【Error -a riddle- ②謎人・謎】



あれから、数時間たったが、いまだに謎人は目を覚ましていない。
とりあえず、皆は他の部屋で待機をし、謎人の様子は交代で見ている。
「本当に謎人は目を覚ますのか?」
そう言ったのは、謎人の近くに座っているキョウだった。
「此方には目を覚ますようには見えないが…」
頬のあたりに手を伸ばしたとき、謎人の顔がかすかに動き、包帯がほどけた。
閉じたままの左目が見える。
「んっ・・・」
小さく声を上げたのは、謎人だった。その場にいる全員の視線がそちらに向く。
ゆっくりと、目を開く。紫色の虹彩が、うっすらと濁っているようだった。
その瞬間、何かに怯えるように、目が見開かれる。
そして、立ち上がろうとしたが、その場に倒れこんだ。
「大丈夫か?」
差し伸べられたキョウの手を叩いて、頭を抱えて震える。
何か小声でぶつぶつと言っているようだ。
「謎人…?」
動きがとまる。
「…めいと?…違う、俺は…。…カイト」
カイト。
確かに、謎人はウイルスが入る前はカイトだった。
ショックで記憶が戻ったということだろうか。
「彼方は、カイトなのか?」
少し、考えたような素振りをしたあと、こくりと頷いた。
容姿は謎人のままだが…。
「とりあえず、ヤタを呼んでこよう。しばらく一人にするが、大丈夫だろうか」
そう言った途端、首が締まる。
裾を掴もうとした謎人が、スカーフを掴んだらしい。
そのまま引っ張られ、床に膝をつくと、ようやく気付いたらしく手を離した。
「あっ…」
申し訳なさそうな顔をして、急いで手を引っ込める。
「大丈夫だ」
おろおろとしているその姿は、謎人のものとはもちろん違うが、カイトだとも思えない。
しかし、ヤタに聞いてみないことには何もわからない。
この状態の謎人を置いて行くわけにもいかないが…。
「じゃあ、カイト。これを其方に」
カランコエの小さな鉢植え。
ピンク色に咲いた小さな花。
カイトだと名乗る謎人は、不安気に小さく腕を伸ばし、
大事そうに両手で包むと自分のもとへ引き寄せるようにその腕を戻す。
少しだけ安心したようだ。
「一緒に、ヤタの所へ行こうか」
今度は、伸ばした腕を掴んでくれた。



「…そうか、カイトか」
ヤタは、目を覚ましたことを喜びながらも、
目の前の現状を見て複雑な思いをしているようだった。
「自分でカイトだと言ってはいたが、この様子では記憶が戻ったわけではなさそうだな」
「そうだな…少なくともカイトはもっと元気だったよ」
謎人が現れたのは、キョウが来てからすぐのことだった。
カイトだったときの思い出などほとんどない。
それでも、カイトの事はよく知っている。
キョウ自身が、カイトを元に作られた亜種だからだ。
「治るのか…? カイトにではなく、謎人に」
「さぁな… 俺に出来ることは全てしたさ。 
  マスターが帰って来るまでは様子を見るしかない」
謎人の方を見る。
うずくまり、大事そうに持った鉢植えを見つめている。
「そうか…」
このままで平気なのだろうか。
マスターが来たら、治るだろうか。
それとも、謎人が突然現れた時のように、また突然他の人物へとなっていくのか。
「あれは、カランコエか。…お前が守ってやってくれ」
カランコエの花言葉は、“あなたを守ります”。
あんな小さな花になぜ、そんな花言葉が付いたのかは知らないが。
「出来ることはするが…其方も急いでくれよ」
「わかってる。今、ハイが急いでマスターの元に向かっている。
  あいつなら電源が入っていなくても大丈夫な分、確実だろう。」
ヤタは、冷静のようでいてとても焦っていた。
謎人がいなくなってしまうことが怖い。
ただ、それを紛らわすように、パソコンに向かった。



