雨が降っている。目を閉じていても、しとしとと音が聞こえてくる。
そのせいだろうか、僕はその日、いつまでたっても眠れなかった。
何だろう……この雨音を聞いていると、心がざわつくというか、落ち着かないというか……。
とうとう僕は、閉じていた目を開いて、起き上がった。
布団の上に座ったまま、窓から差し込む月光の眩しさに目を細める。
今日はいつもより明るいな、と思って、ふと気が付いた。
さっきから聞こえている雨音は、未だに止む気配はない。だが、確かにこの部屋を照らしているのは、月の白い光。
僕は布団を出て、カーテンを開けた。
そこで僕が見たのは……白い光の中に浮かび上がる、濃紺の衣と黒い羽根と、そして、狐の面。




[闇夜の宴]
一ノ刻




夜風にはためく衣の袖を、僕はぽかんとして眺めていた。
向こうも、驚いているのかいないのか、ただ面の向こうから僕を見返してくる。
気が付いた時には、僕は窓を開けていた。
涼しげな夜風に乗って、雨粒が僕の頬を打つが、やはり月はその人の頭上で煌々と光輝いていた。


「……お前、眠れないのか」


その声が目の前の人物から発せられたのだと理解するのに、少しだけ時間がかかった。
低い、男の人の声。だが不思議と、恐怖はない。
僕がひとまず頷くと、彼は空を見上げた。玉の首飾りが月明かりを反射して、きらりと光る。


「そうか……今宵は月が明るいからな」

「お兄さんは何をしているの?」

「私か? 私は宴へ向かうところなんだが、少しここで休憩をな。何せ里が遠いもので」

「ウタゲ?」


言われた言葉の意味がわからずに、首をかしげる。
すると彼は、ふむ、と考え込んだ。


「そうか、お前には少し難しかったか。そうだな、宴といっても……祭、のようなものだ」

「お祭り?」

「そう、お祭りだ」


祭と聞いて、ただでさえ薄かった眠気が完全に吹き飛ぶ。夢中で聞き返した僕に、彼は満足げにそう答えた。


「お前も来るか?」

「いいの?! あ、でも……」

「心配する事はない。朝までに帰って来れればいいのだろう? 私も、後から誘拐だ何だと騒がれたくはないからな」


ふざけたような言い方に、僕はつい吹き出した。


「わかったよお兄さん、僕もそのウタゲに連れてって!」

「そう来ないとな」


僕の答えに、彼が面の下で笑ったのがわかった。
窓の向こうから差し出された手を取って窓枠を乗り越えると、不意に体が下へと引っ張られる感覚がして、彼に抱き止められた。


「おっと……しっかり掴まっていろよ」


囁くと、彼は背の黒い翼を広げて、舞い上がった。
……嗚呼、何故気付かなかったんだ。
彼が佇んでいたのは窓の外……でもここは、2階じゃないか。
相変わらず降り続く雨も、僕らが近付くとぱっと止んで道を開ける。
恐る恐る下を見ると、遠くの方に、家々の明かりがぽつぽつと見えた。


「すごい……飛んでる……!」

「そりゃそうだ。私は天狗だからな」

「テング? でも天狗って、お鼻が高くて下駄を履いてて……」


言うと、彼が大声で笑った。


「あっははは! なるほどな、お前たちにはそう思われているのか」

「じゃあ、違うんだ」

「少なくとも私はな。他の奴らはどうか知らんが」

「会った事ないの?」

「連中が化けている可能性だってあるだろうが」


なるほど。言われてみれば納得だ。
それにしても、彼は本当に天狗なのか。視界の端で時折羽ばたく翼を見ながら、僕は妙に感心していた。
空を駆け、他者に化ける。他には何があるんだろう。考えれば考えるほど、わくわくしてきた。


「……さぁ、着いたぞ」


その声に、下界を見下ろすと、そこはすっかり林の中だ。
軽やかに着地して、足音がしない事に驚いて見ると、彼は裸足だった。
そういえば、僕も裸足だ。林のひんやりとした土に、少しだけ身震いした。


「ここ? 何もないよ?」

「まあ見ていろ」


笑みの混じった声で言うと、彼は、ぽん、と、柏手を打った。
途端に、周りで降っていた雨がすぐさま止み、黒い雲がさぁっと引いていく。
彼がもう1つ手を打つと、それまで何もなかった木々の間に道を作るように、金色の炎が次々に灯った。


「わぁ……!」

「この魂の焔が道標だ。だが私から離れるなよ。この先、迷うと厄介だからな」

「うん!」

「いい子だ」


僕の頭を撫でて、彼は再び僕の手を取る。


「ようこそ、我ら妖しの宴へ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【捏造注意】闇夜の宴 一ノ刻

わっふー! どうも、桜宮です。
今回は、なんだか久しぶりの曲モチーフです。


今回モチーフとさせていただく曲はこちら。

「囃子唄」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6874091

最近になってようやく聴いたのですが、和風な詞に惹かれ、曲調に惚れ、気が付いたら(゜д゜ノノ"★パパン!! しつつネットで資料を集めてました←
「天狗」という言葉が多く出てくる曲でしたので、天狗中心に色々と調べましたが……いや~、調べてみると面白いですねぇ、日本妖怪。
そして羽根……MazoPさん、まなみんさん、本当にすみません、天狗とか風とか聞いてたらそうとしか思えなくなり……!(殴

では、続きも頑張っていこうと思いますので、よろしくお願いします。

閲覧数:461

投稿日:2010/02/04 12:51:06

文字数:1,868文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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