「――――――ロ、シアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!!!!!」





ルカの悲痛な叫びが、一気に全員の意識を呼び戻した。

同時に、その絶望感が伝播する。


「ロシアン……あんた……!!」

「嘘だろう……!?」

「ロシアン……ちゃん……そんなぁっ……!!?」

「ねこ……助……ロシア……ン……!?」

「……なんてこった……ロシアンっ……!!」

「……まさか、そんなことって……!!」


絶望感が広がっていく。爆炎も地上へと迫りくる。


だが突然。爆炎が急速に、内側へと折り畳まれるように縮んでいく。

僅かに碧い光を纏った爆炎は、見る見るうちに小さな小さな火の球へと変わっていく。熱が町へと届くこともない。

まるでそれは、爆発を逆回しに見ているような奇跡。

誰が、何をやっているのか―――――明らかであった。


小さな火の球は―――――一瞬だけ煌めいて、そして『しゅぼっ』という気の抜けた音と共に―――――消滅した。


「……………………………………………………………………」


誰一人として、声を上げない。

ある者は絶望感で。ある者は安心感で。ある者は驚愕で。

ある者は、全てを失ったかの様な虚無感で。

誰一人として、声を上げることはできなかった。





そんな中、最初に声を上げたのは―――――引き攣りながらも、再び醜い嗤い声を上げ始めた田村だった。


「……は……ははは……な、なんだなんだ、おい?今のはなんだ?」

「おいおい!? 爆発は、爆炎はどこへ行ったよ!?」

「……爆発を……抑え込んだ?」

「……なんという怪物だ……」


次いで、安治が、久留須が、宇野が、次々に驚愕を口にする。

それは余りにも、余りにも衝撃的な現象。腐っても科学者である彼らにとって、それは理屈を超えた非常識の塊。

だが、そんな非常識な現象が引き起こした“生存”という奇跡は、彼等をあっという間に調子づかせた。


「ははははっ! おい、おいおいおい! 俺ら生き残っちまったよ!ははっ!!」

「……やれやれ、ね。何というかだけど、とりあえず生き残れたこと、そしてあんな非常識な怪物がいなくなってくれたことを喜びましょうか」

「く、ははは、アレはいなくなってくれて本当によかったな。あの奇妙な生物、捕まえて調べることすらできなさそうだったのが本当に惜しいが……いなくなってくれて万々歳という奴だ」


嗤いが止まらない。死を覚悟した人間が、自分の常識を超えた現象によって生き残ってしまったともなれば、わからない話ではない。

だが、何十年という時間を科学に費やし過ぎて、仲間を除いて『人の気持ち』というものを何一つ考えてこなかった彼等は、致命的なミスを犯した。


そう―――――『心に深い傷を負った者の前で、犠牲者を笑い飛ばす』などと言う最低最悪の行為だ。


「はははははっ!!これはあれか、我々に更なる研究を続けよという神の啓……がっ!!?」


嗤い続けていた田山の顔面に、握りしめられた拳がめり込み、そのまま地面へと叩きつけられた。

わなわなと震える、握りしめられた拳の主―――ルカが、突っ伏した田村の頭部を引っ掴んで引き上げ、更に打ち据える。


「がはっ!?がっ!!ぐ!!ぐえ!!」

「ふざけっ……ふざけるな……!!返せ!!ロシアンを返せ!!返せええええっ!!」


VOCALOIDの力の強さも、人間の体の脆さも何も考えない。考えられない。

ただ怒りと悲しみのままに、拳をめり込ませる。

余りの形相、その振るわれる怒りの拳を見た他3人も、流石に顔を青ざめて黙り込んだ。


「ちょっ、ルカ姉!落ちつっ、落ち着いてっ!!」

「離せ!離してミク!!ロシアンを……あいつ言ったのっ、『すまない』って……命と引き換えに町を守るつもりでっ……こいつらのせいでっ……許さない!!許さなああああっ!!」


