父が帰ってきてから、僕は前ほど上手く笑えなくなった。
何故かは解らない。
でも、お母さんや芽衣子はもちろん、未来も鈴も錬も、僕を気遣う声をかけてくる。


「ごめんね。心配させちゃったね。大丈夫だよ、おにーちゃんは強いから」

「本当に本当?」

「うん、本当に本当」


それでも明るくならない3人の顔に、僕は、みんなとの間に分厚い壁があるような…そんな錯覚を覚えた。




~箱庭にて~
六章




いつも通り、仕事から戻ってきてすぐ、人形の元へ向かう。
最近は、今まで以上に、人形と一緒に部屋にこもる事が多くなった。
それがあの機械の部屋だろうが、僕の部屋だろうが、関係ない。
ただ一度落ち着いたら、もうその部屋から出る気がしなかっただけ。
今日も今日とて、自室に彼を連れてくると、2人して適当に本を引っ張り出して読んでいた。
特に意味はない。もう何度も読んだ本ばかりだ。


「…ん?」


不意に、ついついと服の裾を引かれて目を向けると、人形が1冊の古びた本を抱えて立っていた。
…絵本だ。
まだこんな物があったのか。


「これが…どうかした?」


問うてみると、彼はぱらぱらと絵本のページをめくって、僕に差し出す。
読んでくれ、と言いたいらしい。


「…解った。おいで」


僕の言葉に従って寄ってきた人形を抱き上げて、膝に乗せる。
別にそうしなきゃいけないわけじゃないけど、僕が普段、絵本を読み聞かせる時はこうだから。
要するに、気分の問題だ。


「このページだけ?」


人形はちょっと迷って、頷く。
それを見てから、彼が示したページを読み上げた。

女の子が異世界に迷い込み、帰る術を探すため、旅をする物語。
その序盤…旅の仲間が増えていく段階のページだ。
ある異世界の住人が、女の子に語りかける。


『私には心がないから、人に優しくできる心が欲しい』


「…心、か」


読み終えて、僕は呟いた。
機械の心。
今まで、何度も何度も、大人から聞かされてきた言葉。
どこかずっと遠くにあるような、そんな掴み所がない感覚だったその言葉が、今はずしりとした重量を持って、のしかかってくる。
しかし、戦争があったというのに、何故こんな内容の絵本があるのか…。
…父の顔が頭に浮かんで、思わず顔をしかめてしまった。


「心…これが知りたいって事?」


頷いた人形に、僕は考え込んでしまった。
難しい事を訊いてきたな。
さて、どう答えたものか…。


「…これから言う事は全部、僕の考えでしかないから…間違いじゃないかもしれないけど、絶対に正解でもない。それを頭に置いて聞いてほしい」


再度、頷きが返ってくる。
彼が見入ったままの、絵本のページの中、僕も彼と一緒に、灰色で描かれた機械の木こりを見つめた。


「"人に優しくできる心が欲しい"…つまりこの人は、人に優しくしたいと思ってる。でもそれは、自分の役割だからとか、そんな理由じゃない」


自分が人に優しくする事で、その人に幸せになってもらいたい。
その人の笑顔を見て、自分も幸せになりたい。
多分、そう思っていたんだと、僕は思う。


「優しくしたいって、幸せになってもらいたいって…。その時点で、この人はちゃんと"心"を持ってるんじゃないかな。ただ、誰に、どうやって優しくしたらいいか、解らないだけで」


彼は、どうなんだろう。
そう思わなくもなかったが、意地悪な問いにもほどがあると思って、やめておいた。


「"心"なんて、作ろうと思って作れる物じゃないと思うんだ。最初はみんな小さな種みたいで、そこから1人ひとり、ちゃんとした"心"に育てていくような…そういう物じゃないかな」


