「え?な、何?」

「ハクさん、後ろに」

俺はすぐさま、オドオドしているハクさんを庇うように前に出た。とりあえず、なにがどうあれハクさんにだけは指一本触れさせないようにせねば。
チンピラは俺たちの顔をニタニタと見つめ、挑発するような声色で言った。

「まさか、こんな所で会えるとはなぁ……」

「……」

(こいつ……誰だっけ?)

俺は奴に睨み返しながら、必死に脳内を探ったが……駄目だ。見覚えはあるのに全く思い出せない。
あと一歩足りない歯がゆさと戦っていると、俺と同じくハクさんを守るように立つデルが話し掛けてきた。

「お前の知り合いか?随分な歓迎だが」

「さあな。むしろお前目当てじゃないのか?結構恨まれてそうだし」

俺のセリフにデルは考え込む。

「否定はできねぇが……」

「おい!!」

耐えきれなくなったかチンピラが割って入った。

「貴様ら!!俺の許しもなく何話してんだ!!」

「……」

仕方ないので押し黙る。
正直従う気はなかったが、ハクさんがいる。風波立てないのが無難だろう。
……と俺は思ったが、この男は違った。

「ああ?なんで話すのにいちいちテメェなんぞの許可がいんだよ」

(ちょっ!?)

デルは周囲を囲まれているにも関わらず構うことなくチンピラを挑発する。流石は本音男……ていうか心臓に悪いわ。

「な……んだと貴様!!状況わかってんのか!!」

一瞬呆気にとられたチンピラが吠えるもデルは全く気にした様子がない。

「状況?本当に状況わかってんのはどっちだよ。俺やハクに手を出してタダで済むと思ってんじゃねぇだろうな?」

確かにデルの言う通り、弱音ハクや本音デルはかなり知名度の高い、言わば有名人だ。そんな相手に手を出すという事に関する危険性はかなりのものだろう……知名度の低い身である俺としては、見捨てられない事を祈りたい。

「……はっ」

しかし、そんな余裕たっぷりなセリフを聞き怯むかと思えたチンピラは、逆に嘲笑を浮かべた。

「何が可笑しい?」

「何がって?そりゃ全てだよ。俺が誰か教えてやろうか?大会社・ニューライフインダストリーの社長の息子だぞ!!」

(な、何っ!?)

俺はそれを聞き心底驚いた。ニューライフインダストリー社といったら、日本有数の家電会社だ。早い時期からボーカロイド産業に注目し、大きくその発展に貢献してきた。近年は量産化初音ミクの販売利権を奪われるなど伸び悩んでいるものの、未だにボーカロイド業界での発言権は凄まじい。

「だからどうしたって……」

「ちょ、デル落ち着け!!」

俺は尚もチンピラを挑発しにかかるデルの口を必死に塞いだ。
「な、なにを……!」

「(馬鹿野郎!!向こうはピアプロの大スポンサーだぞ!!下手したらこっちが逆らったって事実自体潰される!!)」

慌ててデルを抑える俺を見て満足げな表情を浮かべ、チンピラは嫌みったらしい口調で言った。

「ようやく自分達の立場が理解できたみたいだな。本当は用があったのは語音シグだけだった訳だが……生意気な人形はここで調教しておく必要がありそうだなぁ?」

「……あっ!お前、あの時の!!」

そこで漸く、俺はこいつが誰だったか思い出した。
数日前、ボーカメイド喫茶「あーくのーれっじ」で女装して接客した時に追い払ったチンピラだ。そういえばあの時、『大会社の御曹司』だとかなんとか口走っていた覚えがある。あの一連の出来事を黒歴史として葬っていたために、思い出すのに時間がかかってしまった。

「何?まさか、貴様……気づいてなかったのか……!?」

「え、ああ……」

チンピラの質問に反射的に答えてしまってから、俺は気づいた。

(やべ、地雷踏んだ……)

「あれほどの恥を俺にかかせておきながら、忘れた、だと……?……ふ、フフフ……」

呆然としたように呟くチンピラの口角が、歪につり上がってゆく。こめかみに血管を浮き上がらせながら、チンピラは怒鳴った。
「もう許さねぇ……スクラップにしてやらぁ!!」

拳を振り上げると、奴は俺に向かい一直線に踏み込む。しかし、明らかにスピードよりダメージ優先な大振りで、今の俺の機械の体ならば十二分にかわせるものでしかなかった。
だが。

「ぐぅっ……」

俺は真正面から、その拳を腹に受けた。
衝撃にたまらずうずくまるが、なんとか再び立ち上がった。

(避ける訳には……いかないよな……)

