注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 ガクト視点で、外伝その三十四【誰が為の嘘】から続いています。
 したがって、それまでの話を読んでから、お読みください。


 【知らなくてもいいこと】


 義両親が離婚した翌年、ルカは初めての子供を出産した。女の子だった。俺は娘にミカという名をつけた。
 出産をきっかけにルカは仕事を辞め、育児に専念することにした。子供が小さいうちは、母親が家にいる方がいいだろうと思ったのだ。俺自身、そういう環境で育ってきたのだし。それに、できれば子供は三人くらい欲しかった。面倒も当然増えるが、兄弟と共に育つというのは、子供にとって貴重な経験となるはずだ。
 兄のヤマトも昨年結婚したのだが、子供はまだだ。なのでミカは、俺の両親にとっても、ルカの両親にとっても、初孫となる。俺の両親からは盛大な祝いの品が届いた。
 義母に連絡するかどうかは悩んだのだが、一応伝えておくのが礼儀だと思い、子供が生まれることは伝えておいた。ミカが生まれると、義母は祝いの品を携えて見舞いに来てくれた。久しぶりに会った義母は以前とさして変わっていないようで、ミカを抱いてあやしている。
「ルカ、お父さんは、どうしているの?」
 別れても、多少は気になるらしい。ルカは「特に何も変わったことはない」と答えている。
 あの広い家に一人――住み込みのお手伝いさんがいるにはいるが、勘定に入れていいかどうかはわからない――で暮らしていると、義父も淋しいのではないだろうか。ルカとミカを連れて、義実家に帰った方がいいかもしれないが……正直言うと、気は進まない。
「……ルカ、雛人形はどうする? ルカが構わなければ、お母さんが買いたいんだけど……」
 そう言えば俺の母も、そんな話をしていたな。雛人形は母方が買うものだから、こっちからは初節句に備えて、市松人形を贈るとか何とか。義母は離婚したわけだし、ルカとは血の繋がりもないのだから、雛人形を贈る必要はないような気がするが……。
「お父さんだと、人形のことはよくわからないと思うし……」
 確かに、義父はその手のことには疎そうだ。義母に見立ててもらった方が、いいものを選んではもらえるのではないだろうか。
 ルカは答えず、ちらっとこっちを見た。……女性の物なのだから、ルカが決めた方がいいように思うのだが。
 ルカは一向に返事をしない。俺を立てるべきだと思っているようだ。仕方がない。
「じゃあ、お願いします」
 結局、俺が返事をする羽目になってしまった。
「わかったわ。ルカ、どんなのがいい? ルカのは七段飾りだったわね。ミカのもそうする? それとも同じものを並べて飾るのは大変だから、お内裏様とお雛様だけのセットにする? 三人官女つきってのもあるけど」
「長女だし、三人官女つきの方がいいんじゃないのか」
 ルカがまたしても答えないので、俺が口を挟んだ。義母が「じゃ、そうするわね」と答える。俺はつくづく、この人がわからない。罪滅ぼしのつもりなのだろうか。
 義母が帰宅する際、俺は玄関口まで見送った。ルカはまだ寝ていなくてはならないので、見送りには出てこられない。難しい話をするのなら、今がいいだろう。
「お義母さん、ちょっと訊きたいんですが」
「なに?」
「ルカの実母が亡くなったことを、どうしてルカに話さなかったんですか?」
 義母は目を見開いて立ちつくした。俺がこのことを知っているとは思わなかったらしい。
「……亡くなっていたの?」
「白々しいことを言わないでください、あなたは知っていたはずです」
 ルカの伯母であるスミさんは、連絡したと言っていた。ルカは幼すぎて知らされていなかったにせよ、この人が知らないはずがない。
「でも、あの人は何も……」
 全部、義父のせいにするつもりなのだろうか。
「ガクトさん、亡くなったのはいつのことなんです!?」
「ルカが七つの時だと、母方の実家の人は言っていました」
「そうですか……」
 義母は肩を落とし、視線を伏せた。良心の呵責があるのだと、そう思いたい。
「どう思います」
 俺がきつい声でそう尋ねると、義母は顔を上げ「え?」と呟いた。
「ルカの実の母が亡くなったことです。聞いた話ですが、自殺したそうです」
 義母はまた、驚愕の表情になった。
「自殺って……そんな……どうして?」
「それをあなたが訊くんですか?」
「私だったら、絶対に自殺なんてしません。自殺なんて……」
 義母は独り言のようにそう呟いた。
「ルカの実の母を責めるのはやめてください」
「そういうつもりじゃ……」
 そこで、義母は何事かを思い出したかのような表情になった。
「ガクトさん、この話はルカにはしたのですか?」
 俺は首を横に振った。いつかは話さなくてはならないだろうが、今はまだ駄目だ。
「まだです。子供を産んだばかりのルカに、こんな話は辛すぎる。いずれ、折を見て俺から伝えます」
「そうですか……」
 義母は俺にルカのことをまた頼んで、帰って行った。やっぱり、よくわからない人だ。


