「ずっと、一緒に居ようね」
 純粋な思いから交わした約束が二人を傷つけるのなら
〝僕〟は〝僕〟で在ることをやめよう


依頼その零 「ずっとキミが好きだった」


「手が止まってますよ? 副会長さん」
 隣から書記担当の椿ちゃんが笑顔で促してくる。それが非常に怖いのだが文句は言えない。
 ため息を吐きながら、目の前に置かれた数日分の仕事に取り掛かる。本当なら、今日全部やらなくても間に合うのだが……
 そもそも、こんなことになったのは進君が悪い。
 今日の仕事をするために戻って来た生徒会室。その前で声をかけて話し始めたのは私だけど、その後のアレはいらなかったと思う。
(いや、それは結果論か) 
 進君がくれる好意を私は拒む気が無かったのだから。
 それを目撃した椿ちゃんに止められるまで仕事のことなどすっかり忘れていた。思い出した時には遅かった。
「お二人とも、そんなことしてるくらい余裕でしたらもう少し、今日の仕事を増やしましょうか」
 満面の笑みを浮かべた椿ちゃんが怖い事を言いながら、それぞれの机に仕事の束を追加していく。
「四ツ谷、流石にその量は……」
「お二人とも本気になればこのくらいすぐに終わりますよね?」
 会長である進君ですら、笑顔の椿ちゃんには敵わない。そのまま、仕事を始め今に至る。
 椿ちゃんの隙を見て進君の方を見れば、もう残りが半分くらいになっている。
(流石に会長の名は伊達じゃないか)
 その仕事の速さが少し羨ましいと同時に少しだけ寂しさを感じる。決して越えることの出来ない壁がソコにあると言われているようで。
 暫〈しばら〉く眺めていると書類から顔を上げた進君と目が合った。彼は少し驚いた表情をしたが、それは、すぐに優しい微笑みに変わる。
(あぁ、もう……)
 私がその表情に弱いことを知っているのだろうか。いや、知っててやるのが彼だ。
 顔の熱さを隠すように手元の書類に目を向ける。書いてある内容なんて何一つ頭に入ってはこないけど。


「手伝うよ、柳」
 やっと残りの仕事が四分の一くらいになったと思ったころに進君に声をかけられた。彼の机を見ると置かれていた書類はなくなっていた。もう処理が終わったらしい。
「じゃぁ……」
「ダメです」
 お願いしようかな。と続くはずだった言葉は椿ちゃんに遮られた。
「でも、元々は俺が原因だし」
「あら、よくわかってらっしゃるんですね。だからですよ」
 ニコニコという表現が合うくらい楽しそうに笑う椿ちゃんが続ける。
「今日は反省として、お一人でお帰りください。それが嫌でしたら、そこの双子とお帰りください。柳は私と一緒に帰りますので。それではお疲れ様でした八木沢君」
 はい。と言って椿ちゃんが差し出したのは進君の学生鞄。それを彼が渋々受け取るとそのまま背中を押して生徒会室から追い出した。進君が椿ちゃんに何か言っていた様だったけど、その声は此処まで届かなかった。
 その様子を見ていた双子も触らぬ神になんとやら、といった感じで生徒会室を出て行ってしまった。
 とりあえず、終わらせるしかない。と思って仕事に取り掛かろうと机を見たが、さっきまであった書類がなくなっていた。
 周りを見回すと、同じくらいの量の書類を椿ちゃんが片づけているのが見えた。
「椿ちゃん?」
「今日の分はもう終わってます。これは、わざと多めに出した分ですから」
 書類をしまいながらにっこり笑う椿ちゃん。
(あれ、今なんか……)
「えっ、わざとって⁉」
「八木沢君に先に帰ってもらいたかったので柳の分は彼より多めに出しておいたんです」
 開いた口が塞がらなかった。
「ちなみに、これを差し引いた量は二人とも同じにしてありました。見た目でわからないように柳の方に処理が大変な仕事を多めに入れたりしましたが、八木沢君にはバレちゃいましたけど」
 言われてみれば、量も多いのに内容も重かった。いつもならば気が付きそうなのに、今日は全く気が付かなかった。
 書類をしまい終わった椿ちゃんは椅子を持って来て、机を挟んで私と向かい合うように座った。
「それで、そんなことにも気づかないくらい柳は何を考えていたんです?」
 今まで、笑顔だった椿ちゃんが真顔で聞いてくる。
「別に、特には……」
 じっと、私を見る椿ちゃんと視線を合わせないように目を逸らす。
(椿ちゃんって勘がいいからなぁ)
 どう切り抜けようか考えていると、椿ちゃんが深いため息を吐いたのが聞こえた。
「では、聞き方を変えましょう。今日の依頼人である、あの子とご自分を重ねてるんじゃありませんか?」
「そんなこと」
「ありますよね?」
 ない。という前に椿ちゃんに遮られる。
「柳は、すぐに顔と行動に出ますから。私にくらいは思ってること言ってもいいんですよ?」
 椿ちゃんは優しく微笑むと私の手をそっと握った。その手はとても暖かかった。
 悩んでいる時には気づいてくれるし、最終的にはこうやって声をかけてくれる。それが、椿ちゃんだ。
「ホント、椿ちゃんには敵わないや」
「そう思うなら、全部話してくださいな」
「全部って言っても、さっき椿ちゃんが言った内容なんだけど」
「もちろんその事も聞きますが、八木沢君とのことですよ。今まで断片的にしか教えていただけてませんので。どうせなら、この際全部聞いておこうと思いまして」
 満面の笑みを浮かべる椿ちゃん。嫌な予感がして身を引こうとするが、先ほど握られた手が抜けない。
(椿ちゃん女の子だよね……⁉)
 痛みは感じないものの想像以上の力で握られている。どうやら、全部話すまで放してくれないようだ。
「わかった、話すよ。でも、全部ってどの辺から?」
「それは、全部ですよ。八木沢君と出会ってから今日までの全部です」
 ニコニコと楽しそうな椿ちゃんに、もう反論する気力もなかった。
「先に言っとくけど時間かかるからね」
「えぇ、お願いしますね。"六浦君"」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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零の鎖 ~星の華編~ 4

自作楽曲の小説版
星の華編 2章

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投稿日:2015/12/04 18:53:18

文字数:2,453文字

カテゴリ:小説

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