彼を見つけたのは、満月の、不思議な夏の夜だった。







「未来(ミク)ちゃん、迷子にならないように気をつけるのよ」

「もう、ばーちゃん、私もう中3だよ?心配しすぎ!」

「でもねぇ…この辺りにはお社の幽霊が出るとも言われていてね…子供にしか見えない、夏の幽霊が」

「ユーレイ!?迷信だよ、ばーちゃん。科学の時代にそんなこと言ってたら置いていかれちゃうよ?」



そして、同年代の友達探しに歩いていた私は、結局ばーちゃんの言うとおり迷子になってしまったのだった。

この年になって人に聞くのも気恥ずかしいし、とりあえず歩いていればなんとかなるだろう、と軽い気持ちでいたのに。

気づけばあたりは真っ暗で。
満月で周りが明るいことがせめてもの救い。


「どこよ、ここ」


深い緑の森。
夏なのに、夏であるはずなのに、冷たい風。

ザッザッ、と草を踏み分けて歩く音が、背後から―――

「誰だ?」

〝この辺りにはお社の幽霊が出るとも言われていてね〟


「でっ…でたぁぁぁぁぁぁぁっ!」


少年は顔をしかめた。

「なんだよ、幽霊呼ばわりかよ」

「幽霊じゃ…ない、の?」

「…幽霊、ではない、か」


なんだ、私が捜してた…同年代の子…少し年上かな?
足元透けてないし、輪郭はっきりしてるし、大丈夫。


「名前」

「え?」

「名前、教えろよ」

「未来、だけど、キミは?」

「ない」


一瞬、私と同じ色をした彼の瞳が寂しそうに翳った。


「ないんだよ」


「ない、ってことはまさか…」

「幽霊じゃないし」

「じゃあなんで…」

「人間でもないよ」

やっぱり幽霊じゃない、という私を遮って、

「妖怪、って呼ばれてる。だから、名前はない」


何故か、恐怖を感じなかった。
それどころか暖かな気持ちにさえなった。


「じゃあ、私が名づけてあげる」

「未来が?」

「うーん…じゃあ…」

名前、といってもそう簡単に思いつくものではない。
しばらく考えた末、



「ミクオ!」



自分の名を、男の子っぽくしただけ。


「…だせぇ…」

私が名づけてあげた少年は、腹を抱えて笑うのだった。
散々考えた挙句それかよ、とかセンスなさ過ぎ、という声が聞こえてきそうだ。

「だ、だって、瞳の色も髪の色も私と同じじゃない!それにせっかく名づけてあげたんだから…」

「いいよ」

「え…」

「…ありがとう」


彼は笑った。
男の子にこんな言葉を当てはめるのはおかしいけれど、綺麗だと思った。
今まで見た何よりも、綺麗だと思った。
…妖怪のくせにね?


「…クオ」

「え?」

「クオにしようよ、名前。ダサくないでしょ?」

「別にいいのに」


クオは寂しかったのかもしれない。
私を見て、嬉しそうに笑うから。


「この道を右に曲がれば村に着く」

「…なんで…」

「迷子だろ?年甲斐もなく」

「うっ…」

「もう迷うなよ?」


「うん…また明日!」


クオは黙って手を振った。

「また明日、か…」

さわさわ、と笹の葉が揺れている。
8月中旬、人間達の盆休み。







「来たよー!」

「…本当に来た」

「なんでー?嫌?」

「オレのこと、怖くないわけ?」

またクオは、寂しそうに笑う。

「クオはいい妖怪なの!」

「なにそれ…ところで、未来、お前いくつ?」

「14だよ!今月で15歳!」

「そうか…」

クオはフっと笑った。
そういうクオは幾つなんだろう。
ああ、妖怪だから年とか関係ないのかな。

年を聞いても、クオは教えてはくれなかった。







来る日も、来る日も、私はクオを尋ねた。
クオはそのたびに色々な所へ連れて行ってくれた。
他愛のないことばかりをした。
けれどその他愛のないことがとても楽しかった。
それに、クオ以外の妖怪も見た。