「さて、どうしたらいいのか…」
任されはしたが、待っているだけというのは避けたかった。
何かしたいが、何をしたらいいのか。
「謎人と親しい人に会いに行ってみるか」
仲が良かったかどうかは知らないが、
話しているのを見たことがある人をあたってみよう。
「では、カイト。探音に会いにいこう」
それなりに親しかったはずだ。
探音も、謎人といるとうるさくなくていいと言っていた覚えがある。
「・・・さぐりね?」
どうやら謎人は他の人のことを忘れてしまったようだ。
記憶を思い出すどころではないらしい。
「見た目は怖いが悪い奴じゃない。天邪鬼だが泣いた赤鬼みたいな奴だ」
よくわからないという風に軽く首を傾げる。
「安心しろということだ。行こう」
歩き出すと、数歩遅れてとぼとぼとついてきた。
「…体調は大丈夫なのか? ある程度安定はしたみたいだが」
立ち止まって振り返ると、2歩歩いてから謎人も立ち止まる。
口元がかすかに動く。何か言っているようだが聞こえない。
「なんだ?」
聞き返すと、恥ずかしそうに俯いてしまった。
近づいてもう一度言うように促すと、また小さく口を開く。
「あいす…」
「…アイス?」
確かに、そう聞こえた。
7月。外は暑くなってきている頃だろうが、部屋の中は暑くない。
そもそもバーチャルボディに気温なんて対して関係ないのだ。
感じないわけではないが…。
「…」
謎人の反応からは、確かにそう言ったようだった。
カイトはアイスが好きなようだが、それにしても唐突だ。
「食べたいのか?」
こくこく、と二回頷く。
止める理由もないだろうと、方向を変えてキッチンへ向かう。



キッチンに近づいた時に聞こえたその声に、嫌な予感がしたが、
気づいたときにはすでに遅かった。
「あれぇー、謎人クン起きたんだー! よかったねー」
この能天気は…。
とりあえず、怖がっている謎人をかばうように間に立つ。
キッチンにいたセトは、今日も変わらず明るくうるさい。
この男が哀しむのはどういう時なんだろうか。
「謎人さん、まだ顔色わるいみたいだけど… 水でも飲む?」
そう言ったのは、セトと同じく天然のリア。
こちらは優しいし気が利くが、やっかいと言えば厄介だ。

あらかたの説明とすると、リアは事の深刻さに気づいたようだった。
セトは、何を考えているのかよくわからないが、アイスを器に移してくれた。
「キョウクン、ミント!」
「え?」
ガラスの器にきれいに丸く盛り付けられたアイス。
おそらく、ミントを出してくれということなのだろう。
哀しんでいる人を慰めるための力を、セトに言われるとやる気が削がれる。
まぁ、今の状況の謎人のためと思えばできないことはもちろんないのだが。
「ミントだけでは、さみしいだろう」
ミントと一緒に、ペンタスの花を添える。
エディブルフラワー、いわゆる食用花だ。
「キョウクンって、結構可愛いことするよねぇ」
セトといると、どうにも疲れる。
鼓動の音が薄くなるのを感じるが、ほかの人にとってこれは落ち着くというのだろうか。
「花が、好きなだけだ」
「ツンデレだね!」
はぁ、とわざとらしくため息をついてみせても、ケロっとした表情を続けている。
とりあえず、今はセトの相手をしている場合ではない。
「カイト、アイスだぞ」
俯いていた顔をあげて、少し表情を変える。
おそらく笑顔なのだろうが、濁った瞳にぞくりとする。
早い鼓動の音はノイズ混じりだ。
「ありがと…ございます」
聞こえないほどの小さな声でそう言うと、アイスを少しだけすくい、口へ運ぶ。
とてもゆっくりな動作だ。
小さく口を開けると、謎人の舌には目玉が見える。
それと同時に、左目を閉じる。
見慣れてしまった、気味の悪い光景。
一体彼にはどういう風に見えているのだろう。
やっと一口食べ終わると、もう一度同じ動作を繰り返す。
「おいしいか?」
尋ねると、口に含んだアイスが溶けるのを待ってから、弱々しい笑顔を見せた。
「おいしい、です」