ミクがルカを羽交い絞めにして引き剥がすも、ルカの拳は止まらない。空を切ろうとも田村を殴りつけようと暴れる。


「落ちついてって!!あのロシアンちゃんがっ、そう簡単にやられるわけがないじゃない!!まだ死んだと決まったわけじゃ―――――」


そこまでミクが叫んだ瞬間。





―――――ぴきんっ―――――





張り詰めたような金属音。ついで、カランカランと金属質の物体が地面に落ちる音。

はっとしたミクとルカが地面に目をやると、そこには真っ二つに割れた、ルカの胸の金管飾りがあった。『心透視笛』―――ロシアンの首飾りと繋がった通信機。


「……『心透視笛』が……砕けた……?」


それを見たネルが、震える声を絞り出す。絶望的な事実と共に。


「……『心透視笛』は……使い手のどちらかの生命活動が停止しない限り……どんな衝撃を受けても壊れることはないはず……なのに……!」

「!!」


ルカの動きがピタリと止まる。

『どちらかの生命活動が停止しない限り壊れない』代物が壊れた。だが、ルカはこの通り生きている。



つまり生命活動が停止したのは――――――――――



「……あ……ああああ……あああああああああああ……!!」


もう、心は砕けてしまっていた。

ルカの眼から涙が溢れる。膝をついて、天を見上げる。

自分たちの命、町の命運を守るために爆炎の中に消えた、恩人であり、師であり、友であった神獣。

自分の力が足りないばかりに、失ってしまった。

ルカの心を、後悔が圧し潰していった。


「……くそっ……そんなことってありかよ……!」

「ロシアンの馬鹿ぁ……」


レンの拳が地面を叩き、リンが嗚咽を上げる。結局最後まで、『ロシアン』と呼んでやれなかった悔しさ。


「……あいつ……この町を護るために……」

「……ざっけんじゃないわよ、あのバカ」


カイトが項垂れ、メイコが空を仰ぐ。思えば最初にロシアンを見つけたのはメイコだった。カイトもまた、早くにロシアンに出会った。想いは、強かった。


「ロシアンちゃん……どうして……」

「……あたしが……やらなきゃいけなかったのに……!」


涙声で自問するミクと、震えを止められないグミ。特にグミは、自分の生みの親の不始末をロシアンに背負わせてしまったことを悔いていた


「……私がもう少し頑張って……あの船を壊しておけば……!」

「……悔やんだってどうしようもない……けど……!!」


ハクが膝をつき、ネルが頭をガシガシと掻く。例え関わった時間は少なくとも、確かにこの町を助けてくれた恩ある神獣であったことは間違いがないことであった。


誰もが、自分たちが守るべきだった者、すべきだったこと、全てを背負わせてしまったことを悔いていた。悲しんでいた。


「ロシアン―――――」


ぽつりと、涙声のままルカが空に向かってつぶやいた。


まるで、再び彼の声を聞きたいと、救いを求めるかのように――――――――――















《―――――全く貴様らは、いつまで経っても吾輩というものを信じ切れておらんようだな》















「「「「「「「っ!!!!?」」」」」」」


一斉に、全員が周囲を見回した。

そんな、馬鹿な。彼は、奴は、爆炎の中に消えていったはず。


だが、そんな疑念と否定を打ち消すかのように、碧い焔が一かけら、ルカの前に灯った。

それは揺らめき、渦巻き、徐々に体積を増していく。

気付けば、町中から、周囲の山々から、空の彼方から、碧い焔がまるで流星群か何かの様にルカの前の一点へと集まってくる。

それは実に幻想的な、見ているだけで夢心地になってしまいそうな、非常に美しい光景だった。


《―――――まさか貴様ら、この吾輩が『不老不死』であることを信じていなかったのか?忘れていたのか?はたまたこの程度の爆発で消し飛んでしまう程度の不老不死だと思っていたのか?》


徐々に動物の―――ネコ科の頭部の形を取り始めた焔は、ニヤリと嗤って問いかけた。

ゴオゥ、ゴゥと焔が唸る。そして同時に、表面の焔が徐々に灰色の毛並みへと変わっていく。

誰もが、その焔が何なのか、何者なのか、最早疑いもしなかった。





『……やれやれ、見くびってもらっては困るぞ。吾輩を何と心得る―――――齢三百年の猫又ぞ』





そこに姿を現したのは―――――紛れもなく、『神獣猫又』―――――ロシアンであった。



「あ……あああああああっ!!!ロシアンっ……ああああああ!!!」


もはや感情を押さえようともしない。泣き声を上げてルカがロシアンに飛びつこうとする。

が、それを鮮やかな猫パンチで押しとどめるロシアン。


「ぶっ!?」

『戯け。今抱き着いたら焔毒でお前の手が腐り堕ちるぞ』


言われて気がついたルカ。ロシアンの体は、胴より前半分しか生成されていなかった。実体化している部分の後ろは碧い焔が揺らめいているだけで、頑強な後脚も、特徴的な2本の尾も影も形も見当たらなかった。