それならば何故、戦前の人間たちは、"心"を作ろうとしたんだろう。
無謀すぎやしないか。
いや、だからこそ挑んだのか…。
考えるほど気が滅入ってきて、ごまかすために、あの部屋から持ってきた歌う箱の歯車を少しだけ回す。
箱から流れ出す音楽は、相変わらず僕の知らない言葉で紡がれている。


「そういえばこの箱…この部屋で歌わせると音が綺麗だな」


最初に間違えて歌わせてしまった時は、ザーザーと妙な雑音が混じっていたが。
この部屋だと、少しだけその雑音が消えている。
僕の呟きを疑問だと判断したか、人形が僕の膝から下りて、紙とペンを手に取った。
その紙に向かって、何やら熱心に描き出す。
文より絵の方が解りやすいと思ったのだろうか。


「…え?」


しばらくして、彼から渡された絵を見て、目を疑った。
本当に小さい子供が一生懸命描いたような、そんな絵。
紙の左の端に、歌う箱がちんまりと描かれていて、右の端には、歌っている人がいる。
間に、家やら山やら、いろんなものがあって、どうやら箱と人は随分離れているらしい事が解った。


「…遠くの人の声を、この箱が聞いて発してるって事?」


人形は少し考えたが、すぐに頷いた。
まぁ、大体合ってるらしい。
それを見て、僕は思いを巡らせる。
どうやって遠くの声を聞いているかだなんて、そんな事は今はどうでもいい。
この箱が今、そうやって歌っているのだとしたら…遠くに、箱に向かって歌っている人がいるという事だ。
…この、機械との戦争の最中に。


「戦争が起きていないか…影響が小さい…そんな場所があるのか…?!」


僕の考えすぎかもしれない。
けれど、頭に浮かんだその結論に、鼓動がどんどん加速していく。
それと同時に、僕の中で、1つの考えがゆっくり形になっていくのが、はっきりと解った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【勝手に解釈】箱庭にて 六章

捏造十割回再び(汗
でもどうしても書きたかったんですよ…!

魁斗に絵本を読んでもらったのは、主に私の趣味のせいです←
俺…もしKAITOを買う事があったら、頑張って読んでもらうんだ…買うって時点で無理だけどorz
絵本の内容ですが…はい、あの有名なやつです。私も大好きです。

さて、次かその次あたりで終わりになりそうです。
私の妄想分がやたら多くなると予想されますが、それでも良ければ、よろしくお願いします。


原曲はこちらです。
「オールドラジオ」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3349197

閲覧数:168

投稿日:2009/05/21 12:47:04

文字数:2,310文字

カテゴリ:小説

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  • 桜宮 小春

    桜宮 小春

    ご意見・ご感想

    つんばるさん>
    絵本っていいですよね!私もたまに引っ張り出して読んでます^^
    読み聞かせてる場面は、私自身、にやにやしながら書いてたような記憶があるんですが…きっと気のせいですね!(殴
    絵本の題名わかっていただけて良かったです(笑

    褒めていただけて嬉しいです!こんな頭の悪い文なのに…ありがとうございます!

    絵本朗読は、が、頑張ります(笑

    応援ありがとうございます!

    2009/05/22 12:52:06

  • つんばる

    つんばる

    ご意見・ご感想

    こんにちは、この歳になってもまだ絵本を買い集めているつんばるです。

    絵本の描写が出てきた最初の一行で、絵本の題名が浮かびました。なんて的確な描写力!
    絵本好きにはたまらないですね、お膝だっこで読み聞かせ(←絵本好き関係ねえ!
    ちっちゃい人形が読み聞かせてもらっている場面とか、一所懸命お絵描きしているのを想像して
    ひとりニヤニヤしてます。こういう雰囲気を自然に出せるのがうらやましいです……。
    捏造10割とおっしゃってますが、曲の世界観をまったく壊さずにこういう話を挿入できるのは
    凄いことだとおもいますよ!

    絵本朗読KAITO……新しいジャンルだ……! ぜひ購入の際にはニコにUPしてください!(笑

    では、次回をたのしみに待っておりますー!

    2009/05/22 01:42:55

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