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 それから、グラウンドのトラックを走るのがすっごく楽しかった。
 傾きはじめる夕日を横目に、私が校舎を見上げると、いつも通り美術室の窓が開いていて、そこから悠の姿が見えた。
「ふふっ」
 荒い呼吸の合間をぬって、ほほえみがこぼれてしまう。
 悠と帰るようになって数日、私の中距離走のタイムはすごくよくなっていった。
 自己新記録を塗りかえて、つらくなる呼吸も、動かすのがしんどくなる足も、重たく感じる身体も、そんな疲労さえ心地よかった。
 ピッ。
「――四分四十秒! 初音先輩、また新記録です!」
 後輩の声も、それを聞いたみんなの歓声も、私はちゃんと聞いてなかった。そのタイムさえも、私にはどうでもよかった。
 みんなには目もくれずに校舎を見上げると、三階の窓が開いていて悠の姿が見える。
 見てくれてたんだ。
 そう思っちゃうといてもたってもいられなくて、でも陸上部のみんなに見られるのは恥ずかしくて、私は片手を胸の前くらいまで小さく上げて、ほほえむ。
 すると、美術室から私を見下ろしてる悠も、小さく手を振ってくれた。
 たったそれだけのことで――こうやって思い返してみると、本当にちょっとしたことだなって思うけど――私は十分に満たされてた。
 このときの私にとってなによりも大事だったのは、たったそれだけのことだったんだ。
 悠がいて、彼が私の活躍を……っていうか、私がただがんばってるのを見ていてくれてる。それだけで十分だった。後輩からの評価とか、私の出したタイムだとか、そういう他のことなんて、悠が見てくれてるってことに比べたらどうでもいいことだった。
 悠がいてくれるだけで、私は幸せだった。
 たったそれだけで、他に必要なものなんてなくなっちゃうくらいに、私は満たされてたんだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

茜コントラスト 6 ※2次創作

第六話

短くなっちゃいました。
以前「十話前後になればいいなぁ」などとほざきましたが、余裕で十話を超える事が確定しました。
少なくて十三話です。たぶん十三話にも収まらないような気がしてならないのですけれど(苦笑)
……長くなっても、二十話は超えないようにしたいです!

閲覧数:53

投稿日:2014/09/07 18:58:01

文字数:750文字

カテゴリ:小説

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