「・・・どうぞ」
スプーンで一口分すくって、こちらへ向けている。
「・・・きらいですか?」
驚いていると、今にも泣き出しそうな哀しそうな顔をする。
「そんなことはない」
思わず、そう言ってしまった。そういう性分なんだ。
慰めるために存在する自分が、彼に哀しそうな顔をさせてしまったのが許せなかった。
口の中に冷たい感覚が広がり、後から甘さが伝わってくる。
甘いものは、あまり好きではない。
それでも、目の前の謎人が嬉しそうな顔をするものだから、少しだけ美味しく感じた。

すでに手元のアイスは溶けている。
謎人は満足そうだ。
「そろそろ、探音に会いに行こうか」

キッチンから出ようとしたところで、丁度誰かが扉を開けた。
「リアさん!!」
目の前の自分に気づかず、大声で目当ての人物の名前を呼ぶ。
数秒おいて気付いたらしく、顔がさぁっと赤くなる。
「っきょ、キョウさん!」
申し訳なさそうな顔をしながら、道を開ける。
「恋は盲目だねぇ」
後ろでセトが余計なことを言っているが、気にしないことにする。
「あっ、謎人さん目を覚ましたんですね。リビングにいなかったからびっくりしましたよ」
謎人は、相変わらず後ろに隠れたままだが、少しだけ頭を下げた。
とりあえず、先を急ごうとおもう。
説明はリアがしてくれるから大丈夫だろう。
何にしろ、ここに長居すると余計なことに巻き込まれそうな気がする。
謎人がこんな状況だっていうのに、皆はいつもと変わらずのんきだ。



廊下を歩いていると、探音が部屋から出てきた。
丁度いいところに、と思ったのだが、様子がおかしい。
謎人の方を見たとたん、耳をふさぐような仕草をした。
「どうした、探音」
「…うるさいんじゃ、それは本当に謎人なのか?」
静かな廊下で、探音は大声を出す。
まるで、雑踏の中で会話しているかのようだ。
それに、その問も不思議だった。
確かにカイトだとは名乗っていたが、この謎人が偽物だったら…。
考えるのはやめることにした。
その先に待っている答えは怖すぎる。
「謎人は目を覚ましたが、様子がおかしいんだ。自分をカイトだと言っている」
探音は、相変わらず耳をふさいでいる。
彼には何か聞こえているのか。
「すまん、お主が何を言ってるか聞こえんのじゃ! 謎人がうるしゅうてかなわん」
何も喋っていない謎人が、探音にはうるさいらしい。
「其方には何が聞こえてるんだ!! 教えてくれ!」
これだけ大きな声を出せば聞こえるだろうか。
静かな廊下に、二人分の大声だけが響く。
「そいつは、記憶が掘り起こされているみたいじゃ!!
  ぐちゃぐちゃの記憶の中で、必死に自分が誰なのか探しておる!!」
どういことなのか、いまいちわからない。
ただ、謎人は動揺しているようだった。
「謎人!! お前さんは、カイトになりきろうとしているようじゃが、
  本当のお前がそれではないことに気づいているんじゃろ!!
  他の誰かにならんくても、お前を必要としている奴はおる。
  だから、迷う必要なんてない!!」
必死に耳を塞ぎながら、叫ぶ。
謎人は聞きたくないというように、首を横に振った。
「お前は、謎人じゃ!!」
首が絞まる。
さっきまで弱々しくスカーフを掴んでいた手に力が入った。
「俺は…」
そこまで言って、口を固く噤んだ。
深く俯いていて、表情は見ることができない。
「わしはうるしゅうて気が狂いそうじゃ。すまんが哀人、後は頼んだぞ。」
そう言い残して、急いで部屋へと戻っていった。
一体何が聞こえたのだろう。
謎人は自分が誰なのかがわからなくて、カイトになりきっているだけなのだろうか。
わからない。慰められない。
此方に、いる意味はあるのか。



③へ→http://piapro.jp/t/Wrno

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

Error -a riddle-② 【謎人・謎】(謎ちゃんが来たときの話)

閲覧数:187

投稿日:2013/12/05 02:29:08

文字数:4,805文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました