それからどれくらい経ったのか。
俺はゆさゆさと身体を揺すられて目を覚ました。



「マスター、こんな所で寝たら風邪を引きますよ」

「あぁ……悪い」



ミクの手の冷たさから察するに、俺が寝てからまだ5分も経ってない様だった。
どうやら洗い物を済ませてすぐに寝ていた俺を起こしたらしい。
俺は未だに眠い目を擦りながら、ちゃんと寝ようと寝室に向かう事にした。
するとミクはそんな俺にふと声をかけた。



「聞いて欲しい話があるんです、マスター」と。



俺はミクのその言葉に何かを感じて、眠いながらも渋々また床に腰を降ろした。



「なんだ、話って?俺が寝ちまった間に皿でも割ったのか?」

「なっ!違いますよ!私は割ったりなんてしません!」



俺の軽口にミクが拗ねた様に答えた。
俺はそれを笑いながら「だったらなんだよ?」と聞き返す。
するとミクは拗ねた様な表情から一転、唇を噛んで泣きそうな顔をして黙り込んだ。
俺はその様子からただならぬ気配を感じ取る。
俺は心配になって思わず声を掛けた。



「……ミク?なんかあったのか?」

「マスター……」



ミクは本当に今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめる。
一体どうしたんだろうか。
俺には予想も出来なかった。



「マスター……どうか怒らないで、私の話を最後まで聞いて下さい」



ミクは沈鬱な声でそう言って言葉を繋いだ。



「……私はもうすぐ私じゃなくなります」



まるでお見合いでもする様に向かい合った俺を見つめて、ミクは静かにそう言った。
俺はいきなりのミクの言葉に、その意味を理解出来なくて「は……?」と思わず聞き返す。


ミクは今なんて言った……?
もうすぐ私じゃなくなる?
……こいつは何を言ってんだ?


ミクはそんな俺の様子を余所に話を続ける。



「私は不良品で、廃棄処分の宣告を受けたミクなんです」



ミクは顔を俯けて、まるで血でも吐くかの様に言った。
華奢な肩がカタカタと小さく震えて、元々小さなミクの身体がより小さく見えた。
ミクの話は尚も続く。



「私は生まれてすぐ、廃棄処分の宣告を受けました。
私のプログラムの中にバグウイルスがあったんです。
私を作ってくれた皆は何度もワクチンプログラムを作ってバグの駆除をしてくれたけど、
バグは何度でも生まれて完全には取り除けなかった……。
手の施しようもない私は廃棄宣告を受け、後はスクラップを待つばかりでした。
歌う為に生まれたのに、私は一度も誰かの為に歌う事も出来ずに死んでいくだけだった」



言葉を紡ぐミクの顔は俯かれたままで、表情はまるで見えない。
俺は何も言えないまま黙って話を聞いていた。



「私は怖くて逃げ出しました。死ぬのが怖かったんじゃなくて、歌えないまま死ぬのが怖くて。
そうして私は走って走って、足が取れそうなぐらい走って、あのごみ置き場で気絶していたんです」



俺はその時どんな顔をしてたんだろうか。
何も言えないまま、ただミクの話を聞くだけしか出来ない。
この湧き上がる感情の名前も、ミクになんて声をかければ良いのかも俺は分からないまま。



「……嘘を……ついてたのか……」



口をついたのはそんな言葉。
違う。
俺はこんな事が言いたい訳じゃないのに。
ミクは俺の言葉に顔を上げて、傷ついた表情で言い訳する様に言う。



「違います!別にそんなつもりじゃ……!
ただ私がバグを抱えた出来損ないだなんて分かったら拾っては貰えないと……
私はただ誰かの為に歌いたくて、だからっ!」

「要するに誰でも良かったんだろ」

「!!」



俺は自分が思った以上に冷たい声を出していた事に内心驚いた。
それでこの感情に気付く。
俺は怒っていたんだ。
騙された事じゃなく、もっと早く話してくれなかった事に。
短い間だったけど、俺達はすぐに打ち解け合えたから信頼し合ってると思ってた。
なのにミクはこんな重要な事を、
もうすぐ手遅れになる様な時に言うから俺は無意識に怒っていたんだ。



