「私のこと、都合のいい安い食材だと思ってるんでしょ……」

 これは、モヤシの口癖だ。
 モヤシは、一袋十九円で売られている自分を卑下する癖がある。
 俺がモヤシと出会ったのは、大学生になり、一人暮らしを始めた頃だった。
 確かに、金銭的に余裕のなかった当時の俺は、モヤシを都合よく使っていた。

「モヤシは万能な食材なんだからさ、もっと自分に自信を持てよな」
「万能だなんて言いながら、しょせんは一袋十九円の食材じゃない!」
「野菜は値段じゃないだろ? 茹でてよし、炒めてよし、恥じることはないよ」
「確かに私は、煮ても焼いても食べられるわ。でも、それが何!?」
「都合がいいだなんて、誰も思っちゃいないよ。むしろ、ありがたいくらいだよ」
「やめてよ! 他の野菜が値上がりしてるときでも、私は一袋十九円なのよ……」

 ――その気になれば、タンスでも栽培できるもの……。

 どうやら、モヤシの苦悩は、かなり根深いようだ。
 病んでいると言っても過言ではないくらいに落ち込んでいる。

「こっちこいよ」
「ちょ、ちょっと! 何するつもりなの!?」
 
 俺は答えずに無言でモヤシをキッチンへと連れて行った。
 ガスコンロに火を点けてフライパンを熱する。
 ほどよく熱したところでゴマ油を垂らす。

「挿れるよ……」
「だめえ! せめてヒゲを取ってええ!」

 フライパンからジュワッと音が弾けて、立ち上る煙が換気扇へと吸い込まれる。

「ひぎいっ! あづい! あづいのおおお! ゴマ油パチパチするのおお!」
「我慢して。すぐに終わるから……。ほら、水分が出てこんなに濡れてるよ……」

 モヤシはサッと炒めるだけでいい。
 塩をパラパラとふりかけて、焼肉のタレをぶっかけた。

「らめええ! 焼肉のタレ、ぶっかけちゃ、らめなのおお! お肉はないのおお!」
「肉なんて関係ないさ。これだけでモヤシは十分に美味しいんだよ」

 モヤシに焼き肉のタレをまんべんなく絡めて、ガスコンロの火を止めた。
 皿に盛ると、湯気が昇り、甘辛い匂いが食欲を誘う。
 テーブルの上に皿を置くと、スマホでモヤシの写真を撮りまくった。

「らめええ! 写真撮っちゃ、らめなのおお! 恥ずかしいのお!」
「すごく美味しそうだ。きっと、イン○タ映えするよ」

 俺は、モヤシの写真をSNSにアップロードして、それをモヤシに見せ付けた。

「ひどいわ……。こんなに恥ずかしい写真を世界中に公開するだなんて……」
「恥じることはないんだ。ごらん、次々とフォロワーからコメントが着てる」

『一袋二十円前後の野菜のクセに調子に乗るな! メス豚がっ!』
『モヤシなんか食ってる貧乏人乙wwwwwwwwwwwwww』
『腐りやすいから嫌い ヒゲ取るのも面倒 たいして美味くない』
『しょせんはモヤシ 決して主役にはなれない哀れな脇役の食材』

 辛辣なコメントが次々とよせられてくる。
 それを読んだモヤシの表情は凍りついていた。

「な……、なんて、ひどい……。こんなものを見せるために私を炒めたの……?」
「クックック……、フハハハハ、ハァーッハッハッハ!」

 ――笑いが止まらない。これで俺の目的は達成された。

「ざまぁ! 月給手取り三十五万円の俺様がモヤシなんか食うか、バァーカ! 学生のころは金がなかったから仕方なくモヤシなんかを食ってたんだよっ! オメェのツラは見飽きたわっ! この安物がぁ! はは、悔しいか? 悔しいか? あぁん?」

 グサッ

「うぐぅっ!」

 突然、腹部が熱くなった。
 
 喉の奥から鉄臭いものが込み上げてきて、口から大量に吐血をした。
 
 視界が歪み、崩れるように、その場にうずくまる。
 
 見上げると、血にまみれた包丁を持ったモヤシが立っていた。

「万能包丁って便利……。人も殺せるのね……、うふふ」

「な、なんで……」

「あんたがクズな男だなんて最初からわかっていたわ」

 恍惚とした表情でモヤシは包丁に頬ずりをしている。

「利用するだけ利用して、いらなくなったらサッサと捨てる最低な男……」

 モヤシがしゃがみこんで、包丁を俺の喉もとに突きつける。

「さあ、今度は私が料理をする番ね……」

 遠のく意識の中で俺は思った。


 やっぱり、


 モヤシは、


 病んでいる。

 
「――モヤシにだって花は咲くのよ」

 了

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

萌やしの花は何色か

閲覧数:11

投稿日:2024/02/25 00:02:50

文字数:1,830文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました