第四十二話 気がついたのは

 はやく、しないと。
早くしないと時間切れになってしまう。

 もう研修が始まって二週間が経った。
本来の予定ではもう帰っているはずだったのに。

 どうして……どうして、あの若旦那を陥れることができないんだろう。

 何度も取り込もうとした。
洗脳しようともした、感情をなくそうともした。
悪魔に許されているありとあらゆる術を試した。


 けれど、無理だった。


 どうしても、途中でやめてしまう。
まだ時間はあるからとか、今日はもういいとか、その日その日で言い訳をつけて。

 どうして?

 向こうではメイコが待ってる。
親も、学園長も、種族のみんなも、私を待ってるんだわ。

 なのに……。

 
 「どうして……?」


 行き場のない気持ちが、夕暮れの一人の客間に零れた。


 「若旦那のことを、好きだからじゃないのですか?」


 ころんと、声がした。
後ろから、きれいな声が。

 「お依亜さ……」

 「ここへきてから、あなたを見ていれば、わかるわ。誰でもわかる。あなたは若旦那に惚れてるんだわ」

 「そんな筈は……ない……です……」

 だんだん声が小さくなってしまう。
だってこんなお依亜さん、初めてだから。

 いつも優しく、微笑んでいた。
器量よしで、あんな若旦那にはもったいないほど綺麗で、優しかった。


 でも、今前にいるのは本当にお依亜さんだろうか。


 私を見る目は、本当にお依亜さんのものなんだろうか。




 「違わない筈ないのよ……いいえ。そうあってもらわないと、困るの」




 どういう……意味……?



 「あの……どういう意味ですか……?」



 あまりにも意味深過ぎて、訊き返してみた。
すると、お依亜さんは、口元で危うそうに言葉を紡いだ。
誰も予想しない、言葉を。





 「若旦那も―――きっとそうだから―――」






 だからそうでないと困るのか。
しかし、若旦那はお依亜さんのことが好きなはず。

 何が……どうして……?



 「では、お依亜さんと若旦那の縁談は……?」



 「なくならないでしょうね」


 「では、それでは、お依亜さんの気持ちは――」



 もしお依亜さんの言うとおり、若旦那が私を好きなら――お依亜さんは―――。




 「私の気持ちが、どうかしたの?」

 「……っ……!!」




 一瞬、夕暮れの光で、お依亜さんの目が光った。






 「それならるかさんは私から若旦那を奪って、駆け落ちでもするの……?」











 そう言い残して、お依亜さんは客間から去った。















 彼女の問いに、私はいつまでも答えられなかった。











 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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ノンブラッディ

閲覧数:94

投稿日:2013/03/14 19:00:44

文字数:1,173文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    おとなや!
    イアちゃん、おとな!

    まったく、どこかのテキストの「しるる」というやつに、是非、御教授してやってください←

    2013/03/14 23:56:22

    • イズミ草

      イズミ草

      いやいやいやいやいや…………
      何を仰いますかぁ!!
      私がご教授することなんて!!
      もう、おこがましい極まりないですよ!!ww

      2013/03/15 13:38:17

  • ハル

    ハル

    ご意見・ご感想

    旦那様も・・!? \ひゅーひゅー/
    う~ん・・なんかすごいことになってきてる・・
    IA鋭い てか今回のIAさんの謎が余計深まった気がする・・ 謎ですね
    IAちゃんは何者なんだろうな~(予想中)盛り上がってきたな~w

    2013/03/14 23:07:29

    • イズミ草

      イズミ草

      そうなんですよねーww
      おめでとうと言いたいところなんですが、そうはいかないんですよ、人生は……。
      お依亜さんが何者なのかは、もうそろそろ出ると思いますw

      2013/03/15 13:35:31

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