FLASHBACK6 after-side:B

「もしもし」
 てっきりカイトからの着信だと思っていたルカは、ミクから電話が来たということに少なからず動揺していた。そのタイミングの良さ――ある意味では、それはタイミングが悪かったのだと言えるかもしれない――に、言い知れぬ不安を抱く。
『ルカ? 今、電話して平気だった?』
「え? ……ええ。大丈夫よ。こんな時間にどうかしたの?」
 その動揺を悟られぬようにと、平静を装ってルカは返答する。そのせいでルカは気が付くことが出来なかった。普段のミクならば『電話して平気だった?』などと相手を気遣うような台詞を言わないということに。
『ちょっと……ルカに確かめたいことがあって』
「確かめたいこと?」
 どこか言いよどむような口ぶりのミクに、ルカはようやく違和感を覚える。ミクはいつも自由奔放で我が儘で、どこか相手の都合もお構いなしな所がある。そんな風に言うことを躊躇うような口調はミクらしく無い。
『うん。……ねぇ、ルカはわたしとの約束、覚えてる……よね?』
「約束? 約束って、どの約束のことかしら」
 今までに聞いたことのないくらいに不安の混じった声で話すミクに、ルカは慎重に言葉を選ぶ。
『カイトのことでした約束。ルカは――覚えてるよね?』
(ミクとの約束。――約束? カイトとミクと私、三人で遊ぶときにはカイトの右側を譲ること。カラオケに行ったときにはミクの得意な曲は歌わないこと。ミクの飲むコーヒーには砂糖を多めにすること。ミクと交わした約束なんて、それこそキリが無いじゃないの)
 カイトのことで頭がいっぱいになっていたせいもあり、ルカはミクのその質問に内心ではどこか苛ついてしまっていた。それが声音に出てしまわないように深呼吸をする。
『抜け駆けしないっていう約束、覚えてるよね?』
 電話口から聞こえてくるそのミクの声に、ルカの呼吸が一瞬止まる。
「ええ……ええ。もちろん覚えてるわ。今更になって何言ってるのよ」
 それでも、そんな風に告げることが出来た自分の精神力に、ルカは自分で驚いてしまった。
(約束、約束――。そういえばあの時、そんな事をミクは言ってたわね……)
 今の今まで、ミクとそんな約束をしていたことなどルカは全くと言っていいほど覚えていなかった。むしろ、あれが約束だとミクが思っていた事にすら驚きを覚えるくらいだ。あれは、ミクと喧嘩をした時に彼女が一方的にまくし立てただけの話で、正直に言ってルカからすれば約束だとは言い難い。だが、ミクがそれをルカとの約束だと思っていたという事実は厄介だ。何しろ、ルカはすでにカイトと付き合っているのだから。
 このタイミングでミクがそんな電話をしてきた、ということが一体何を意味するのか、ルカはそれを分析する。
(ミクが、私とカイトが付き合ってることに感づいたってことかしら。だとすると――)
 五月蠅いくらいに響く自分の心臓の音が、ミクに聞こえていませんように、とルカは切に願った。
 ミクがルカに電話をしてきたと言うことは、確信が無かったからだろう。それか、どうしても信じられなかったからか。ミクからすれば、ルカは約束を破った大罪人だと思われるかもしれない。
『……』
「……ミク? どうしたの?」
『ううん。なんでもない。……そうだよね。ルカが忘れてるわけ――無いもんね』
「当たり、前よ。私とミクの仲じゃない」
 不安そうなミクを宥めるようにそう言って微笑もうとしたが、嘘を重ねるばかりのルカの表情は、強張って上手く微笑むことなど出来はしなかった。
「安心して。ミクに断りもなく抜け駆けなんてしたりしないから」
『……うん』
(安心して、ですって? 私って――酷い人。そんな苦しまぎれの言葉なんて言っても、もうどうしようもないのに)
 ようやく抱いたその感情が罪悪感だということに、ルカは気付かない振りをした。
「ミク、それでアナタは電話して来たの――」
 それ以上、ルカは言葉を続けられなかった。いきなり、背後から何者かに抱きつかれたからだ。
 慌てて振り返ると、そこに居たのは見慣れた長身痩躯の男、カイトだった。ルカの家の鍵を持っているのはルカ以外にはカイトだけだ。ミクと話し込んでいる間に、カイトはいつの間にかルカの家に入ってきていたらしい。
「カイトっ。驚かさないで!」
 ケータイを口元から離して、ミクに聞こえないように小声でカイトに声をかける。が、当のカイトは何事か呟くだけでまともな返事をしなかった。ルカの耳元をくすぐる彼の吐息は随分と酒臭い。何があったのかは知らないが、どうやらかなり呑んできているようだった。
「――ミク。俺は、ミクと……」
「――ッ!」
 耳元で誘惑するように囁く、カイトの信じられない言葉に、ルカの思考は停止する。
 ミクと通話中のままだったケータイを取り落とし、乾いた音を立てて床に落ちる。その衝撃でケータイが閉じて、強制的に通話を切った。
「カイト、アナタ――」
 酔った勢いの戯れ言だと、そうやって都合の良いように考えることなど、ルカは出来なかった。不安が的中してしまった感覚。信じていた、信じようとしていたカイトの愛情は偽物に過ぎなかった。ルカにはもう、そんな風に考えることしかできなかった。
「――ミク?」
 最後にそう呟いて、カイトはイスに座るルカを背後から抱きしめたまま寝息を立て始める。
 ルカは目を見開き、穏やかな表情を浮かべて眠るカイトを見つめる。カイトが夢の中で微笑むのはルカではなく、ミクなのか。それでは、自分はいったいなんだというのだ。そんな事を言われて、ルカはどうすればいいのか全く分からなくなってしまっていた。
 様々な思いが彼女の脳裏を彷徨っていた。
 ミクの言葉が。
 カイトの言葉が。
 それらを反芻すれば反芻するほど、ルカの錆び付いてしまった心は、次第に麻痺して何も感じることが出来なくなっていってしまう。
 全身から力が抜け、ルカの目の前は真っ暗になる。
(私、は――)
 どうしようもないほどに泣きたくなったが、一向に涙など浮かんでは来なかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ACUTE  7  ※2次創作

第七話


3回目のサビ、2番の終わりをお届けします。
今になって第1話を読み返していると、矛盾が生じてきています。
少し反省中です。申し訳ありません。


「AROUND THUNDER」
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投稿日:2013/12/07 14:05:40

文字数:2,525文字

カテゴリ:小説

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