長い間飛行機に乗っていたせいか足元が頼りない。飛行機に何度も乗っているがこの感じは未だに慣れない。ロビーのソファに座っていると影が落ちた。座ったまま上を見ると一緒に帰国した後輩の弭(ユハ)の顔があった。
「時差ボケ大丈夫?先輩。はい、お茶。」
「悪い…。」
額に冷たい缶が当てられ少し気分が落ち着く。息を吐きつつ目を閉じていると、かなり近くで声がした。
「隙だらけな人だなぁ…。」
目を開けて片手で弭の口を押さえる。忘れてた。こいつは色々と油断出来ない奴だった。心成しか周りの、特に女性からの妙な視線を感じて居心地が悪い。
「先輩目立つから。」
「お前が妙な事するからだ。」
留学中に知り合った弭は『色々とOK』な上に悪ノリしがちな性格も手伝って、一緒に居る俺はすっかり周りにゲイだと思われていた。学校で酔っ払った屈強な男の先輩に迫られたトラウマが未だに残っている。
「そう言えば、例のお姫様は?連絡したんでしょ?」
「手紙送ったけど、まぁ子供一人じゃ空港までは来れないだろ、家に着いたら連絡するつもりだ。」
頭の中に小さな緋織の姿が過ぎった。小さい頃金色の髪をからかわれてよく泣いていた。同じ金色の髪が嬉しかったのか、初めて会った時から凄く懐いていた。泣き虫で小さくて『お兄ちゃん』と呼んでは、いつも俺の後をひよこみたいに着いて来ていた。最後に見たのは緋織が中学に上がる頃だったか。
「でもその子今16歳でしょ?女の子って変わるから。綺麗になっててびっくりするんじゃない?」
「何言ってんだ。」
笑いながらスーツケースを引いて人がざわめく中を歩いていた時だった。人が一方向をちらちらと振り返っては何かを話している。空港だし芸能人でも居たんだろうか?
「…さん…!鷹……ん…!」
「先輩、何か呼ばれてません?」
「え?」
「―――鷹臣さんっ!」
響いた声に振り返ると、下を向いたままゼイゼイと息を切らせた様子の金色の髪の女の子が居た。
「…緋織…?」
「鷹臣さん!」
嬉しそうな声と共に緋織が腕の中に飛び込んで来た。
「…おかえりなさい…!」
頭の中が真っ白になっていた。記憶の中の小さな緋織と、ほんの一瞬見えた笑顔が焼き付いて離れなくて。放心したまま腕の中の緋織を抱き返して何とか言葉を発した。
「ただいま…。」
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