今年も私はこの場所へ来た。天の川の光の降り注ぐ丘の上へ。眼下には星を照り返す海が広がっている。私は柵を超えて丘の先の崖に近づくとその石の上に腰を下ろし、家から持ってきた水筒の蓋を開けた。中には温かなコーヒーが入っている。私は息を吹きかけてその香ばしい液体を一口飲んだ。それから空を見上げる。銀色の星の連なりが海の向こうから私の頭の上までずっと続いていた。

 幼い頃から幾度も夢に見る光景がある。胸を割かれるように辛い記憶のそれは、まるで現実みたいに私の頭に何度も何度も強く刻まれた。
 夢の中で私は星空の下、男の人と一緒にいる。私たちは何かから逃げているようだった。その先は終わりだと知りながら、私たちは手をつないだまま息を切らして駆けた。やがて私たちは陸地の端に追い詰められた。そこで私たちはお互いを強く抱きしめた。耳元で掠れた声がした。
「いつかきっと。天の川の降る夜に同じ場所で」
 背後からは私たちを追ういくつもの足音が聞こえた。私たちは笑いあい、そして手をつないだまま崖から足を踏み出した。
 落下していく体を感じながら私はあの人の言葉を繰り返した。天の川の降る夜。同じ場所で。

 小学校の初めての遠足でこの海浜公園に来た時のことは忘れられない。何気なく見晴らした公園の風景の中で私はこの丘を見つけた。間違いなくその丘は夢の中で私とあの人が最後にお互いを抱きしめたその場所だった。
 私は思わず集団で歩く皆のそばから抜け出し、柵を乗り越えて崖の近くへ歩み寄った。そこにはすべてを抱きしめてくれるような海と空が広がっていた。私は一人風を浴び、そして泣いた。
 そのあとすぐに先生が私のもとにやってきて私をひどく叱った。私は拙い言葉で泣きながら夢のことを話したけれど、先生は奇妙な目で私のことを見るだけだった。
 私のことを奇妙な目で見るのは先生だけではなかった。まだ分別のつかない私は私の夢のことを周りの友達に話した。熱をこめて語る私を友達は遠巻きにするようになった。
 そして私は知った。この世界では夢はただの夢なのだと。

 星の光は相変わらず私の頬に降り注ぎ続けている。私は石を背に仰向けに横たわると目を閉じた。静かな波の音が聞こえる。
 誰に信じてもらえなくても、私は私の夢を信じ続けた。夢と片付けるにはそれはあまりにも強すぎる記憶だった。夢を見て目を覚ますたび、私は私の瞼にあの人のおぼろげな顔を焼き付けた。もう一度あの人に会えるなら何だってできる気がした。
 あの遠足の年以来、私は毎年7月7日の夜をこの海浜公園で過ごしている。幼い頃は渋る母を連れて。大きくなってからは一人で。それでも私はまだ一度たりともその人に出会えてはいない。
 すべては私の妄想なのだろうか。そんな不安に襲われることもあるけれど、胸に刻まれた痛みがそれを打ち消した。親も先生も私に県外の大学を進めたけれど、私はそれを断り地元にとどまった。就職も地元の企業にした。少しでも長い間この公園のそばにいられるように。
 いつしか信じることだけが私の人生の意味になっていた。いつかきっと。その思いを胸に私は今年もこうして一人公園に来た。
 だけど今年も一人ぼっちのまま7月7日が終わりに近づいている。閉じた目にじわりと涙がにじんだ。遠い道を歩いてきた気がする。これからも私は終わりのない道を歩いていくのだろうか。そう考えた時だった。

 背後でゆっくりとした足音が聞こえた。私は起き上がると足音のした方に顔を向けた。そこには杖をついた男の人がいた。その人は苦し気な息を整えて、それから言った。
「ごめんね。心臓を移植するまでは動けなかったんだ」
 瞬きをするたびに涙があふれて頬を伝った。私はその人のところまで歩き、それからその人を抱きしめた。名前も知らない。どんな人なのかも知らない。それでも私は知っていた。その人こそが私の最愛の人だと。
「ずっとあなたの夢をみていたの」
「僕もだよ」
 天の川が頭上をゆっくりと流れていく。銀色の星の光が抱きしめあう私たちを照らしていた。

ライセンス

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Dreaming with U

芳田様の『Dreaming with U』をノベライズさせていただきました。

幼い頃から繰り返し見る夢
その愛を信じることだけが私の人生の意味だった

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▼ノベライズ元の楽曲▼

『Dreaming with U』

YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=MutSFcMud1o

ニコニコ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37203456
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投稿日:2020/08/27 20:44:40

文字数:1,683文字

カテゴリ:小説

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