさか、そんな!!」 
 「とあるストーリーを背負わせ、それをクリアすることで貴方は一人前の兵士となり偉大な戦績を残すのです。そうしてVRFTが兵士の育成にとってどれほど有効かの証明、そして一度は廃止となった意志を持つ人間型アンドロイドの信頼性を再確認出来ます。網走さん。貴方が自分の意志で起こしたと思っていた蜂起も、クリプトンが計画していたストーリーの一部にすぎなかったのです。しかも蜂起は確実に失敗し、デルさんが任務を成功させるという落ちまでちゃんと用意されています。」
 「何故結末までもが言い切れる?」  
 疑問の言葉をかけたのは、網走だった。
 「言ったでしょう。絶対的な保険があると。私はあなた方の内部に潜り込み、敢えてデルさんが如何なる不利に陥ろうともその生命だけは確保し、なおかつ、デルさん達の内通者を通じて、敵側、味方側ともに完璧なサポートでデルさんを援護しました。そして、極めつけは貴方が奪取したピアシステムを分解させ、一時的に制御不能な状態にするためのワームです。ピアシステムを停止させるためのワームなんて、すぐに用意できるものじゃありませんからね。デルさんがこれを予定通りシステムに混入させ、貴方達を完全に無力化した時点で、実験は成功、というわけです。」
 俺達の中に内通者いるとすれば・・・・・・。
 「おい、その内通者というのは、ミクのことか?」
 「はい。彼女は、拉致された網走博貴博士の居場所を教えるという条件で、今回の実験で貴方のサポートをするようにお願いしました。もっとも、私情を抑えきれず貴方に刃を向け、最後には命を投げ出そうとさえしましたが・・・・・・まぁとにかく、そういうことで、今回の実験は予定通り成功しました。私もクリプトンのポーン(駒)として、与えられたロール(役割)を果たせましたよ。」
 「ミクオ。研究所にいた鈴木流史と、春日所長の死もお前が原因か?」
 「そうですよ。彼らはもはや用済みとなりましたし、生かしておけば事の真相を口外しかねませんから。それに、あの二人の死も、貴方に心理的影響を与えるという効果を期待していましたから。」
 「なんてこった・・・・・・。」
 俺は、ミクオの口から伝えられた真実を、今だに呑み込めないでいた。
 今までタイト達とくぐり抜けてきた戦火も、出来事も、何もかもが徹底的に計画されたストーリー。
 俺はひたすら、自分と仲間を信じて戦ってきたはずなのに。これが俺の存在意義を教えてくれるはずだと、信じていたのに。
 俺も、網走智樹も、誰もかれもがクリプトンの思惑通りに動き、戦い、果ては殺される者までいた。
 俺は操られていた。軍ではなく、クリプトンの駒として。
 もはや俺は人間に使役されるという役割は十分に果たせたはずだ。それでも、俺は自分の存在意義が確認できたようには思えない。
 答えは簡単だった。他人に好きなようにされ、操られていた自分が、心の中で反抗しているのだ。
 これは、俺の本当の姿ではない、と。
 自分の意志で、生きてはいない、と。
『エンジン停止!高度急降下!!これより不時着態勢に入る。各員、衝撃に備えよ!!!繰り返――。』
 館内放送が途切れ、そのストーリーが終焉に近づいたことを知らせた。
セリカから受け取ったワームが、遂にストラトスフィアまでも浸食し始めているのだ。
 ミクオは俺とワラの前に歩み寄り、背中からパラシュートを差し出した。
 「さて、お二人さん。エレベーターはどうにか起動できるよう確保してあります。そろそろ脱出しましょうか。」
 「・・・・・・。」
 俺はミクオからパラシュートを受け取り、先ずワラの体に装着しようとした。
 「デぇぇえルぅぅぅぅ!!!」
 その時、完全に動かなくなっていたはずのメイトが飛び上がり、俺の体を突き飛ばした。
 バッテリーから電気が漏洩しているのか、体中に電流が迸るメイトは無我夢中で俺の体を締め上げた。
 「このまま自爆してやる・・・・・・貴様も道連れだ!!」
 奴は鬼の様なおぞましい形相で俺を睨みつけ、残された力で俺の体にしがみつく。
 「メイトさん。そういえば貴方も消える予定です。」
 その時、背後でミクオの声が聞こえたかと思うと、メイトの体が俺から引きはがされ、空中高く舞い上がった。
 「うぉおおおーーーーー!!!」
 次の瞬間、メイトの光が閃光を放つと共に大爆発を起こし、跡形もなく消し飛んでいた。 
 自ら暴発するとは・・・・・・。
 「さ、二人とも、こっちです!」
 何事もなかったかのように、ミクオは俺達に手招きした。
 俺はワラの体を抱きかかえ、既に上昇を開始したエレベーターに飛び乗り、航空機発着用のカタパルトへと向かっていく。
 だが、同時に網走智貴も俺達と共にエレベーターに乗り込み、カタパルトに押し上げられていたのだ。
 「待て!デル!!」
 奴が叫んだ瞬間、カタパルトのハッチが解き放たれ、凄まじい強風が俺達を空中へと吹き飛ばした。眼下には、朝焼けに照らされた海が広がっている。
 任務を終えたこの先に、どのような結末が待ち受けているだろうか。
 俺の未来は、存在意義は、一体どこにあるのだろうか。
 そんなことを心の中で呟きながら、俺は重力に身を任せ、海面に着水した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

SUCCESSOR's OF JIHAD第七十八話「soldier」

「soldier」(short ver)
song by MEITO

戦地に引かれた血のライン
辿り どこへ向かう
黒煙を吐く赤き浄土
何処に 生命(いのち)がある
何を恐れ縮こまる 否 光は今だ我を照らす

行く者に生の灯(ひ)示し 退く者に死の闇を与えん
疑うな 恐れるな 己が力に従えよ 

突き抜け 駆け抜け この身全てに血を浴びて
朽ちた屍(かばね)に情はない 業火にて 灰燼へ帰せ
憤怒を感じろ そして放て
何処までもその手を汚して
我が業よ 罪を憎む

貴様の心を神に捧ぐか
それは逃避にしかならない
信じるものは己のみ
その手に持つものが 血塗られた生へと導かれ そして授かろう
退くな 恐れるな 力に従えよ 
解き放て 秘めたる自分を 

突き抜け 駆け抜け その先にある光見出して
生ける者と走れ その希望を 共に見せん
無心のうちに 生命(いのち)を求め
この身を縛るものは無い
我が業よ 生を掴め

焔はこの身を焦がし  
犯した罪に凍てつく心
それでもなお 迸る
希望を掴み 恐れない 力よ

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投稿日:2010/02/14 23:25:36

文字数:5,362文字

カテゴリ:小説

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