「こ、これは一体……!?」

「ロシアンっ、どうなってんのそれ!?」


レンとリンが涙声混じりだが、実に興味津々に飛びついてくる。そんな二人をちらりと見やったロシアンは、どこか皮肉交じりな嗤い方をした。


『なんだ、貴様らは吾輩が死なんと『ロシアン』とすら呼べん奴等だったのか』

「ぐっ」

「そ、そんなことはどうでもいいじゃん!!それよりロシアンのそれどうなってんの!?」


言葉に詰まるレンと、とりあえず話題を逸らすリン。ふん、と鼻を鳴らしたロシアンは、顎が外れんばかりに口を開けて固まっている『TA&KU』に目を向けた。


『そうだな……とりあえず、こいつらに分かるように説明してやろう』

「ひっ……!!」


一歩、ざしゃりと足を踏み出しただけで、田村が喉を鳴らした。そんな中、気丈にも久留須が、青ざめた顔のままロシアンへ言葉を投げる。


「ど、どうなってんのよあんた……なんであの爆発を受けて生きてるわけ!?」

『……そうだな。要因はいろいろあるが、一つは吾輩の体の仕組みそのものに在る』


す、と差し出した前足の先。キラリと光る爪。

その爪が突然碧い焔へと変換され、大きく広がった。誰もがその変化に目を剥いた。


『吾輩の体はな……この『碧命焔』そのものを数億倍に圧縮して実体化させることにより構成している。この実体化した状態であれば、攻撃を受ければ当たり前のように傷ができ、強い衝撃がかかれば骨が砕ける。だが、ひとたびこれを碧命焔へと変換すれば、吾輩の体は実体のない焔の塊へと変貌する』

「な……じゃあ、まさかあんた、本体が『焔』だとでも言うつもり!?」

『その通りだ。吾輩の『本体』は、この実体を構成する碧命焔そのものだ。そしてあの爆発の瞬間、吾輩はこの身の実体化を解き、爆炎を抑え込もうとしたのだ』


―――そう、爆炎を覆うように展開された碧い光。それこそ、実体化を解除したロシアンの姿だった。

ロシアンは爆発寸前に、自らの尾の実体化を解き、焔を機体内部へと滑り込ませ、爆弾を碧命焔の特性である『焔毒』―――触れた物体の特性やエネルギーを失わせる猛毒―――で機能不全に陥れ、爆発そのものを止めようとしていた。

が、数瞬及ばず爆弾は炸裂。膨れ上がる爆炎は、流石に尾の先端の碧命焔の『焔毒』だけでは抑えきれるものではなかった。

そこで瞬時に全身を碧命焔へと変換し、膨れ上がる爆炎全体を覆うように展開。それにより、爆炎を抑え込むことに成功したのだ。


『……が、流石にエネルギーが大きすぎてな。おかげで全身を構成する碧命焔の半分を吹っ飛ばされてしまった。しかもその時に『心透視笛』が消し飛んで、挙句の果てに生き残った焔も思いっきり散らばってしまってな』


ロシアンの説明に、ネルが小さく頷いていた。粉々に吹っ飛んでしまったのであれば、確かに生命反応などあり得ない。心透視笛はロシアンの生命反応がなくなったと誤認して砕け散ったのだろう。


『まぁ、正直に言えばここまで砕け散って蘇生できるかどうかは賭けだったが―――あの気に喰わん神にかけられた『不死の呪い』が、役に立ったというところか』


自嘲気味に笑うロシアン。それにつられて、ようやくルカも笑顔を見せる。

そして瞬時に、『TA&KU』に射貫くような視線を向ける。


「あ……あ……!!」

「ひぃぃいい……」


もはや震えることしかできない4人の哀れな科学者。彼らに向けて、審判が下る。


『さて……貴様らの策略で、吾輩の体は半分吹っ飛んでしまったわけだが……このままでも貴様らを消し済みにする程度の火力は出せるぞ?』

「……そうなりたくなければ、大人しくお縄につきなさい?まぁ、あんたらの罪が自首で軽くなるなんてことはあり得ないだろうけど……ロシアンの焔に巻かれて死ぬよかマシじゃない?」





『「さぁ!!どちらを選ぶ!!地獄の果てまで苦しむ焔か、法によって裁かれるか!!!」』





『ひぃっ……ひいいいぅああああ!!』


もはや恐れをなして嘆くしかなかった彼等だったが、自分たちがどうすべきか、既に答えは一つしかなった。





彼らが自首を選んだのは、それから3分後の事だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

SOUND WARS!! XVII ~審判~

絶望は全て浄焔に燃ゆ。
こんにちはTurndogです。

当シリーズは基本身内の死なない物語です。
何?甘っちょろい?
はっはっは、知ったこっちゃねえなあ!
なんせピュアッピュアな脳内してた高校2年の時に考えた物語だからなあ!

閲覧数:315

投稿日:2018/06/25 13:40:11

文字数:5,534文字

カテゴリ:歌詞

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