――――――――――#5

 「司令部通信室からC-2。現状を報告せよ」
 「C-2は異常なし。送れ」
 「了解した。通信終える」

 亞北ネルは旅団本部棟――基地司令室と同じ建物――の通信室で、5分毎に通信機を弄っては退屈そうに頬杖を付いていた。鏡音レンが配置についてから、2時間が経過していた。

 「失礼します」
 「入れ。その緊張感のなさ、階級が下だったら怒鳴りつけてる所だ」
 「第7機動攻響旅団旅団本部司令部付参謀弱音ハク准将、入室いたします」
 「なんで言い直したんだよ」

 弱音ハクは襟を正して敬礼まで決めた。当たり前だが、厳戒態勢中に将官が所属から階級まで名乗ると部下達は困るし、手を止めて敬礼を返したら良いのかどうか迷っている。通信室に変な緊張が走っているのに半ば呆れつつ、ネルは通信士官達に無言で手を振ってオペレーションを促した。

 「現状は異常なしだ。他に何か用か?」
 「市長から、エルメルトの警備を増員してほしいと要請されましたので」
 「あー。全部貸してやってもいいって返事しといて」
 「100名程度の余裕があると返答したら喜んでましたから、中隊一つ出してください」
 「対空砲中隊か機関銃中隊なら空いてるな」

 ネルのおざなりな言葉に、ハクは眉をひそめた。参謀殿の顔を一瞥して、ネルは続ける。

 「プランD、お前等の言い方ではレベル3か4でないと、出番が無い。結局使い道は無いって事だ」
 「……では、それで手配願います」
 「冗談だよ。通信長、第3大隊と第6大隊に市街地の警備任務で1中隊ずつ部隊を派遣させてくれ」
 「命令内容はどうしますか」
 「取り敢えず適当な場所に集結して、どっちかの中隊長で先任の方に指揮させろ。あとはハクが指示を出す」
 「了解」

 通信長の返事を聞き流し、ネルは通信機を操作して次の定時連絡を取る。手元の配置図を書き換えながら、異常無しの報告を言葉半分にして労いを返した。どうせ異常があれば報告するのだから言う事なんか決まりきってるので、全部同じ言葉で統一させているのだ。定時連絡で上がる報告と言えば、「D-5は異常なし。降雨を確認。送れ」とか「A-1は異常なし。なお野良猫の侵入を確認、指示を願う。送れ」など、大した内容はほとんど無い。

 「弱音准将、そっちの状況はどうなんだ?」
 「そうですね。重音テトが来ないので順調です」
 「こっちは全然順調じゃない」
 「でしょうね」
 「おかしーなー。守りやすいように設計したのに、勝てる気がしない」
 「私にも責任があります。ゲリラ戦は全く想定していないとは、思っていたんですけど」
 「本当だよ!核兵器以外で落せないって言ってたの誰だよ!」
 「だって。前線遠いのに厳戒態勢になるなんて思わないじゃないですか」
 「くっそムカツク!正規軍相手だったらボッコボコにしてやんのに!」

 簡単に言うと、基地敷地の北西に司令所を含む建物群があり、四角に小さな円が刺さった配置になっている。ハク曰く、焼けたお餅構造だが、この建物群がそのまま陣地になる。

 この第7旅団基地の最大の弱点は、四角側の一角からの正面突破である。角は建物自体が援護射撃の障害になって、突破されやすい。逆に円形はどこから攻められても同じという点から、多正面の防衛に陥りやすいという弱点がある。ただし、円形はどの地点から部隊を出しても同じ利得なので、攻撃力は安定している。

 この円と四角を組み合わせると、四角が円を援護できる範囲はかなりのレンジで火力を利かせる事が出来るし、四角側は円側から速やかに、両翼の火力部隊を展開できる。側面からは、四角からの火力と円からの迎撃部隊とでほぼ防衛できる計算である。円側の方向には市街地の中心があるので、その方向から攻められるという事は都市が陥落している確率が高く、理論上は迎撃を想定しても実際には戦線を維持できないと思われる。普通想定するのは四角側からの攻撃であるが、四角側の方に広く基地の敷地を広げているので、陸戦に限ればかなり戦術の融通が利く。多様な状況において迎撃体制が展開可能なのである。