妖怪たちはなぜか、私の年齢を気にした。
クオが説明するたび安堵する妖怪を見て不思議に思ったものだ。


そして8月31日、夏休み最後の日。

「明日は…来れないの」

「そうか…」

「家に帰らなきゃいけないから…けど、来年は絶対、絶対来るから!来年のお盆になったら、あの場所で絶対、待ってて!」

「来年…か」

フっと笑うクオと私の間を、風が通り抜けた。
さわさわ、と葉の音がする。


「約束」


小指を絡ませて、確かにクオは呟いた。







そして、現在。
15歳、もう少しで16歳になる、盆休み。

私はバスで田舎のばーちゃんの家へ向かっていた。

夏が過ぎ、秋が来て、冬が来て、春が来て。
そしてまた夏が巡ってきた今でも、クオのことばかりを考えていた。

眠れない夜に、クオのあの笑顔を思い出すと、不思議と安心した。
空を見上げたら、クオの残像が浮かび上がったこともあった。

何度、会いたいと思ったか。
会いに行こうと思ったか。

短い期間の中で、クオに恋をしたのかもしれなかった。


「約束、覚えてるかな…」


小指に絡んだクオの熱を、手はまだ覚えている。







初めて会った、約束の場所。
クオはちゃんとそこに居た。

「クオ!」

「未来…」

何度も脳裏で蘇った、変わらない笑顔。
何度も会いたいと思った、その姿。

小指が熱くなった。

迷わずに、クオに飛びついた。

「会いたかったぁ…クオ…」

「…オレも」

そして再び、私達の夏は始まったのだった。







夏の終わりが近づいてきた頃。

「未来、お前の誕生日は…いつだ?」

「明日!もう少しで16歳かぁ…大人の仲間入り?」

「今日の夜、深夜まで…一緒にいたい」

「え…?」

「一緒に誕生日を、迎えよう」

顔が赤くなる。
鏡はないけど、自分で分かる。

「ありがとう…嬉しい」

「約束、な?」

また小指を絡めた。
クオとの約束を、私が破るはずがない。







「未来、今日の夜はおばあちゃんと一緒に街へ出かけるわよ」

「なんで夜に?」

「夜、ここを出ないと朝までに街に着かないのよ」

夜はクオと約束している。
絶対に破っちゃいけない。小指を絡めたんだから。

「私、ここに残りた…」

「おじいちゃんのお見舞いよ。わがままは許されません。未来」

「じゃあ今!今行ったら夜に戻ってこれる?ばーちゃん!?」

少し遅れてでも、クオとの約束は絶対に果たしたい。

「そうねぇ…12時前には戻ってこれるだろうね」



12時前には戻ってこれる予定だった。
けど…

「車が…」

続く坂道で車が止まってしまったのだった。
11時30分。
まだ、山までは遠いけど。

「このまま少し待つしかないわね…」

「お母さん、ばーちゃん、私先帰る!」

「ちょっと!ミク!?」







腕時計は11時40分。
まだ山は見えてこない。

走り続けて、絶対に止まらない。
もっと早く走れ、私の足。
もっと…もっと…

「あぁっ!」

石につまずいて転んだ。
山はまだ見えてこない。
あと10分で12時なのに。

すぐ起き上がって走った。
優しいクオ、妖怪のクオ、笑顔が綺麗なクオ。
そして小指に絡んだ、温かい指。

妖怪であることを疑うような、あたたかなクオ。

再会して、飛びついたあの日。
抱擁を交わしたあの日の熱が、蘇る。

それなのに、足は思うように動かない。


山が見えてきた頃には、12時を回っていた。
クオはそこには居なかった。








「クオ!遅れてごめんなさい!未来だよ!」

返事はない。
私は泣いた。

約束を破ってしまった。
クオはきっともう私の前には現れない。

「く…お…っ」

好きだったのに。
今日、大好き、と伝えようと思っていたのに。


「…泣くなよ」


ざわざわ、と森がざわめく。


「クオ…?」




「なんで…少しずつ薄れてるの…?」




「それは、未来が16歳になったからだよ。未来はもう、大人だからだ」

〝子供にしか見えない、夏の幽霊〟

「それは自然界の理。人間の大人っていうのは16歳なんだよ」

「クオ…は…?」

「妖怪は大人に見られてはいけない、これもまた、理だ」

「妖怪のコトワリを無視して…どうして…私の前に…!」



「まだ伝えてないことがあったから」



また一段と、クオが薄くなった。
緑色の光が、クオを包んでいく。
私の手に、届かない所へ逝ってしまうのだろうか。




「好きだよ、未来」



心待ちにしていた言葉。
なによりも欲しくて、求めていた言葉。

今は、別れの言葉にしか聞こえない…




