翌日、メイコが用意してくれた朝食を食べると、カイトは草刈り場へと出かけました。そこでたっぷり草を刈り、白い馬に持って行ってやりました。その量は、どんな馬でもゆうに二日分はあったことでしょう。それから念の為にもう一度草刈り場に戻って、また草を刈りました。それを持って戻ると、さっき飼葉桶に入れた分の草は、もう跡形もありませんでした。
カイトは内心ぞっとしましたが、メイコに言われたことを思い出しました。そして、あらかじめ持ってきて置いた頑丈な杭を持ち出して、馬の近くの壁に立てかけました。それから、たった今刈ってきた草の中に混じっていた、丈夫なイグサをえり分けると、それで縄を編み始めました。
熱心に縄を編んでいるカイトを、白い馬は怪訝そうな目でじっと見ていましたが、やがて、耐え切れなくなったのか、口を開いてカイトに尋ねかけてきました。
「あんた、さっきから一体何をやっているの?」
「あ、これ? なんかあんたってすごく食べるみたいだから、こいつで口を縛って開かないようにしようかと思って。ついでだから教えてあげるけど、そっちの杭は、あんたを残りの縄で縛り上げて、小屋を散らかさないようにする為のものだよ」
カイトが笑いながらそう言うと、白い馬は恐ろしそうな目でカイトを見ました。
「今日はおとなしくしておいてあげる。だから、そういうことは止めて」
「約束だよ。破ったらもっとひどい目にあわせるからね」
カイトは飼葉桶に残りの餌を追加しましたが、白い馬は口をつけませんでした。それからカイトは家畜小屋を綺麗に掃除しておきました。
夕方、やってきた老人は、飼葉桶に餌がたっぷり入っていて、小屋は綺麗なのを見て、大変驚きました。
「どうやってやったんだ。誰かに助けてもらったんじゃないのか?」
心底疑わしいといった表情で、老人は言いました。
「自分で考えましたよ。僕、見た目より頭がいいんです」
カイトはそらっとぼけました。メイコが関わっていることを教えるわけには行きません。
「ふうん、そうか……。そうだカイト。明日はな、この隣の家畜小屋にいる、黒い雌牛の乳をしぼってくれ。いつもは娘がやっとるんだが、あの娘はやることが山ほどあるからな。お前がやってくれれば、娘も喜ぶだろう」
その日の夜も、カイトの部屋にメイコはやってきました。そして、尋ねました。
「お父さんが明日はあなたに何をしろって言ったのか、教えてくれる?」
「黒い雌牛の乳をしぼれって。大丈夫、農作業は全部慣れてるから平気だよ」
メイコはまた深いため息をつきました。
「それも簡単じゃないのよ。あの雌牛はとても頑固で、納得しないと乳をしぼらせてくれないの。いい、必要なものは全部用意しておいてあげるから、何かあったら私の言ったとおりにしてね」
メイコは細々とカイトにやるべきことを教えてから、自分の部屋に帰って行きました。カイトはベッドに寝転んで、どうやったらメイコをここから連れ出せるかを考えました。
その次の日のことです。メイコが用意してくれた朝食を食べると、カイトは必要なものを持って、家畜小屋に向かいました。黒い雌牛は、値踏みするかのような目でカイトを見ています。
カイトは乳しぼりにかかりましたが、いくらしぼっても全然乳は出てきません。メイコの言うとおりでした。カイトはメイコに言われたとおり、石炭皿に石炭を乗せ、火をつけると、石炭が真っ赤になるまであおいで風を送り込みました。
雌牛はせっせと作業をしているカイトを、こいつは一体何がしたいのかという目でじっと見ていました。ですが、とうとう耐え切れなくなったらしく、昨日の白い馬と同じように、カイトに尋ねかけてきました。
「あんた、さっきから一体何をやっているの?」
「あ、これ? 君にね、ちょっとこの石炭で熱い思いをしてもらおうかなって」
そう言って、カイトは火ばさみで真っ赤になった石炭を持ち上げて見せました。
「何てことするのよ、止めてよ、人でなし!」
「じゃあ、大人しく乳をしぼらせてくれる? そうしたら、そんなことはしないよ」
雌牛は心底恐怖したといった目でカイトを見ると、しぶしぶうなずきました。
「もう抵抗はしないから、好きなだけしぼっていいわ。たく、おとなしそうな顔して、なんて男なのかしら」
カイトがまた乳しぼりにかかると、今度はあっさり乳をしぼることができました。カイトはミルク桶数杯分の乳をしぼると、調理場に運んで行きました。調理場にはメイコがいて、カイトを見ると笑顔になりました。
「カイト、上手くいった?」
「全部君のおかげだよ、めーちゃん」
「良かったわ。……あ、私が関わっていること、お父さんには」
「言うわけないじゃないか」
メイコがしぼった乳でカッテージチーズを作るというので、カイトは午後はメイコのチーズ作りを手伝って過ごしました。それはとても楽しいひと時でした。
夕方になると、老人が帰って来ました。老人は、カイトの仕事の成果を見て、また驚いた顔になりました。
「お前が仕事をやってのけるとはな。誰かに教えてもらったのか?」
「自分で考えましたよ。僕、見た目より頭がいいんです」
「そうは思えんが……まあいい。明日は、草刈り場にある干草の山を、納屋に移しておいてくれるか。さすがにお前一人でやるのはきついだろうから、家畜小屋の馬を使っていいぞ」