 ミカが生まれて二ヵ月ほどした時だった。またしても、晴天の霹靂とでも呼びたくなるようなことができた。
「再婚することにした」
 突然家にやってきた義父はそう言って、一人の女性を紹介した。
「初めまして、矢部サトミです」
 サトミと名乗った女性を見て、俺は驚いた。どう見ても二十歳かそこらだ。俺やルカより若い。
「長女のルカと、婿のガクト。その赤ん坊は孫のミカだ」
 義父がぶっきらぼうな口調でそう紹介する。唖然としてその女性を眺めていた俺は、ルカが「初めまして」と落ち着いた口調で言うのを聞いて、ようやく我に返った。声を上ずらせながら、俺も挨拶をする。
「お義父さん、いきなりどうしたんですか」
 義母と別れてから、まだ一年半も経過していない。幾らなんでも早すぎるのではないだろうか……。
 よく考えてみたら、義父はルカの実母と離婚してすぐ、義母と再婚したような人だ。そうして考えると、別に変でも……いや、やっぱりおかしい。
「お前たちが呼んでも来ないからだ。仕方ないから出向いてやったんだぞ」
 明らかに機嫌を害した様子で、義父は言った。ルカはまだ出産して二ヵ月な上に、産後の肥立ちがあまり良くない。ゆっくり静養させてやりたいだけなのだが……。それに、俺が訊きたいのはそっちじゃない。
「ルカは具合が良くなくて……」
「出産は病気じゃないだろう」
 言い切られてしまい、俺は面白くない気分になった。俺の母はリュウトを産んだ時、難産で生死の境をさまよった。女性が子供を産むのは大変なことなのだと、あの時俺は知った。
 だから、無理はさせたくない。
「それで……サトミさんでしたっけ。失礼ですが、お幾つですか?」
「二十二です」
 リンちゃんと大して変わらない。……頭が痛くなってきた。年齢で人を判断するつもりはないが、自分より若い女性を「お義母さん」と呼ぶのは抵抗がある。
「あの……で、どう呼んだら」
 サトミさんとやらは首を傾げ、考え込んだ。
「さすがにお義母さんとは呼びづらいでしょうから、サトミさんでいいですよ」
 俺は少しほっとした。目の前のこの女性を「お義母さん」とは呼ばずに済むようだ。しかし、何だってまたこんな若い女性と……義父は血迷ったのだろうか?
「式は一週間後だ。後で招待状を送る」
 いきなりそんなことを言われ、俺はまた呆気に取られた。何故そうまでして急がねばならない?
「無理です。ルカはまだ身体の具合が良くないし、ミカだって生まれたばかりですよ」
 そう言うと、義父は不快そうな表情になった。
「式に出ないつもりか!?」
 ここで、義父が「家族なのだし、ぜひ出席して祝福してほしい」と頼むようであれば、俺ももう少し考えただろう。だが義父の口調は、「出るのが当然」のようであった。そうなると、俺も反発してしまう。
「とにかく、ルカとミカは駄目です。ミカは生まれたばかりだし、長時間の参列なんて考えられません。どうしてもと言うなら、俺だけで参列します」
 義父と俺はしばらくもめたが、俺も引き下がるつもりはない。結局、俺だけということで話がまとまった。

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ロミオとシンデレラ 外伝その三十六【知らなくてもいいこと】前編

閲覧数:795

投稿日:2012/07/26 21:18:30

文字数:3,389文字

カテゴリ:小説

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