「花束ササグの事象」  作:かじき色

 閉じていた目を開いた時、私は部屋の中に佇んでいた。
 拡散していた思考がまとまってくる感覚の中で軽く頭を振り自分の周囲を見る。
 まるで目覚めた時の様に直前の記憶が曖昧だけど立ったまま寝てた訳じゃ無いよね、
少し明るいけれど、ここは私の部屋だ。私は勉強机に近付き何時もの様に何気なくス
タンドミラーを引き寄せようとして手が滑った。

 あれ、少しぼんやりしていたのかな、そう思って今度はしっかりとスタンドミラー
を手で掴んで引き寄せようとして、スルリと手が滑った。スタンドミラーはまるで机
に張り付けたかの様に固定されている。
 誰かのいたずらじゃ無いよね、私は椅子に座って考える事にした。椅子の背もたれ
に手を掛けて手前に引き出そうとして、スルリと手が滑った。もう一度確かめてみた
けれど椅子はまるで床に固定されている様に動かせない。

 ―何だか変な感触がした―

 そして私は部屋の中にある物を次々に調べ、全て固定されている事を知った。

 机の上に置いてあったペン立てもその中に入れてあるペンも定規も動かす事が出来
ない。見かけだけはいつもと変わらないのに机と一体化した様に固定されていた。
 本棚に収納した本や本棚に収まり切れなくて床に積んであった本や雑誌の山は一体
化した様に固まっていて一番上にある雑誌の薄い表紙をめくる事さえ出来なかった。
 読む事の出来ない本の塊は、まるで食べる事の出来ない食品サンプルの様で何だか
悲しい気分になった。
 そして私は部屋のドアを開けようとしたけれどドアノブも固定されているのか回す
事が出来ない、ドアを思い切り叩いたり体当たりしてみたけれど非力な私ではドアを
壊すなんて無理だよね。どうしよう、これじゃ部屋から出られない。

 ドアに背中を預けて立ったままで部屋の中を見ているとベッド脇に置いてある目覚
まし時計の秒針が動いているのが見えた―私の視力だとこの距離では秒針なんて見え
るはずが無いのにと頭の中を疑問が過ぎったけれど―目覚まし時計が動いているって
事は目覚まし時計は本物なの?上辺だけ完璧なフェイクの山に埋もれた部屋の中でも
しかしたら目覚まし時計は中身も本物かもしれない。
 私はベッドに腰かけて目覚まし時計を手に取ろうとして失敗する、目覚まし時計は
向きが斜めになったまま、多分私が最後にベルを止めた際に寝ぼけて置いた時の状態
のままで固定されていた。

 私はベッドに腰かけたままで考え込む
  この状況は何だろう、これからどうしよう?

 これは夢なの?
  夢なら夢でも良いけれど

 何故ここは私の部屋と同じなの?
  出来の悪いフェイクの山は誰かの仕業?

 私以外の全てが変なの?
  それとも変なのは私?

 ・・・・・・私が変なの?

 私は立ち上がって机に向かった、スタンドミラーは角度を調整して鏡面に埃が付か
ない様に少し下向きにセットしてあるので、先程は使用しなかったけれど、私は頭に
浮かんだ考えを確かめる為に自分の顔を鏡に映して見る事にした。頭を机に押し付け
る様にして鏡を覗き込むと私の顔が映っていた。

 半透明に映る不思議な鏡、不思議な世界に迷い込んだ私
  やっぱりこれは夢だよね、ベッドに寝転がって目を閉じる
   そして目覚めれば「変な夢を見ちゃった」で日常に戻れるよね

 ・・・・・・

 そのままじっと待っていても何も変わらず、私は目を開いて起き上がった。

 変なのは、世界ではなくて、私だった。

 私は幽霊になった!

