第二章 ミルドガルド1805 パート19

 グリーンシティ。
 かつて黄の国との戦争に敗れ、建築物が破壊され、民衆が虐殺の憂き目にあったその都市は四年の歳月を経過してようやく本来の文化都市としての性格と落ち着きを取り戻しつつあった。戦争の痛手と悲嘆がたった四年の歳月で消え去る訳もなかったが、表面上の再建が終わり、生活が安定し始めると人はとかく目の前の人生にその意識を注力し始める。そのグリーンシティの一角、碁盤の目に区分けされたミルドガルド一美しい都市と言われるその街であっても、汚濁を集める場所がある。人の暗部を集約させ、そして端的に表現しているようなその闇街、現代においても尚巨大な繁華街として知られる地区の一つ、小奇麗とはとても表現できない酒場の中で、蛇のような嫌らしい眼球を持つ男、ジャノメが口を開いた。
 「お早い御着きで。」
 待ち合わせをしていた人物が予定通りの時刻に現れたことを確認したジャノメは、安堵と言うよりは珍しく緊迫した様子で一つ瞬きをした。
 「案内が良かった。」
 腰まで届くような長い銀髪を持つ女性は短くそう言うと、ジャノメに向かい合わせになるように席に腰掛けた。椅子の質は悪い。最近はこのような座り心地の悪い、古く軋んだ丸椅子に座る機会などほとんど無かった。すえた臭気が気にならなくもないが、かつて親しんだ空間だと思えばたいした苦痛でもない。そう考えながら彼女は自身の身長よりも長い刃渡りを持つ長剣を慣れた手つきで肩に寄せ掛けた。
 アクであった。
 「本来ならばもう少し品の良い場所をご用意すべきでしたが。」
 「いい。」
 遠慮がちにそう告げたジャノメに向かって無表情にそう告げたアクは、続けてジャノメに向かってこう言った。
 「詳細は。」
 「そろそろこのあたりに到着する頃でしょう。」
 ジャノメは一度そこで言葉を区切ると、少し探るような視線でアクの瞳を視界に収めた。その瞳からは何の感情も読み取ることができない。果たしてこの女は感情と言うものを持ち合わせているのだろうか、とジャノメが訝しんでいると、アクが待ちくたびれたという様子で口を開いた。
 「どうしてここまで来た?」
 「は?」
 何を言っているのだろう、と考えながらジャノメはそう答えた。カイトならばアクの言葉の端から推測して的確な回答を用意しただろうが、ジャノメにはその感性が相当に欠けている。その事実を認識して僅かに瞳をしかめさせたアクはこう言葉を続けた。
 「リン達。」
 「存知上げませぬ。」
 ジャノメはぎょろりとその一際巨大な瞳を蠢動させながらそう答えた。ルータオに到達したかと思えば、リンはメイコら一行を連れて突然海岸沿いを南下し始めたのである。ルワール領に入ったときはもしやロックバードと共謀し、本格的にミルドガルド帝国に対して反旗を翻すつもりではないのかと肝を冷やしたが、奴らは一泊しただけで今度は進路を東へと向けて旅を続けた。最終的にグリーンシティに向かうつもりらしい、とジャノメが推測を立てたのはリンの一行がオデッサ街道の最後の分岐点であるインスブルグの街をグリーンシティへと向けて歩き出した時点であった。それがおよそ三日前。グリーンシティから先はミルドガルド帝国帝都へと続くリンツ街道へとその名称を変える。これ以上先に進むなどは考えにくい、とはジャノメであっても推測は出来るが、最終的に奴らが何処へと向かうつもりなのか。それは未だに判明していない。或いはグリーンシティで何か果たさなければならぬ使命でもあるのだろうか。
 「もう暫く、奴らの同行を探らねばなりませぬ。」
 ジャノメは沈黙に耐えかねたかのようにそう言った。その言葉に対して、アクは相変わらず無表情で一つ、頷いた。

 「ここがグリーンシティなのね。」
 時を同じくしてグリーンシティの東大門を通過したリンは感慨深そうにそう言った。続けて、ハクに向かって声をかける。
 「ハクはこの街で暮らしていたのね。」
 その言葉にハクは僅かに頷くと、続けてこう言った。
 「暮らしていた期間は短かったわ。でも、とても幸せだった。」
 ミクさまと過ごした日々。その穏やかで優しい日々はもう戻ることは無いけれど、それでもあたしの記憶にはしっかりと残っている。ミクさまの笑顔も、ミクさまの言葉も。
 「・・ごめんね。」
 ハクがそのように物思いに耽り始めると、リンが地面を俯きながらそう言った。そのリンに向かって、ハクはほんの少し口元を緩めて笑顔を見せると、唐突に、そしてじゃれあうようにリンを抱きしめた。そして言葉を続ける。
 「いいわ、リン。何も言わないで。」
 突然身を包まれたハクの柔らかな体温をリンは全身で感じながら、リンは小さく頷いた。嬉しそうに微笑みながら。その様子を眺めながら、リーンはこの二人はどうしてこんなにも強い絆で繋がれているのだろう、と考えた。そして、視線を景色へと移す。まだ入学して間もない頃だからグリーンシティの記憶は鮮明には残っていない。せいぜい大学周辺の地形がようやく理解できるようになっただけの頃合であったから、深い感銘を受けることは無かったが、却って冷静に街並みを観察することが出来る。街には活気が戻りつつあり、たった四年前に悲劇が起こったことなど想像することも難しいような状態ではあるものの、メイコとウェッジにとってはまだ心理の整理が出来ていない頃合なのだろう。グリーンシティが近づくにつれてまるで打ち合わせでもしたかのように口数の少なくなったメイコとウェッジの姿を横目で見つめながら、リーンは少しだけ雰囲気が悪いな、と考えた。リンという媒体を得ることで過去を良い意味で振り切ったハクとは違い、メイコもウェッジも過去の清算を行えるだけの事件が発生しえなかった。それは人にとって不幸なことなのかもしれない。リーンがそう考えていると、ルカが全員を纏めるようにこう言った。
 「今日は早めに宿を取って、ゆっくり寝ましょう。明日は迷いの森よ。最悪野宿もあるわ。」
 その言葉を耳にして、リーンは少しだけ嫌がるように眉を潜めた。野宿はどうしても慣れない。ここ数日は宿場町が一定距離に配置されていたためにその心配は無かったが、十分な休養をとるにはふかふかのベッドが必要だと感じていたのである。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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小説版 South North Story  37

みのり「第三十六弾です!」
満「短くて申し訳ない。」
みのり「そして今日はもしかしたらこれだけかも。」
満「今日これから遊びに行くらしい。」
みのり「明日は今のところ予定が無いから、多分たくさん書けると思うわ。」
満「ということでよろしく頼む。」
みのり「またね!」

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投稿日:2010/09/19 12:51:06

文字数:2,598文字

カテゴリ:小説

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