 という。簡単に言うと、第7攻響旅団の基地は鉄壁の防御力を誇る筈なのである。

 「お気持ちは分かりますが、やはり私の出した設計案の方が優れていたようですね」
 「いや、優れてねえから。地下に基地造ったりバカ高い塔建てたりとかの方が意味わかんねえから」
 「ですが、対攻響兵の性能は高いですよ?」
 「絶対に認めない。軍隊って、火力が全てじゃねえから」

 軍でエルメルト基地の設計をする時、実際にコンベンションの形式で設計案の選定を行ったが、普通科でも攻響兵力を重視する将官でも通常戦力重視のプランが人気を集めた。弱音ハクなどが提案した特殊要塞型は「陸に上がった大和」だの「地上を走るB29」だのとボロカスに言われ、おおむね不評だった。

 「いいかー。基地ってのは工兵や整備兵も駐留するし、特に補給隊が兵站物資を出し入れしたりする。そういう連中が寝起きしたりするし、攻響兵が大物を片付けた地域を制圧する普通科の連中の本拠地にもなる」

 ネルは立ち上がって、地図の一点を指差して続ける。

 「軍関係の業務を一手に担う、軍にとっては唯一の家で、仕事場だ。「VOCALOID」だけいれば成り立つような基地なんて、地面に据え付けた砲台程度の価値しかない。わかるだろお前は」
 「だから軍事的に安全なエルメルトで造ろうとしたんじゃないですか」
 「わかってない。飛行場を一個作ってエルメルト唯一の基地だと言い張るようなもんだ」

 ハクは腕組みして考え込んだ。何か言おうとしたが、押し黙る。

 「私から言えるのは、もう一個エルメルトに基地を作るって話が出たら有り得るかもな、だ。それも「VOCALOID」が定員超えて困るという、陳情付きでの話だ」
 「耳が痛い……」
 「夢を叶える為に苦しむのはいい事だな。こっちは想定外の事態で頭が痛い……」

 呟くと、地図に向き直る。ネルが指差したのはエルメルトの周辺図で、赤い点の付いた第7旅団の所在地である。

 「「VOCALOID」の単騎特攻なんか想定する訳ねえだろ。くそったれが」
 「そうですね」

 この事態においてなら、ハクらが提案した要塞も有効性を発揮するのだが、問題はそんな要塞がある場所にはまず単騎で寄り付かないと思われる点である。

 「「VOCALOID」だもんなー。戦術なんか関係ないよなー。卑怯だよなー」
 「私達も」
 「うるさい。私達を狙うんならともかく、敵国のほぼ一般人の捕虜を防衛するとか、マゾゲー過ぎる!」

 正味、「VOCALOID」亞北ネルでも「VOCALOID」弱音ハクでも、一万名程度の戦力相手なら単騎で互角に戦える。上のクラスの「VOCALOID」初音ミクなどは、ほぼ軍団レベルの威力を持っていると言っても過言ではない。

 「捕虜の様子はどうよ?」
 「経過は順調ですね」
 「経過は、か」
 「今は予想通りに、動揺しているようです。鎮静剤を打って落ち着かせたとの報告がありました」
 「だろうな」

 「VOCALOID」同士でやりとりする会話というのがあるが、言葉に出さなくても緊張感などの雰囲気も明瞭な言葉と同じくらいに気分を伝える。捕虜はある程度の素質があるらしいから、戦雲を感じ取っていても不思議ではない。

 「うちの警備隊には、どこに収容されているかは伝えていない。持ち場を全力で守れとは下命してある」
 「でしょうね。その場合の想定損害率は高いですが、捕虜が暗殺される確率は低いです」
 「軍の威信に関わるからな。なんとしても防衛する」
 「では、私は司令室に戻りますので」
 「おう。お姫様のご機嫌とっといてくれ」

