これは一人の鬼の話。醜い己に絶望し、けれどついぞ人を憎むことができなかった一人の男の物語。
昔々、人里離れた山深い地に一人の壺造りの男が住んでいた。男は生まれつき体に大きなできもので覆われ、土色の肌はまるでそこらの枯れ枝のよう。肉の薄い体はとうてい人には見えなかった。あまりの容貌に人々は男を忌み嫌う。
―――やれ、あの姿。まるで人ではあるまい。
―――人ではなかろう、化け物よ。
―――宿世の業のあやまちか。近づくな近づくな、こっちが穢れりゃたまらんわ。
人目を避け、男は一人自然を愛でながら暮らしていた。男は美しいものが好きだった。空の色の気まぐれさ、花の匂いの芳しさ。月影が水に映ったときのゆがみ様…。
ある春の真夜中のこと、男のもとに女がたった一人で訪ねてきた。
「此処に私を置いてくれませんか?」
普段男が手にできない食べ物や消耗品のたぐいを携えて、女は男に頼み込む。
男は不思議に思いはしたものの女の顔に始終般若の面が張り付いているのを見て、こいつも自分と同じか、と独りの寂しさから女を受け入れた。女は働き者であった。なにくれ面倒をみてくれる女に、これもいいかもしれぬと思い始める男。
ある夏の夜のことである。男が仕事をしようと壺焼き場にしている場所へ向かうと、そこには砕けて粉々になった男の作品たち。あきらかに人間に壊されたそれらに男は泣き崩れ地に伏す。
(白玉のような肌に憧れた。だから白い優美な線を持つ壺を作った)
(濡れたような黒髪を手に入れたかった。だから真っ黒な漆塗りの壺を作った)
「醜い俺には、夢見ることすら赦されないのか…っ」
嘆く男に近づく女。その顔の面は変わらず般若のものだ。けれど嘆く男にはその表情が自分を笑っているかのように見え、
「醜いお前もこの俺を嘲笑うか…」
男は叫ぶように、咽び泣く。
月明かりが冴え、奇妙なほど輝く夜。景色がその光で浮き上がり、紅葉が鮮やかに目に映る。虫が歌う鳥のごとく囀る枯れ葉の山々。囲炉裏の朱に負けないほど赤々と燃える炎を、男はぼうっと眺めていた。
男は女に言う。
「お前、どうして此処にいるんだ?」
男は戯れに女の手を取るが、
「お前様、今更じゃないの」
つれなくするように、軽く女は手を振り解いた。
「もう、飽きたのかしら。この状態に」
般若の面の女は微笑む。
「…いいや、なぜか懐かしく感じるのだ」
この頃、このような日にその面を見たことがある気がする、と。
男が呟くように言ったとたん、何かが視界を埋め尽くす。
(花?…いや、これは椛(もみじ)か?)
舞い上がる風に紛れ、女の姿が散ってゆく。女の顔はもう見えなく、響くのはその声音のみ。
「あの日、お前が棄てたのだ」
鬼殺しの笛が鳴る。
―――あぁ、あぁ憎い、憎いぞ我が姿よ。
―――呪う、呪うぞこの生を。
……なれどどうして、この命は捨てられぬ。
―――あぁ、この世はどうしてこのように美しいのか。
そう、それはあの日、男が自らを厭い絶望したとき。あまりの自分の姿と一生を捨てようとも、美しいものを愛するがゆえに命を捨て切れなかった男は祈った。
―――捨てられぬなら棄ててしまえ。
―――この世が惜しいのなら、この想いを棄ててしまえ。
―――醜い想いを、己の鬼を棄ててしまえ。
これは一人の鬼の話。醜い己に絶望し、けれどついぞ人を憎むことができなかった一人の男の物語。人里を離れ、人を避け、壺(もの)に縋ることでその悲哀を人に向けることをやめた男の物語。
人に紛れず遠く眺めるをよしとした、あわれな鬼の物語。
【シナリオ】月下奇談【やっとかけたよ!】
歌詞、「月下奇談」のストーリー版です。…シナリオってこんな感じだっけ?ま、いいや←
何をあわれとするか、それは男にしかわからぬ話。
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