「クオ、私も…私も好き、大好き!だから…だから、消えないで…!」



クオが頭にポン、と手を置く。
ツインテールを手で梳かしてくれた。
悲しいほど優しい、笑みを浮かべて。



「やっと未来と同じ年齢だ」




私の大好きな笑顔で、クオは笑った。
森が、暴れているかのように葉を揺らす。


たくさんの葉が風に飛ばされる中、


クオは―――



「未来と同じ歳で、一緒に居られるなら本望だ…もし今日未来が間に合っていたら、多分…別れを告げただろうから」





「私のためなんかに…消えないで…!逢えなくてもいい、クオが存在してくれれば、私は――!」



クオは―――




少し屈んで、キスをした。




「名前…ありがとう、嬉しかったよ、未来」


「クオ…大好き。お願い、消えないで…」


「好きだよ、未来。またどこかで会おう?約束」





クオが私を強く抱きしめた瞬間、クオは風の中で葉となり、散っていった。





「嫌だ、クオ…ひとりにしないでよ…」





積み重なった葉の中、私は泣いた。



葉の色は、クオの髪の色と全く同じ、綺麗な緑色。




私の髪と、同じ色。





風に舞うクオの葉は、クオの残像を形作り。
私はまた、泣くのだった。


約束―――小指の熱は、私が死んでも残ることでしょう。
貴方に逢えるのは、空の上か。それとも地の下か。
優しい貴方のことだから、きっと空の上に居るのでしょう。



私はいますぐ貴方の所へ行きたい。


けれど…



今逝ってしまえば、貴方は私を抱きしめてはくれないのでしょう。



だから、少しだけ、待っていてください。
16歳で成長が止まっているのだから、貴方が本当は幾つなのかは分からず終いだったけれど。
きっと、妖怪にとっては短い時間のはず。



クオの葉を抱きしめた。
これは証。
貴方がこの世に確かに存在した、証。



葉を抱き、立ち上がった。



帰らなければ。
貴方のこと以外を愛することができる自信はない。



けれど、私は私の居場所へ―――




歩き出したとき、クオがまだ、山から見送ってくれるような気がしたのは何故だろう。



ああ、そうか。




クオは、泡沫に消えたけれど、私の心の中で。



確かに生きているのだった。







今度は絶対、約束守るから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【夏の終わり】泡沫の初恋【消えた愛しい人】

なんで今、夏なんだろう…
小学校のとき書いたものを見つけたので、掘り出して、改変して、登場人物をクオミクにして、文章を直して上げたらすごい長さになりました。
ごめんなさい。

てゆうかなんでこんなに悲しいんでしょう?
子供ってハッピーエンド好きですよね?
よっぽど小学生の私はませてたんでしょうかね?

読んでいただけると幸いですが…


あ!これは決してホラーではありませんよ!
ファンタジーってことにしといてください!
得意分野なんです(嘘

閲覧数:771

投稿日:2012/03/19 23:21:50

文字数:4,591文字

カテゴリ:小説

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  • 莉子

    莉子

    ご意見・ご感想

    お久しぶりです。
    受験終わったんですね!お疲れ様です。

    涙が止まりません。
    涙腺崩壊タグつけますね。
    切ないです。
    小学校でこんな素敵な小説を書けるなんて尊敬します。
    感動しすぎてやばいです。本当に涙が止まりません。

    ブクマいただきますね!

    ブクマ、侑子さんの小説だらけなんですけど…汗
    本当に尊敬しています!

    2012/03/19 15:25:25

    • 楪 侑子@復活!

      楪 侑子@復活!

      ありがとうございます(*´∀`*)

      泣いてくれて有難うございます←
      タグ嬉しいです!大感謝です!

      いや、ストーリー展開は小学生の私ですが、文面は完全なうですよ!
      小学校で泡沫とか知らなかったですもん←

      ブクマも!?
      重ね重ね有難うございます。

      そんな…
      莉子さん、褒めちぎっても何も出ませんよ?

      2012/03/29 13:03:21

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