 ハクは曖昧な苦笑いを残して出て行った。ネルは眠気を感じながら通信機をいじる。

 「司令部通信室からA-3。現状を報告せよ」
 『A-3から司令部通信室、異常なし』
 「了解した。通信終える」

 通信機を切り、ネルは頭を抱えた。正解は、「A-3は異常なし。送れ」である。いけしゃあしゃあと返事をしたが、声を渋くしたからといって、定型文が決まっている定時連絡を間違えればバレバレだ。

 「おい、聞いてたな。誰かハクを呼び戻せ」

 通信室には今度こそ、本当の緊張が走っている。ネルは気を取り直し、立ち上がると静かに拳を左手に打ち合わせた。

 「動いたな。A-3から来たって事は、ゴールがどこか分かってないな」

 中枢部に目星を付けて来たのは評価するが、中枢の北側に捕虜を置いているのに、南側から入ってきたのだ。そして陽動の可能性は、ない。基地で警備している兵士に通信もさせずに装備を奪い取る人材など、今のテトが調達できるわけは無いのだ。本人で間違いない。

 「通信長。第3と第6を動かしたな。あいつらの1小隊をヘヴンズクロスで円陣組ませろ。後は予定通り市の警備行動だ」
 「了解」

 通信室の扉が開き、ハクが血相変えて入ってきた。

 「弱音ハク、入室する。テトですか?」
 「おうよ。A-3で兵士に化けた。シティには予定通り兵隊を『撒く』。あのババアに軍隊舐めた事を思い知らせてやる!」
 「では、私が指揮を取りますので、亞北准将は予定通りに」
 「ああ、後は任せる。下手打つなよ」
 「お気遣い無く」

 左手で手を打ち合って、ネルとハクは入れ替わった。何が理由であの捕虜に拘るのかは知らないが、戦術レベルの戦いがどういうものか、ネルは教えてやるつもりである。

 「あ、A-3にピン差しといてくれ!エルメトル行きの連中から1小隊引き抜いた!」
 「了解」

 ネルが颯爽と出て行った後、ハクは地図の前に立ち、赤いピンを取ると勢い良く地点A-3に刺した。

 「となると、Dの方に誘導しましょうか。通信長、エルメトル行きのコードネーム」
 「シティライナーです」
 「では、シティライナーをグランドラインから横列で南下させます。A地点の部隊はゾディアックラインを超えてD側に後退。はい発令」
 「了解」

 ヘブンズクロス、グランドライン、ゾディアックラインは中枢建物群の南東、四角側の中央を走る十字路と、横の東西、縦の南北を貫く道路である。

 「あとは、……そうですね。第1種戦闘態勢を発令したいのですが、同士討ちは困りますね」
 「弱音准将、鏡音大佐より通信です」

 最悪のタイミングで通信が入った。ハクは思わず瞑目した。

 「スピーカーで流せ」
 「通信不良、再度願います。送れ」

 士官が機転を利かせて、同じ内容をレンに繰り返させるよう仕向けた。

 『えっと、D-5より司令部通信室、重音テトと遭遇しました』
 「ふむ。動きが早い……、D-5での戦闘を許可する。送れ」
 『りょ、了解!お、送れ!』
 「了解した。通信終える」

 ハクは溜息を吐く。弱音ハクが敬語を忘れるレベルなどとよく揶揄されるが、戦闘中くらい平語になる。誰でも何故か驚くから、煩わしい。一応は軍人なのだ。これでも。

 「シティライナーはA地点を巡回しつつ、ゾディアックラインまで到達せよ。異常は各指揮官の判断で対応せよ。A地点の部隊は当初の持ち場に戻れ。以上」

 誰かがハクの命令を発信する。片耳で正しく伝達されているのを確かめながら、次の手を考えている。

 「ネル、亞北准将がきちんと報告を入れてくれればいいんですが……」

 ネルが前に立ってしまうと、正直指揮系統が乱れて嫌なのだが、旅団の状況を考えると仕方が無い所もある。今夜は思った以上に長い夜になりそうだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALOID」 3章#5

ようやくエンカウントする直前。御託の長さが今回の見所です。

閲覧数:90

投稿日:2012/12/04 01:43:10

文字数:4,826文字

カテゴリ:小説

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