「シグ君っ!」

後ろでハクさんが悲鳴を上げる。例え何があろうと、こいつらの指一本、ハクさんに触れさせる訳には行かない。

「フハハハハ!女を庇ってまともに喰らいやがった!!女装趣味の癖に何かっこつけてやがんだよオラァ!!」

必死に立ち上がる俺に、チンピラは熱に浮かれたような目で蹴りを繰り出した。
人間の足は、腕に比べ数倍の威力がある。まともに喰らえばただではすまないだろう……だが、ならば余計に避けるなどという選択肢は許されない。

「か、はぁっ……!!」

奴の靴が腹に食い込む感覚。凄まじい激痛と共に一瞬意識に空白ができる。気づけば俺は地面に倒れていた。

「ハッハハハハ!!無様だなぁ!!それが俺に逆らったツケさ!!さぁ、次はお前が後生大事に庇ってた弱音ハクさんと行きますか……!!」

(やめ、ろ……っ!!)

全身に力が入らない。奴の足へ向け、必死に手を伸ばすが、届くはずもない。俺は、俺の代わりにハクさんを庇いに行ったデルの姿を見ているしかできなかった。

「このクズ野郎……ハクに手ぇ出したら只じゃおかねぇぞ……!!」

「おやおや、貴様は最後にしてやろうと思っていたんだがな……そんなに殴られたいなら先に相手してやろう。安心しろ、顔は殴らないから……バレないようにな!!」

そう言い、チンピラがその拳をデルへと振りかぶった、その時。

「はいそこまでー」

突然、俺の背後から聞き覚えの無い声がかかった。
振り向いた視界に映ったのは、黒い長髪に水色の瞳を持つ二人の姿。

「な、何だ貴様ら!?」

チンピラの問いに、二人組の片割れ……少女らしき方が、当然のように言った。

「VDFです。動かないで下さい」

「VDF……!?」

チンピラ達の間にざわめきが広がる。
VDF、すなわちVocaloidDifenceForceと言えば、このピアプロにおける警察と同義。故に俺的には最も関わり合いに成りたくない相手ではあったが、今は頼もしかった。

「ば、馬鹿な……!ここは監視の行き届かない《抜け穴》の筈だぞ……!」

「普段通りなら、ね」

チンピラの呟きに、少年のように見える方がすかさず切り返す。
彼の右の手のひらの上には、とても小型の……まるで蜜蜂を思わせるマシンが羽ばたいていた。

「実はここ数日、監視体制が強化されててね。これ……《HoneyBee》って呼ばれてるんだけど、これが数万台程街を飛び回っているんだ」

それを聞き、見る見る内にチンピラの顔が蒼白になってゆく。

「なん……だと……!?そんな情報、俺の所には……!!」

「当たり前じゃん。極秘だもの

まさしく当然の事を言うような口調で、あっさりと少年は切り捨てた。チンピラは泡を食ったような表情になって黙り込む。
そこへ更に、とどめを刺すように少年は告げる。

「今まで散々悪さをしてきたみたいだけど、流石に現行犯を抑えられたら握りつぶしようがないよな。いよいよアンタも年貢の納め時って訳だ」

いよいよ本格的に追いつめられたか、チンピラは肩を落とし下を向く。
……諦めたか。
俺がそう思った瞬間、彼の唇が微かに動き声を発した。

「……とめない」

「?」

「認めないぞ!!俺を誰だと思ってる!!ロボット如きが逆らえるような存在じゃないんだよ!!」

それはあまりに急な動きだった。男は叫ぶと共に呆気に取られたデルを突き飛ばし、ハクさんの顔にナイフを押し当てた。

「これ以上俺に逆らうな……!!この女の顔がどうなってもいいならな!!許して欲しければまずは全員土下座して俺に謝れ!!俺を馬鹿にしてすみませんってなあ!!」

「いい加減にして!!」

そのチンピラの訴えにすぐさま反論したのは、二人組の少女らしき方だった。
彼女はその華奢な見た目に反した強い光を湛えた目で奴らを睨みつける。叫んでいたチンピラも思わず怯む程だ。

「ずっと卑怯なやり方で他人を傷つけたり、権力で無理やり従わせたり、大勢で暴力を振るったり……挙げ句の果てには自分の過ちを認めずに無関係な人に刃を向けるなんて、最低」

「貴様……俺を誰だと……!!」

「だからなんだっていうの!!」

チンピラの叫びをも上回る音量で少女は叫ぶ。その過ちを糾弾するかのように。

「それで誰かを傷つけてよくなる訳じゃない!!むしろ、権力っていうのは誰かを守るためにあるものなんじゃないんですか!?なんでそんな事しかできないんですか、あなたは!!」

