夢を見た。あなたが遠くへ行ってしまう夢を。
 夢の中のあなたはとてもよそよそしくて。学校では毎日すれ違う度に「今日も頑張って」と優しく挨拶してくれていたはずなのに。

 それは、彼の余命を知った日からだった。彼は私に目も向けてくれなくなった。廊下で会っても、委員会や学業に関することだけを告げて、彼はあっさりと私を置いていく。
 私はすぐに後悔する。私のせいだ。彼の余命を知って、罪悪感で胸が押しつぶされそうで。別にいつも通り振る舞えばいいのに。不器用な私は、あからさまに態度に出してしまう。
 気まずくて、廊下で会っても目を合わせることすらできない。なんとかしなくちゃ。でも一体どうすれば? 今までさんざん迷惑をかけておいて、ごめんなさいって謝るだけ?
 彼の前で、上辺だけの優等生はいらない。寿命を縮めるなんていう最大級の迷惑をかけて、嫌われていないはずがない。いっそ突き放してくれたのなら、彼は自由になる。だから私は、彼を避けた。
 私が避けているのに感づいたのか、彼は私に声をかけることをやめた。まるで二年前に戻ったようだった。教壇に立つ背中を見つめ続けて、けれど一度も交わることのない視線。ただ一つ違うのは、どちらも話そうとしないこと。熱のこもる視線はあの時のままなのに、その目が合うことはない。

 ある夜、帰る気になれなかった私は彼に会ってしまった。彼は私に帰るよう促した。さっさと帰ればいいのに、私はその場から離れようとは思わなかった。久しぶりの会話が嬉しかったのかもしれない。
 気づけば涙が頬を伝っていた。彼のためだと自分から突き放しておいて、いざ彼を見ると離れないでほしいなんて。なんて自分勝手で憶病者だろう。
「……ルカ、なぜ俺を避ける」
「あなたのためです」
「答えになってない!」
 初めて聞いた彼の大声。彼は、逃げようとする私を許さない。だから腕を掴まれた。ひ弱な女子高生と成人男性。どちらの力が強いかなんて一目瞭然。こんな細い腕じゃ彼の手は振り払えない。
「全部自分のせいだって考えてるんじゃないだろうな?」
 全部見透かされていた。その考えから私が避け続けていることも。彼を不幸にした原因は全て私にある。私に出会わなければ病気が再発することも、事故に遭って後遺症を負うこともなかったはずだ。
 それを一つずつ話す度に、腕を掴む力は強くなる。その痛みは私を責め立てる。自分の犯した罪から、現実から目を逸らすなと。
 もう離れたほうがお互いのためになる。そう言いかけたとき、私は身体の自由を奪われた。勢いよく壁に押し付けられ、掴まれた肩から彼の強い怒りを感じた。その怒りは誰に向けられたものだろうか。いい子にしようとしない私か、それとも。
「少し黙れよ」
 その声色は今まで聞いたことがないほどに、自分の感情を抑えているように感じた。
「君が聞いたのは不十分な情報にすぎない」
 だけどそれは確かに、私に罪を自覚させた。
「それに、俺は離れる気はないな」
 下唇をなぞられ、全身で感じる甘い痺れ。
「なんなら証拠を見せようか? 今すぐに」
 彼の吐息は、私の頭のいろいろな思いをかき回した。残り数センチの距離は、少しの行動で教師と生徒の関係を変えてしまう。もう止めて。これ以上私の気持ちを揺さぶらないで。その唇が触れれば、私はもう二度と、彼に逆らうことを許されない。
 そのままでいれば、彼はきっと“今すぐに証拠を見せて”いただろう。絶対に逆らわないという契約の元に、操り人形になった私をその腕に抱いて離さないに違いない。そうなれば、二度と以前の関係には戻れない。話し合うことを止め、思いがすれ違ったまま過ごせば、いずれ二人の関係は瓦解する。
 少しだけ、自分が何がしたいのか考える。このまま、また懲りもせずに横にいれば、ただの操り人形になってしまう。
 だから私は彼の手を解き、すぐに教室から離れた。唇に触れていた手が簡単に離れたのは、私を無理に繋ぎとめる気はなかったからなのかもしれない。

