【第二十一話】OBEY

 父の顔も、母の顔も知らない。

 知らないじゃないな、覚えていない。

 確か2歳くらいまで一緒に幸せに、平凡に暮らしていた。
「いた」、過去形だ。

 ある日、母さんも父さんも帰ってこなかった。
二度と、それから顔を見ることはなかった。

 置き去り。

 捨て子。

 ただ、道の片隅に一人さびしくいたんじゃなかったから、まだよかった。

 最初のほうは泣いてたけど、だんだん状況を、幼いながらも理解していった。

 “もう、両方とも帰ってこない”
そう理解した。

 幼い知恵を絞って、死なないように、死なないように、家にある食べ物を少しずつ食べた。

 でも、限度ってものが、世の中にはある。
それも理解した。

 1年くらいは頑張って、家の中で生活した。

 俺はお金は持ってないから、ガスなんて使えない。
水道も、電気も。

 限度があるから、外へ出た。

 家の中でずっといた俺にとって、外の世界は、すごかった。

 高い建物、道を行き交う車、電車。

 我ながら幼い。
幼かったが。

 最初はみんな、可哀そうにと食べ物をくれた。

 「こんなに可愛い子を捨てるなんてなんて親だ」「おまえは何も悪くないよ」と。
みんな笑ってくれた。

 
 でも、ここにも限度があった。


 だんだんみんなが笑わなくなった。

 「汚い」「気持ち悪い」「近寄るな」と、みんなの目が訴えるようになった。
だから、みんなのところへ行くのをやめた。

 ごめん。

 父さん、母さん、ごめんなさい。

 町のみんな、ごめんなさい。

 生まれてきてごめんなさい。

 
 夜な夜な祈る。

 許してくれるはずなんてないのに。

 許してくれる人も、祈りを聞いてくれる人さえいないのに。


 でも、僕は出会った。

 

    *



 ―――ガサ…ガサ……


 俺は、ファミレスのゴミ箱を漁っていた。
もうこうでもしないと、生きられない。

 死にたくない。

 俺は図々しい。


 「……んで…、ないんだよ!!!!」


 もうこんな生活を送って、何年になるだろうか。

 町のみんなから嫌われるようになって…5年。
そして生ごみを野良犬のように漁るようになって、3年、ってとこだ。

 だいぶ慣れてきたが、空腹感はどれだけ体験しても、慣れない。

 胃がきりきりと痛みだす。

 とてつもない吐き気が襲う。

 もうあんな体験したくないから、また漁る。

 無限ループだ。


 「……はあ……」

 蝉がわんわん泣き喚く。
耳に付く。



 自然にため息が漏れる。
今日も、食べ物がない。

 昨日も、一昨日もなかった。

 なんだよ、みんな。
どうしてこの頃お残ししなくなっちゃったんだ?

 今まで散々してきてるのに。

 
 「…も……、いやだ……」


 そうつぶやいた瞬間。



 ――――キィ………。



 「!!!!」


 ドアが開く音だ。
しかもこのファミレスは、ごみ箱はドアのすぐ横。

 ドアの向こうから、横の髪をみつあみした、女の子がひょっこり顔を出した。


 終わった。


 もうこのファミレスには来れない。

 終わった。


 結構おいしかったのになあ…、せめてちゃんとした客で入りたかったよ。



 「わわ!!!!!!???…え、ちょ……、ちょっと、待ってて!!」


 待ってて??

 はじめて言われた。
そんな言葉。


 ふつうは逃げるけど、なんとなく待ってしまう、俺って…。


 
 すぐにまた女の子はあらわれた。


 手に何かを持っている。


 「はい、どうぞ!!!」



 ――――?


 お皿を突き出された。

 布をかけてあって何かわからない。


 なんとなく受け取る。



 「…え……」




 唐揚げだ。


 ほかほかの唐揚げ。



 「…痩せてる…、すごく……」

 女の子が消え入りそうな声て言った。

 泣きそうになった。

 
 「わ、私…、イア!!……あなたは…?」


 泣きそうなのを隠すように、久しぶりに誰かに言う、この言葉。




 「レン……」




 それから、イアとはとても仲良くなった。

 俺が言ったらいつも食べ物を出してくれたし、食べているときに聞かせてくれるイアの話を聞くのが好きだった。

 イアの笑顔が好きだった。


 初めてだった。
自分を人として見てくれる人。

 ちゃんと、瞳に僕を映してくれる人。


 大事な人。


 僕が特別な感情を抱くのに、時間はかからなかった。




 ある日、だ。

 いつものように、イアに会いに行っていた。
あのファミレスの裏口へ。


 ―――キイ………。


 「!!……イ…」



 違う、人だ。

 若いけど、24,25歳あたりだろうか?


