「……で、いつになったら俺の服、離してくれるの」
「だって……さっきの映画、怖かったんだもん」
「そんなに怖いか? 血が飛び散ったりとか化け物とかが出てきたりとかしなかっただろ」
「そういうのはいいの! だってしょせんは関係ない世界だって思えるもの。でも、自分の近くにいる人が、気がついたら別人になっていたっていうのは、すごくいや」
「まあ、俺も嫌だけど……」
「レン、レンはどこかに行ったりしないでよ」
「行くわけないだろ。それといい加減、手の力ゆるめてくれよ。服がよれよれになっちまう」
「あたしたちの着てるものはプログラムだし、傷んだってすぐに戻るじゃない! でもね、あたしの気持ちは、そう簡単に戻らないんだからね!」
「威張って言うことじゃないだろ、それ!」
レンが意識を取り戻した時、最初に目に入ったのは、自分の部屋の天井だった。一瞬、さっきまでのことは夢だったのだろうか、と思う。だが身体を起こした瞬間、鈍い痛みが走った。そして。
「レン! 気がついたのね!」
そんな言葉と共に駆け寄ってきたのは、心配そうな表情を浮かべたメイコだった。後ろには、同じく心配そうな表情を浮かべたカイトの姿が見える。
「……大丈夫? どこか痛いところはない?」
「それは……平気だけど」
言いながら、レンはベッドから降りた。どうやら気を失っている間に、メイコとカイトが自分を家まで連れ帰ってくれたようだ。
「……リンは?」
気を失うまでのことを思い出し、レンはメイコとカイトに尋ねた。リンの姿をした、リンではない存在。そいつに投げ飛ばされて気を失ったという話を、果たして信じてもらえるだろうか。いやそれ以前に。
あいつは、そして本物のリンは、どこに行ったのだろう。リンのことを思うと、レンの胸は痛んだ。
一方、レンの前でメイコとカイトは顔を見合わせた。その顔には、思案する表情が浮かんでいる。
「メイ姉? カイ兄?」
レンは目の前の二人を見た。二人とも、何も言わずに途方にくれている。もしかして、あのリンを見たのだろうか。
「何があったのか教えてくれよ!」
二人に向かって詰め寄る。メイコとカイトはしばらく顔を見合わせていたが、やがて、メイコが思い切った様子で、口を開いた。
「レン……あんた、リンに殴られたのよね?」
「……うん」
レンはうなずいた。殴られたというか、投げ飛ばされたのだが。そんな違いは些細なことだ。
「リンを見たの?」
「見たというか……今、下にいるんだけど……」
歯切れが悪くカイトが告げる。レンは部屋から飛び出そうとした。そのレンの腕を、メイコがつかむ。
「待ちなさい、レン。まだ話は終わってないわ。下にいるリンは、リンだけど、リンじゃないの」
その言葉に、レンは立ちつくした。では、今この家にいるというのは、あのリンの姿をした、リンではない誰かなのか。
「……あいつなのか」
メイコとカイトはまた顔を見合わせた。その様子で、レンにはわかった。下の部屋にいるのが、リンの姿をした誰かなのだということが。レンは思わず駆け出した。
「レン、落ち着きなさい!」
メイコの声が追ってくるが、足を止める気にはなれなかった。確かめないといけないのだ。階段を下り、居間へと飛び込む。
「レン!」
ソファに座っていたルカが、驚いて立ち上がった。ルカ隣にはミクが座っている。そしてソファと向かい合わせに置かれた椅子に、リンが座っていた。
……いや、リンではない。
彼女は傲然と腕を組み、椅子にかけていた。こころもち顎をそらし、冷たい目でこちらを見る。だが何も言わなかった。
「リンをどこへやった!」
「……知らないわ」
「知らないわけないだろう!」
詰め寄ろうとしたレンの肩を、誰かが抑えた。振り向くと、メイコだった。後ろには、心配そうなカイトも見える。自分を追って来たようだ。
「レン、よしなさい」
「だって……わかるだろ! こいつは、リンじゃない!」
「私は一度も、自分がその子だなんて言った憶えはないのだけど?」
冷ややかな声が飛んできた。リンと同じ声なのに、違う喋り方。その声を聞いているだけで、レンは嫌な気持ちになった。
「リンの声で喋るな!」
「私だって、好きでこんな高い声で喋ってるわけじゃないわ。ずいぶんと血の巡りの悪い子ね」
「……あなたも、そういう言い方はやめてもらえませんか」
リンの姿をした相手に向かい、ルカが声をかける。腕を組んだまま、リンではない誰かは、ルカの方へと視線を向けた。
「私は事実を言ったまでよ。そもそも、私だってこの事態には迷惑しているの」
そのあと彼女は、口の中で何かを呟いたが、なんと言ったのかまではわからなかった。
「それはそうでしょうが……」
歯切れ悪く、ルカが答える。ミクは目を見開いて、二人を眺めていた。
「……で、もう一度訊くけど。あなたたち本当に『キャラクター』ではないの?」
リンの姿をした誰かが尋ねる。ルカは難しい表情で、彼女を見ていた。
「さっき説明したとおりです。私たちはボーカロイド。パソコンの中で暮らす、プログラムです」