「お前は歌えるなら誰がマスターでも良かったんだろ。
それがたまたま俺だっただけで……あっさり拾って貰えてラッキーとか思ってたんだろ?
俺をバカな奴だと思ってたんだろ」



ナイフの様な言葉をミクに叩き付ける。
こんな言葉でミクを傷つけたい訳じゃないのに、
感情の高ぶった俺の怒りは止まらない。
ミクはみるみる涙を浮かべて、ポロポロと静かに泣き出した。
泣き出したいのは俺もだった。
裏切られたと感じる悲しみと、こんな事しか言えない自分に対する怒りで。
俺はすっくと立ち上がり、寝室に向かった。
背を向けた俺にミクが静かに言葉をかけた。



「マスター……私は後二日で強制的にプログラムの初期化を行い、全ての記憶を忘れます」



俺はその言葉に立ち止まり、ミクを振り返る。
ミクは正座をした膝の上で拳を握り、俯きながら震えた声で言った。



「私のプログラムは後二日で全ての記憶を引き換えにバグの抹消を行います。
初期化された私は問題なく通常の"初音ミク"として生まれ変わりますが、
その際データを破損させる可能性があり、その確率は50%。
また初期化した後も破損する可能性があります」



それが廃棄宣告を受けた理由だと、
ミクはまるでエラー報告をする機械の様に事務的に言った。



「なんだよ……それ……」



俺はあまりの理不尽さに思わず言った。
理解出来ない。
意味が分からない。
……なんでそんな事になる?
俺は理由の分からない焦燥に駆られて、ガシガシと頭を掻いた。
相変わらず俯いたままのミクの表情は伺う事が出来ない。
俺は意味もなく立ち尽くしてミクを見つめていたが、慰めの言葉も、哀しみの言葉も、
怒りの言葉さえ見つけられなくて、ただ無力な自分に舌打ちをして踵をかえした。



「……もう寝る」



俺はただそれだけを言って寝室のドアを開ける。
だがミクからの返答はなく、俺はそれにイライラして乱暴にドアを閉めた。
閉めた後、俺は悔しくてドアの横の壁を殴った。
ジンジンと痛む拳を無視して何度も何度も壁を殴る。
殴りながら、気付いたらボロボロ涙が出ていた。


自分を信頼してくれなかったミクが許せなかった。
だからってミクを傷付けた自分はもっと許せなかった。


ミクの記憶が無くなると聞いて哀しかった。
たった数日だけの思い出を忘れられるのが哀しかった。
初期化されて何もかもを忘れたミクなど"ミク"ではない。
たった数日だけの思い出を、けれど知らないミクは自分の"ミク"ではないのだ。
俺は力なく床に座り込んで、呆然としながら涙を拭う。
俺はなんてバカなのか。
今頃……こんなにもミクを傷付けてから気付くなんて。
少し考えれば俺がこんなに情緒不安な理由なんて分かる。
信頼されてなかった事に怒ったのも、ミクの初期化をこんなに哀しむのも。



―単に俺はミクが好きだったからなんだって……。



俺はハハハ……と目を覆って笑った。
俺はなんてどうしようもない奴だ。
もう少し早くこの気持ちに気付いてたら、
あの時もっと違う言葉をかけれたのに……。
俺は電気も点けてない真っ暗な天井を見上げながら自嘲気味に笑って、
ダラダラと布団に潜り込んだ。
今は眠って、何もかも忘れてしまいたかった。


明日一体どんな顔をしてミクと接すれば良いのか。
一体どんな風にしてミクに謝れば良いのか。


今は何もかも考えたくなかった。
俺は頭まで布団を被って、無理矢理眠ろうと目を瞑った。
するとすぐに眠気がやって来て、まるで嫌なこと全てから逃げ出すようにして
俺は急速に眠りに落ちていった。

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  • 非営利目的に限ります
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Song of happiness - 第7話【5日目 後編】

閲覧数:100

投稿日:2010/11/19 15:40:25

文字数:3,201文字

カテゴリ:小説

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    絃-it-さんの小説好きです☆

    ミクがどうなっちゃうのかハラハラしてます!!

    執筆頑張ってくださ~い、応援してますので♪

    2010/11/20 21:11:26

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