そしてまた夜になると、メイコがカイトの部屋にやってきて、明日の仕事を教えてくれと言いました。
「明日は、干草の山を裏庭に移動させろってさ。家畜小屋の馬を使っていいって言われたから、あの白い馬を使わせてもらおうかと思ってるけど。ねえ、この仕事にも何か裏があるの?」
「あるわよ。あの干草の山はね、普通のやり方じゃ動かせないの。束を一つ投げ落とすと、あっという間にもとに戻ってしまうの。私が話すこと、よく憶えておいてね」
その次の日。メイコが用意してくれた朝食を食べると、カイトは長い縄を用意して、家畜小屋に向かいました。家畜小屋から白い馬を連れ出すと、今度は草刈り場へ向かいました。そこには老人が言ったとおり、大きな干草の山がありました。
カイトは縄を干草の山の周囲にぐるっと巻きつけてしっかり結び、それから今度はあまった端を白い馬に結び付けました。それからメイコに言われたとおりに干草の山の上によじ登ると、一、二、三と数を数え始めたのです。
数を数えているカイトを、白い馬はいらだたしげに見上げました。ですがカイトは数を数えるのを止めません。とうとう、白い馬はしびれを切らして口を開きました。
「あんた、さっきからそこで、一体何を数えているんだい?」
「あっちの方に狼の群れがいてさ、それを数えているんだ。でも数え切れるかなあ……何せものすごい数なんだよ。あれっ、こっちにやってくるみたいだ。嫌だなあ、動かれると数えにく……」
カイトが皆まで言い終わらぬうちに、白い馬はものすごい勢いで走り出しました。干草の山もそのまま引きずられ、あっという間に館の納屋に到着しました。カイトは干草の山から飛び降りると、縄を解いて白い馬を家畜小屋に連れ戻しました。
その後で館に戻ったカイトは、メイコの手伝いをしながらおしゃべりをして過ごしました。老人が戻ってくるまでは、二人はとても楽しい時間を過ごしました。
夕方になって戻ってきた老人は、干草の山がちゃんと納屋にあるのを見て、苛立った表情になりました。そして、カイトに尋ねました。
「お前は思ったよりもできる奴のようだな。しかし、誰にも知恵をもらわなかったのかね?」
「自分で考えましたよ。僕、見た目より頭がいいんです」
老人は疑いの表情でカイトを見ましたが、カイトは涼しい表情をしていました。
「ふーん、そうか」
「明日はどうします?」
「明日か。明日は雌牛と一緒にいる、顔の白い子牛を牧場に連れて行ってくれ。いいか。目を離すんじゃないぞ」
夜、カイトの部屋にやってきたメイコに、カイトは言いました。
「めーちゃんのおかげで今日も助かったよ。本当にありがとう」
「役に立って良かったわ。それで、明日は?」
「明日は顔の白い子牛を牧場に連れて行って見張ってろってさ。家畜の見張りって普通は群れ単位でやるのに、変だよね。まあ、一頭だけなら簡単でしょ」
「あのね、カイト」
「あ、また何か裏があるの?」
「そうよ。あの子牛は一日で世界を四回駆け巡れるぐらい俊足なの。でも、私が言うとおりにすれば、大丈夫よ」
メイコはカイトにやるべきことを教えました。そして、いつものように部屋を出て行こうとしましたが、その前にカイトがメイコの手をつかみました。
「ちょっと待って。僕、めーちゃんに訊きたいことがあるんだ」
「……何?」
カイトは深く息を吸うと、以前から訊きたいと思っていたことを訊きました。
「君は全然お父さんに似ていない。お父さんはすごく恐ろしそうだけど、君はとても優しい。ねえ、君は本当にあの人の娘なの?」
メイコは暗い表情になり、口をつぐみました。ですがカイトが真剣な瞳でメイコを見つめ続けると、意を決したように口を開きました。
「……違うわ。私はお父さんの実の娘じゃない」
「じゃあ、君の本当のお父さんとお母さんは? どこにいるのか知ってる?」
「わからないの。お父さんは、私を本当のお父さんから罰として取り上げたって言ってたけど、それがどこの誰かとまでは……」
メイコの表情はますます暗くなり、言葉は消えてしまいました。
「……めーちゃん」
「……私、本当の両親に会いたい。でも、生きているのかどうかもわからない」
メイコの瞳に涙が浮かびました。カイトはいっそ全部喋ってしまおうかと思いました。でも、真実を告げるにはまだ早すぎます。無事にここから逃げ延びてからでなければ。
なのでカイトは、ただメイコをぎゅっと抱きしめました。絶対に彼女を無事に連れ出すのだと、心に誓いながら。
次の日、カイトはメイコに言われたとおり、丈夫な絹の紐を持って行きました。そして、紐の片方の端を子牛の前足の片方に、もう片方の端を自分の右足に結んでおきました。その結果、子牛は一日中、カイトの傍を離れませんでした。
夕方、カイトが無事に子牛を連れて戻ったのを見て、老人は顔をしかめました。
「いったいどうやってやってのけた。お前がそこまで賢いとは思えん」
「ちゃんと自分で考えましたよ。僕、見た目より……」
「もういい」
カイトの言葉を老人は遮りました。
「で、明日はどうします?」
「そうだな……明日はお前にやってほしい仕事は特にない。だから明日は起きたらわしの部屋に来て、挨拶代わりに手を出してくれ」
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