 なんでだ。
今日、イアは…?


 俺は頑張ってその出てきた別の人に聞いてみた。



 「あ、の…、すみません……、イア、さんは……?」

 「え!!??…、えと……、なんか、お店のまかないものを…、野良犬に、あげたとかで…お手伝い、やめました……けど」



 何だって…!!


 そういえばイアが、「私は中学1年だから、バイトはできないけど、お手伝いとしてきてるの」って言ってたな…。





 それ、俺のせいだ。


 その、野良って、俺のことだ。


 その場に座り込んだ。

 やっぱり蝉は泣いている。


 黙ってくれ。


 日差しは容赦なく照りつける。


 やめてくれ。

 
 今、イアはどこにいるかわからない。


 会いたい。


 この感情、は。





 「レン君…」




 声がした。


 見上げると、イアが立っていた。




 「イア、俺の所為…で……」



 そういうとイアは首を横に振った。

 「違うの。ごめんねレン君。私―――、ずっと、レン君のそばにいたかった―――。けど…、もう、無理なの………」


 「え、何…で、……イア……?」


 イアは黙ったまま。

 俯いている。





 「結婚相手が決まったの……」





 目の前が、真っ暗になる。

 結婚。



 「親が勝手に決めたの、時代外れだけど、ごめんなさい…、私…」


 「イア、謝らないで…、イア…?」


 「私、ね…」

 「なに?」


 イアがまっすぐ、潤んだ目でこちらを見る。





 「わ、たし――…、レン君のこと――――好きだった―――」




 泣きながら俺を見つめる、イア。



 ――――好き。



 その感情は―――。




 くるりと踵を返すイア。


 すぐに見えなくなった。

 
 まぶたの裏にイアの泣き顔がずっと残っている。


 とれない。





 「僕も―――――」




 その言葉は届かない。


 ただ、もう会えない。


 


 イア、―――俺も――――。



 

 夏は嫌いだ。









 なにも考えられずに、気が付いたら自販機の横で寝てた。

 虫が目の前や耳元を飛ぶけど、どうでもいい。


 声が聞こえた。



 そしてグミに出会った。





 握手をした手は冷たかった。















 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

CrossOVER NoIsE.

レンの過去。

閲覧数:173

投稿日:2012/08/23 11:00:05

文字数:3,052文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    うん、純粋なイアのイメージはこれだよなぁw
    もうイアちゃんの再来は……なさそうだなぁww←

    レン君、たくましい育ち方をして……
    よくあそこまで心をひらけたものだ、グミちゃんたちがよほどの支えだったのだろうか……

    2012/12/06 03:50:55

    • イズミ草

      イズミ草

      ですねえw
      この時の私にはイアはそういう使い方しかできませんでしたw
      というか、勝手にイアがこういうことを言い出して……!
      残酷にもほどがあるというわけです!!

      逞しいけど、かなしい育ち方ですよね。
      愛情を受けられなかったんだもの。

      2012/12/06 15:46:59

  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    にゃ――――――――”!!?
    イアたんキタ――――――――!!!
    ちょ、めっさ俺得www
    しかも泣けるよう。

    握手した手が、グミと対比になっているな!
    暖と冷か。

    2012/08/26 20:56:50

    • イズミ草

      イズミ草

      ここのところ、ちょっとイアにハマってましてww

      そうなんですよ!!
      別に両方あったかくてもよかったんですけどね。
      なんかこういうのっていつもあったかいよなーってなりましてww

      2012/08/27 11:10:24

  • つかさ君

    つかさ君

    ご意見・ご感想

    れ、レンの過去!
    てか、IAちゃん登場!?
    本当に先輩の小説は飽きがこないですよね-、羨ましい…

    そして何故か中1ってことで親近感湧いてしまった僕←

    2012/08/21 21:42:33

    • イズミ草

      イズミ草

      IAは中一ですよーww
      ちなみに、レンは小5です。

      カミングアウトをこんなところでするのかいw

      2012/08/22 06:41:25

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