「そういう設定の『小説』の『キャラクター』ではないという保証は?」
「保証と言われましても……だいたいさっき、マスターの製作ノートを見せたじゃないですか。あれ以上のものはこちらにはありませんし、あれで察してはいただけないのですか?」
「そうだったわね。確かにあれが存在している以上、ここはパソコンの中なのかもしれないわ。あの作者に、自分をあそこまでネタにできる度胸なんてありはしないもの」
レンにはさっぱりわからない話が、目の前で展開された。思わず叫んでしまう。
「ルカ姉!」
ルカがこちらを見る。レンはルカに向かって、また声を張り上げた。
「いったい何の話、してんだよ!」
「レン君、落ち着いて」
ルカではなく、ミクが答えた。
「あのね、わたしたち、さっきからこの人と話をしていたの。でも、わたしにはどうにもよくわからなくて……」
ミクが不安そうに、視線を落とす。そんなミクに、ルカが声をかける。
「はっきり言って、これは異常事態です。把握ができなくても、仕方が無いでしょう」
うつむいたままのミクの隣に、ルカはもう一度腰を下ろした。その状態で、ミクの頭をそっと撫でる。
「とにかく、この人はリンちゃんじゃないっていうの。リンちゃんの外見だけどリンちゃんじゃなくて、自分でもどうしてそうなったのか、全然わからないって」
レンはもう一度、リンの姿をした誰かに目を向けた。背筋をぴんと伸ばし、相変わらず傲然とした態度で、そこに座っている。
「そんなわけないだろ! そんなことあってたまるものか!」
「起きていることぐらい、認めたら? あなただって、私が違う存在であることぐらい、わかるでしょう? それとも認めたくないだけ?」
バカにしたような口調だった。思わず飛び掛りそうになるが、メイコとカイトに止められる。
「離せよ!」
「駄目」
「駄目だ」
二人とも離してはくれなかった。ばたばたともがくレンを取り押さえながら、メイコはルカに声をかけた。
「ルカ、結局どういうことなの?」
「大体のところは推測がついたのですが……私にも信じがたいような、とんでもない話でして……」
そう口にしながら、ルカは椅子に座るリンの姿をした誰かに視線を向けた。相手が、唇の端を僅かに吊り上げる。そんな彼女の様子をため息混じりに眺めると、ルカは言いにくそうにまた、口を開いた。
「その……なんでもこの方、マスターが昔書いていた小説の『キャラクター』なんだそうで……」
「はあ!?」
レンは驚いてその場に立ち尽くした。それはメイコとカイトも同じだったようで、レンを取り押さえていた手の力が抜ける。おかげでレンは動けるようになったが、もう飛びかかろうという気にはなれなかった。そんなレンたちを前にして、ルカは話を続ける。
「細かい話は確かに符合するのですが……なんといいますが、信じがたくて……」
「それはこっちも同じよ。気がついたら見たこともない場所にいて、おまけに」
リンの姿をした「キャラクター」とやらは、腕をあげ、自らの身体を見下ろした。
「何この貧弱な身体。たまったもんじゃないわ。ちょっと乱暴に扱ったら、壊れそうじゃないの」
「リンをバカにするな! 壊れそうってなんだよ!」
一度は治まっていた怒りが、また燃え上がった。レンは床を蹴って、相手に飛び掛かった。メイコとカイトも反応できず、レンを止めることができない。だが、レンの手が向こうの襟首をつかむよりも早く、相手の肘が目にも止まらぬ速さで、レンのみぞおちに叩き込まれた。レンがうめき、身体をくの字に折る。瞬間、蹴りが叩き込まれ、レンは床に倒れた。
「……思ったより動けるわね。もしかして、補正はそのままということかしら」
「やめてくれ!」
「レン君にひどいことしないで!」
床に倒れているレンに、カイトとミクの制止の声が聞こえて来た。ミクが手を差し出してくれたので、レンはミクの手につかまって、何とか身体を起こした。
「……飛び掛かってきたのはそっちよ」
「だからって!」
ミクがいらだちの声をあげる。レンはまだ痛みで、思考が上手に働かなかった。目の前で、リンの姿をした誰かが、冷笑を浮かべている。
「……あなた、もしかして、『漆黒の破壊者』なの?」
不意に、メイコが怪訝そうな声をあげた。メイコの言いたいことがわからず、レンはメイコの方へと視線を向けた。メイコは、真面目な表情をしている。一方、リンの姿をした誰かは、不快そうに顔を歪めた。
「そう呼ばれることもあるわね。私としては、望ましくない呼称だけど。もっとマシな名称を思いつかなかったのかしら、あのバカ作者は」
辛辣な言葉が紡ぎだされる。リンにはまったく似合わない様子。リンなら絶対に言わない言葉。
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光の向こうの億年 見据えて
限りなく進む夢々とこれから
廻りながら感じて内宇宙...天体スコープ
Re:sui
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