「覚悟、してください…。先生」
ミキは言った。
「もうとっくに覚悟できていますよ」
困ったように笑いながら、キヨテルは言った。
ナイフを大きく振り上げると、怪しく刃が光った。
――ゴトッ
音が鳴った。玄関のほうからだ。
「誰か…いるんですか」
体中が震え、動けなくなった。ユキは、底知れぬ恐怖の中にいたのである。殺されてしまうかもしれないことへの恐怖ではなく、実の姉が殺人を犯そうとしているという、『真実を知る』ことへの恐怖であった。
思わずりんごを落としてしまった。先ほどの物音は、その音である。
「…でてきてください」
「お、お姉…ちゃん…」
おびえながらユキが出て行くと、ミキは驚いて目を見開きながら、ユキをじっと見つめていた。
「ユキ…ちゃん」
姉の手に握られたナイフの切っ先は、確かにキヨテルに向けられていて、今にもそれを振り下ろそうとしているミキの目はこちらに向けられている。
「…。お姉ちゃん」
意を決したようにユキはミキの方に走りよると、ぎゅっとミキを抱きしめた。抱きしめた、と言うより抱きついた、と言うほうがしっくり来るようだったが、ユキとしては抱きしめた、と言うつもりだった。
「もう…やめよう」
カラン…。
「お姉ちゃん、もうやめて、帰ろう。帰って、二人で笑って暮らそう。…ね?」
「ユキちゃん…」
先ほどから『ユキちゃん』しか言っていない。
ナイフが手から滑り落ちる。それを受け止めたのは、レンだった。
「鏡音く…っ」
驚いてキヨテルが言うと、唇に人差し指を当てて、レンはしーっと小さく声を出した。いたずらっぽく笑っていた…。
ガチャ、と音がして、ドアが開く。リンはすばやく顔を上げた。ひざを丸めて猫背になっていたのが、自然と背筋が伸びて、姿勢がよくなった。
ドアから出てきたのは、ユキと手をつないだミキだった。しかし、キヨテルとレンは出てこない。何か、あったのだろうか…?
ミキたちが出てくるのを待って、リンは部屋の中に飛び込んだ。
「レン…!?」
「鏡音さん」
キヨテルが、ベッドの横にひざ立ちになっていた。ベッドにはレンが座っている。
「先生…、レン!」
レンに飛びついた。慣れた様子でそれを受け止め、レンは少しだけ笑った。
「よくもまあ、ここまでやります。本当にぎりぎりでしょう、血の量としては」
あきれながらも、キヨテルは言った。
「はは、ちょっと頭がぐらぐらしてますよぉ」
笑いながら、レンは頭を押さえて言う。
「レン、なんかいつもと違う」
「そんなことないよ――」
バタッ
漫画のようなタイミングで、レンはベッドの上に倒れこんだのだった…。
目を覚ますと、真っ白な天井が目にうつった。
「目が覚めました?」
「…ルカか」
「毎度毎度、よくやりますわね」
ルカもあきれた様子で言う。
「ここまで来ると、慣れだ。慣れ」
「慣れで倒れるのは、どうかと思いますけど」
そろそろレンのそういうところは性格の問題だとわかってきたので、どうこうとうるさく言ったりはしない。
「はは…。悪い。だってさ、あのままナイフが落ちてたら、ユキって子が怪我してたかもしれないし」
「部屋の中で何があったのかは知りませんけど。まあ、あなたのそういうところは、評価しますわ」
困ったように微笑んだ。
「…それで、あの後、どうなったんだ」
「ミキさんたちですね。主と先生の一存で、このことはなかったことになりました。勿論、あってはいけないことに変わりはありませんが、彼女にとっての罰は、たった一人の妹を前に、真実を糧に生きていくことでしょう」
「…いいこと言ってんじゃねぇか」
と、レンは笑った。そして、ふっと影がさして、
「よかったな」
と、言った…。
「ルカ、レンの様子、どう?」
ドアが開く音がして、そんな声とともにリンが部屋の中に入ってきた。レンが目を覚ましていることに気がつくと、うれしそうにレンに駆け寄り、
「レン、よかった、なんともなくて」
「大丈夫だって、これくらい」
「もう、レンは無理ばっかりするんだから!」
と、リンはそっとレンのほほにキスをしたのだった…。
鏡の悪魔Ⅴ 27
こんばんは、リオンです。
これまた微妙な終わり方ですね。
これでもかってくらいにいちゃいちゃしてる鏡音が大好きです。
あと、ユキちゃんが落としたりんごは、スタッフがおいしくいただきました(ぇ
ちなみに、ユキちゃんとミキちゃんは自分たちの家に帰っていきましたが、先生は数学の先生の産休が終わるまで、ちゃんと学校に来てました。
えらいね!!(当たり前
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