 校舎を出てすぐに予報外れの雨が降りだした。傘なんて持ってきていない私は当然、雨に濡れることになる。振り返っても、やはり彼は私を追ってはこなかった。それでいい。
 通り雨なのか、頬に当たる粒は思いのほか衝撃が強い。あっという間に水分を含んで重くなる制服。服や髪から滴る雫は、少しづつ私の判断力を鈍らせていく。
 先ほどの涙が、性懲りもなくまた流れ出していた。涙と雨粒は混ざり合って、頬を伝うのはいったいどちらの雫なのか。
 土砂降りの雨に包まれて、私は思う。何が正解なのかはわからない。だけど、このまま彼との関係を終わらせること。互いに笑いあって過ごせる関係に戻ること。そのどちらを選んでも、いずれきちんと二人で話し合うことが必要になる。
 だから私はもう逃げない。卒業すれば私は学校に行くことはないし、彼だって「神威先生」であることを辞めてしまう。それは接点を失ってしまうことに繋がる。そうなればいくら悔やんでも私の胸の燻りが消えることはない。
 この中途半端な関係を終わらせる。きちんと気持ちを整理してから、正面から彼と向き合う。

 その夜、私は夢を見た。あなたが遠くへ行ってしまう夢を。
 夢の中のあなたはとてもよそよそしくて。学校では毎日すれ違う度に「今日も頑張って」と優しく挨拶してくれていたはずなのに。
 いつの間にか、その目に私を映すことはなくなる。代わりに隣に違うひとを従えて、遠いどこかへ歩いて行ってしまう。いくらこの手を伸ばしても、すれ違う度に積み重ねた違和感が邪魔をして、彼に届くことはない。
 諦めずに走り続けてやっと彼の腕を掴んだとき、彼は振り返ってこう言うのだ。「手のかかる子は嫌いだよ、自分勝手でわがままなお嬢さん」と。その表情に滲む敵意に私を想う気持ちは感じられない。はっきりと拒絶されたと理解したその瞬間、私は汗だくで跳ね起きた。
 冗談だと笑えない夢だ。これはバッドエンドだ。おそらくは、彼との関係で一番の。例え彼に監禁され、心を壊されその手で殺されたとしても、そのほうが私はよっぽど幸せだろう。

 まだ。お願いだからもう少しだけ、考える時間がほしい。できることをやったら、ちゃんと話を聞くから。あなたの真実を受け入れて、ずっといい子にするから。
 だから今はもう少しだけ、一人でいさせて。自分自身の罪と向き合うこともできず、壊れてしまう前に。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】Plus memory 【4】

2015/11/22 投稿

バッドエンドにつながる選択は、振り返ってみると意外なところにあったりしますよね。
改稿しましたがそんなに内容は変わっていません。

前:memory28 https://piapro.jp/t/s9uL
次:Plus memory5 https://piapro.jp/t/oWN_

閲覧数:708

投稿日:2022/01/10 02:50:35

文字数:2,656文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    ヒャッハー!新鮮なmemoryだあああああああああ!
    そしてやはりどんなキャラであってもルカさんは苦悩がよく似合う!(酷い言い草である
    加えてこの苦悩だけが満ちたストーリー!
    ヒャッハー!次はまだかああああああああ!(早い

    なお自分の進捗((

    2015/11/23 06:41:28

    • ゆるりー

      ゆるりー

      酷い言い草ですね!でもやっぱりうちのルカさんは悩んでるときが一番かわいいですね(
      本編はまだまだ先になりそうです…(´・ω・`)

      あっ( )

      2015/11/23 13:02:37

  • Tea Cat

    Tea Cat

    ご意見・ご感想

    キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
    待ってたよ!!!!待ってましたよmemory関連!!!!
    みゃあああああああああああああ!!!!!!!!!(ゴロゴロドゴォギャアアアア

    ブクマ貰っていきます☆にゃぁ

    2015/11/23 00:47:56

    • ゆるりー

      ゆるりー

      ごめんね!本編最終話はまだ先になりそうです!!!
      進まないことに定評のある我が家のがくルカ。
      がっくんじれったいNE!!!

      ブクマありがとうございます!!!

      2015/11/23 00:55:04

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