 そして部屋を見回してこれまでの出来事を思い出す。
 幽霊だから何も動かす事は出来なくて当然だよね、でも私の知識だと幽霊は壁を通
り抜ける事が出来る筈では、そんな事を考えていると両手の先が手首の部分迄半透明
になった。ベッドに手を付くと半透明になった手首まで沈み込んだ。
 手をベッドから離すとまだ半透明のままだった、うーん、何だろうこれは、全身半
透明になればドアを通り抜けられるのかな、私はベットの上に座ったままで足を伸ば
して見た、膝下丈のスカートから伸ばした足は足首から先が半透明になっており床に
足を下ろして座ったままで踏み込むと足首まで床にめり込んで行く。

 全身半透明になったら床も通り抜けちゃうのかな、私は心配になった。

 床を通り抜けるとその下の地面はどうなるのかな?
 地球の中心へ辿り着くまで透過するのかな?
 いやいやそんな事ないよね?

 私の不安をよそに手足の先から始まった半透明化の変化が全身に及んでいる、私は
着ているセーラー服ごと半透明になった。

 そして私の身体はふわりと墜ちて行く、落下し続ける感覚でパニックに陥り手足を
バタつかせたり、文字通りひっくり返ったりと、まるで溺れた時の様な行動を取った
後で気付けばその場に留まっている。私はベッドに腰かけた姿勢で何とか安定すると
これまでに分かった事を整理してみた。

 私はベッドを通り抜ける事が出来る、幽霊だもんね。手足を動かして色々と試して
みると、立ち上がったり逆立ちだって出来る様になった。
 
 そして私はこの位置から移動する事が出来ない、だって歩きだそうと踏み込んだ足
は床を通り抜けて空回りするし、手で何かにつかまって移動する事も出来ない、全て
すり抜けるから。多分重心が固定されている、身体が地面を通り抜けて地球の中心ま
で墜ちる事は無さそうだね。

 幽霊は空中に浮いて自由に動ける存在だと思っていたのに、今の私は動けない。

 これじゃまるで地縛霊だよ!(自分で突っ込んでみた)

 試しに精神を集中して「動け、動け」と念じてみる。

 何も起こらない。ラノベの世界じゃ無いんだし当然だよね。

 そして私はベッドに腰掛けた位置から移動出来ずに過ごす事になった。
 せめて少し前の状態に戻る事が出来れば部屋の中は歩き回る事が出来るのだけれど
半透明になった身体は最初からその状態だったかの様な気がしてきた。天使も悪魔も
死神も現れる気配が無いので、これからの事を考えてみる事にした。

 幽霊になってまでやらなきゃいけない事って何だろう?
 怨念や心残り、死んでも死にきれない思い想い、思い当たる事は無い
 死んだ瞬間の記憶が曖昧なので断言出来ないけれど私の性格だと誰かを恨んで幽霊
になるなんて事は無さそうに思える。 

 次は幽霊になってやりたい事を考えてみる。
 これからは生まれ変わった様に積極的に生きる?(死んでいるけれど)
 幽霊になって性格が変わった様には思えないし、何かを積極的にやるのは面倒くさ
いな。これからは好きな事だけをして自由に生きよう(死んでいるけれど)

 そして、どれだけ時間が経ったのか分からないけれど不意に部屋のドアが開いて、
お母さんが入って来た。
 お母さんの姿を見て、私はびっくりして焦ってパニックって何故だか逃げ出したい
気分であたふたしていたけれどお母さんは私を無視して部屋の掃除を始めた。
 
 ・・・・・・

 えーと、今の私の状態は落ち着いているよ。お母さんには私の姿が視えないだけだ
よね、自分が幽霊になった事は理解していたつもりだったのに何時もと違うお母さん
の反応に怒ったり悲しんだり、何だか寂しくなったりしたけれど。

 気持ちが落ち着いて来たので、お母さんが近付いた時に背中に向かって手を伸ばし
てみた、肩に手を置こうとしたら振り返って怪訝な顔をしている。
 私が差し出した手は肩に触れると弾かれる様に押し返されたので、バランスが保て
なくてくるりと宙返り、あ、足が何かに当たった、お母さんだよねゴメンナサイ。
 お母さんは透過せずに触れる様なので背中からおぶさる様に抱き付いた。

 これって、私(幽霊)がお母さんに憑りついている図になるの?

