片腕を、私はまっすぐに伸ばしてみた。

 半径八十五センチ。

 これが、私の手の届く距離。

 そうこれが、私の世界の広さだった。



       ■■■■My Space  My World■■■■


 私。巡音ルカにとっての世界というのは、いったいどれほどのものなのだろう。

 そう考えさせられるようになったのは、いつぐらいからだったか。


 自分のこの手が届く距離。


 それは単純に腕を伸ばした距離なのか。それとも物を持った長さなのか。はたまた手を使って行うことから生まれる距離なのか。

 最初はそう。まっすぐにこの腕を伸ばした長さ。半径八十五センチが私の全てだった。

 その距離にあるものが全てで、その距離で触れ合い、関わる人たちだけで私は満足していたはずだった。

 しかし私は気づかされてしまったのだ。


「私ね。家を出て一人暮らしをはじめようと思うんだ」
「あ、俺もそのつもり」


 同じ大学に通っているメイコとカイト。

 お昼時の学食で、いつものように三人で昼食を取っているときの事だ。

 いつも一緒に居た、私のこの手の届く距離に居てくれる友人たちが、そう言い出したのが全てのきっかけだった。


「そうなの? でも生活きつくない?」
「きつくなるのは覚悟の上よ。でもやっぱり、一人暮らしを一度はちゃんと体験しておきたいじゃない? 自分で色々できるようにさ」
「俺は家に居る方が逆にきついっていうか、息苦しくて。狭くても全然かまわないから、自分だけのスペースが欲しいと思ったんだよね」


 メイコとカイトは口々に自分たちが一人暮らしする理由を述べていく。

 その顔には、未来に対する期待に溢れた輝きがあった。

 私は胸の端で、それを少しうらやましいと思ってしまう。


「ルカは家を出ようとか、考えたこと無いの?」
「う~ん、今のところは、ね」


 今のところ。いや、今までは考えた事がなかったというのが事実なのだが、素直にそれを口に出せなかった。

 代わりに少し苦い顔をしてしまったのだが、二人はそれには気が付かなかったようだ。


「私も……した方がいいのかな?」


 ふと不安になって、そんな言葉が自然と洩れてしまった。

 それを聞いたメイコは、実際の年齢よりも少し高く見える、大人びた顔にほんの少しだけ困ったような表情を浮かべて言った。


「う~ん人、それぞれだしねぇ。それにルカが言ったように確かにお金も掛かるから。無理して出る事も無いと思うよ」
「ルカはルカで。好きなようにすればいいんじゃないかな? 俺たちはたまたま家を出たいってタイミングが合っただけだし」


 カイトもそう言うのだが、どうしても自分の中に消えない何か。しこりに似たような物が残ってしまう。

 しかし私はそれを彼女らに伝える事無く、仕舞い込んでしまった。


「それでね、バイトも増やさないといけないし。きっと今までみたいに遊ぶことが難しくなると思うのよ」


 顔の前で両手を合わせて、メイコはごめんと頭を下げた。


「部屋借りたら、いくらでも遊びに来てくれていいからさ」


 それで埋め合わせさせてと、私の手を取ってメイコは頭を下げた。


「そんな……。気にしなくていいわよ、メイコ」
「そう? でもルカって実は意外と寂しがりやだからさぁ。私が部屋借りたら泊まりに追いでよ~」
「どうせ酒瓶ばっかり転がってる部屋だろうけどね」


 カイトが横から茶々を入れると、テーブルの下でメイコの足が素早く動き、カイトの脛を蹴り飛ばして黙らせた。


「ちゃんと綺麗にするわよ! 失礼ね」


 様々なコンパで浴びるように飲んでは男共を潰し、酒豪として名を馳せてしまっているメイコなら、カイトが言うように部屋に酒瓶が転がっていても不思議ではないと思えてしまう。

 そんな部屋の光景がありありと想像できて、私は思わず笑ってしまった。

「何よ。ルカまでそう思うの?」
「ふふ。つまみぐらいなら泊めてもらうお礼に作るわよ」
「ほんとっ! 嬉しいわぁ」


 心底嬉しそうな声をメイコは上げる。酒瓶云々の事を否定しなかったことについては、酒のつまみに上書きされて消えてしまったようだ。


「俺も、あんまり時間なくなるなぁ。学校とバイト。あとバンドでほとんどの時間埋まっちゃう」


 カイトは鞄から取り出した手帳を見て、そこにびっしりと埋まった予定に思わず眉間に皺を寄せてしまっていた。

 透き通る様な青い髪に指を入れてわしわしと掻き混ぜ、小さな声で唸るような声を上げるカイトは「よしっ!」と、気合を入れる。


「なんとかなる! なんとかなると思えばどうにかなる!」
「あんたってこう、単純よねホント」


 そんなカイトを見てメイコは呆れたように笑うと、私に同意を求めてきた。


「そうね。カイトはいつもお気楽だわ」
「ルカまでそんな事言うしっ!」


 二人とも酷いと言って憤慨するカイト。

 それは親しみ慣れたいつもの光景で。いつものやり取り。


 そのはずなのに。


 明るく笑う私の心は、どこか晴れずにいたのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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【小説】My Space My World ①【ダブルラリアット】

大好きなアニキの新曲に心を打たれ、書かずには居られずに書き殴りはじめました。
アゴアニキの曲はどれも悶々と考えさせられてしまって、何かを書きたいという衝動に駆られてしまいます。
とりあえずメモ的な感じで。もっと色々と付け足して、お話として作るのは先になりそうです(汗
歌詞から感じ取った自分の感覚と、皆様の考察を元にしてます。
それに自分妄想の「現代大学生のルカ」というパラレルをドッキングして、年齢不詳の(笑)MEIKO&KAITOに出張ってもらいました。
とりあえずまだ出だし。半径250センチまで話が進んでないのですが投稿です。

閲覧数:430

投稿日:2009/02/10 01:39:52

文字数:2,143文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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