「うるさい!!」

チンピラは少女の叫びを否定するかのように頭を激しく左右に振る。どこかその姿は、だだをこねる赤子に似ていた。

「うるさい!!うるさい!!ロボットなんかに俺の何が分かるんだよ!!お前ら!!あの女をやれ!!俺に泣いて謝るまでボロボロにしてやれ!!早くしろ!!何ボーっと突っ立ってんだよお!!」

チンピラの叫びを受け、呆けていた強そうなギャラリーがようやく動き出す。彼らは命令を遂行すべく、少女へと襲いかかる。
それを見て、少年らしきボカロが一言呟いた。

「……怒らせてどうするんだよ、ララ。ま、別にどうせこんな奴ら大したことないけど。じゃ、やっちゃって下さい、リリィ隊長」

(ララ、か……)

水色の瞳に黒い髪、という他の情報とも照らし合わせると、彼女は恐らく鈴音ララという亜種だろうという結論が出た。ならば隣にいるのは、鈴音ルルという亜種で間違いはないだろう。

彼……鈴音ルルの言葉に呼応したかのように、二人の前に黒い壁が出来上がった。その中に飲み込まれた奴らが悲鳴を上げる。

「な、なんだこれは!?うわああああ!!」

よく見ればそれは、さっきの《HoneyBee》とかいう機械だった。それらが無数に集まったのが壁のように見えていた訳だ。全身をその小型機械に包まれ悶えるギャラリー達……それはなかなかに恐ろしい光景だった。
そしてその一団がついにチンピラに襲いかかろうとした時、彼は漸く人質がいたのを思い出したらしく、ハクさんへとナイフを当て直す。

「く、来るなぁ!!コイツが見えないのか!!」

ハチ達の動きが止まった。それを見てチンピラは焦りや恐怖でグチャグチャになった顔に安堵の笑みを浮かべる。

「よーし……それでいいんだよ、それで……。じゃあ、まずは……」

調子に乗ったチンピラは、ハチ達に何かを命じようとした。しかしその瞬間、ハチ達の壁の中から、いきなりルルが姿を表し彼に突っ込んできた。

「ぐわぁっ!!」

チンピラの手からハクさん、そしてナイフが離れる。自然、尻餅をついた彼を、ルルが見下す構図となった。

「さて」

「ひぃっ!!」

チンピラは必死に逃げようとしているのだが、腰が抜けているのかちっとも立ち上がれない。気にせずルルは続ける。

「ニューライフインダストリーの社長の長男として生まれながら、何事に関しても周囲の期待に添える程の結果を残せず、《無能》と罵られ、跡継ぎの座も出来のいい弟に奪われた……その果てに、権力を傘に、弱者を虐げる事でしか自分を保てなくなったんだろうとかレインさんは言ってたけど、僕にとってそんな事はどうでもいい」

ルルは淡々と語る。だが、確かにその言葉には強い思念が感じられた。妙な迫力に俺も唾を飲み込んだ。

「僕にとって重要なのは、お前がララに何をしようとしたかだ……!!泣いて謝るまでボロボロにする、だと?僕がいる限り死んでもそんなの許さねーよ。というか発言、いや思考する事さえ許さん。立てよ、本当のナイフの使い方ってのを教えてやる」

そうルルは口早に告げると、熱のこもった眼でチンピラの眼前にナイフを突きつけた。が……

「おい、どうした……ってあれ?こいつ、気絶してるよ」

そこには真っ青な顔で泡を吹く、哀れな男の姿があった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説【とある科学者の陰謀】第十話~波乱と男心~その3

皆さん、本当にちょまたせいたしました、久々の更新にございます……まあ多分「え?誰?」な方も多いんじゃないでしょうか……まあ自業自得ですが。長らく更新さぼって大変申し訳ありませんでした。俺なんてミジンコになればいいんだ……

まあ反省会はそれまでにして!今回お借りしたボカロの紹介をば!!

・sinneさん
鈴音ララ(http://piapro.jp/t/FT6x)
鈴音ルル(http://piapro.jp/t/_GSx)

sinneさんありがとうございました!!今回出せなかった方々すみませんでした!!

さり気オセロットさんとのコラボも少しだけしてます。相変わらず大規模なのができず申し訳ない……

それでは、その4に続きます。また予定より長くなってしまった……

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投稿日:2011/09/12 12:52:36

文字数:5,066文字

カテゴリ:小説

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