 お母さんは負ぶさっている私に気付いていないのか掃除を続けている、勉強机の下
に掃除機を掛ける際には私が動かせなかった椅子を簡単に引き出していた。
 16歳にもなってお母さんに背負われるなんて本当なら恥ずかしい状態なのに、今
は気にならない、幽霊だから羞恥心なんてもうどうでもいいよね。

 そして掃除機を掛け終ったお母さんは椅子に座り、勉強机の引き出しを開けて奥の
方から何かを取り出した。

 ってあれ?、何をしているんですかお母さん、それはダメです、ヤメテ下さい、お
願いです、私はお母さんを止めようとしたけれど今の私の力では何も出来なかった。

 お母さんに抱き付いたまま、私はパニックになった、身体が熱い、何も思い付かな
い、頭が真っ白になった、何だか夢の中にいる様で、赤ん坊を抱いている私とお父さ
ん―今よりも若い―が一緒に縁側で満開の桜の木を眺めている。
 そして小さな女の子と手を繋いで歩く私、食事をしたり買い物に行ったり一緒にい
る女の子は私だ、夢の中で私はお母さんになっていた、違うこれはお母さんの記憶だ。

 私が現実に目を向けると、お母さんがぐったりしていた。
 私は自分が何をしたのか気付いてお母さんから離れた。多分お母さんに憑りついて
精気を吸収しちゃったのだと思う、記憶も一緒に吸収したみたい。
 半透明だった私の身体は普通の状態になったと言えるのか紺色だったセーラー服は
色が抜けて真っ白になってた、良く見たら髪の毛も白くなっているね。

 私はもう一度お母さんに抱き付いて、私が吸収してしまった精気と記憶を返せるの
かどうか試してみた、吸収出来るのなら逆も出来るはず、出来るよね。

 私が奪った精気と記憶をお母さんが取り戻せる様に願いながら意識を集中した。
 抱き付いた両手が半透明になって全身が半透明になった、そして両手が更に薄く透
明になって行く、感覚が鋭くなっているのか、両足も透明になっていく感覚がある。

 ―私が持っている精気を全部あげるから元気になって―

 お母さんが目を開けて私を視た、半透明になった私の姿を

「もう、いいわ」

 お母さんは椅子から立ち上がって私を抱きしめた。

「このまま続けたらあなたが消えてしまう、ありがとう、ササグ」
「お母さん」
「ごめんなさい、あなたが私の娘だという記憶はあるけれど、まるで物語の登場人物
 と会っているみたいな気持ちにしかなれないの」

 そして私はお母さんと色んな話をした、机の上にある物に関しては

「私とおんなじ趣味なんて、やっぱり親子なんだね」

 と、言いながら片づけたけれど、本音なのかは良く分からない。

 私が幽霊になったと言う事は、私は死んだのだろうか、少し怖いけれど、お母さん
に確認してもらった。結果は???に?????。

 私は自分が何故存在するのか考えて、そんな事は考えても仕方が無いよね、だから
今をあるがままに受け入れて精一杯楽しんで生きる事にした。

 ―いつかお花畑へ行って花の絨毯でゴロンゴロンとしてみよう―

―Fin-

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

【ショートストーリー】花束ササグの事象

自分の部屋が見た目は変わらないのに違う世界の様に変わってしまった。

花束ササグのショートストーリーを書きました。

花束ササグUTAUの詳細は下記コラボを参照して下さい。
http://piapro.jp/collabo/?id=26727

閲覧数:327

投稿日:2016/09/29 23:55:49

文字数:4,534文字

カテゴリ:小説

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