終章 悪ノ卒業

 緑の国との友好条約から四年後、ジンとアレンが十四歳になった年の革命記念日。
 かつて国を救う技術が開発され、王宮裏に隠された研究施設。機材は全て破棄されて、その代わりいくつか寛ぐための家具がある。そして広い空間の中心には一つの肖像画が鎮座している。顔の良く似た、双子の兄妹のものだ。
 アレンとジンが産まれてからこの日は毎年、イルとレンは二人で喪服を着て一日中ここで酒を飲むのが慣例だ。ただ今年は大きな相違点がある。通常アズリとセシリアと共に催し物に出かけている息子二人が、共にこの場に居るのだ。
 二人が産まれてしばらく経ってからイルと話し合った結果、彼らが当時の自分達と同じ年齢になった年に、革命の真実を伝えようと決めていた。これから国を背負っていく者として知っておくべき事だと思ったとか綺麗な理由ではなくただ単純に、最愛の妹の犠牲がただ忘れ去られていく現実に耐えられなかった。
 レンの出生から『悪ノ娘』の真実の姿まで、余すことなくイルと二人で言葉にして行く作業は十年前のアズリを相手にした時よりも、酷く優しいものに感じた。更に途中から流れ出す息子二人の涙がとても心地良くて、僅かにあった不安も消えた。
 泣き疲れてソファの上で寝てしまった二人にそれぞれ掛布をかけて、また酒を煽る。話し始めて三時間弱だろうか、床には十本に迫る酒瓶が転がっていた。
「一仕事終えた気分だな」
「うん、でも少し重かったかな? 二年くらい先でも良かったかもね」
 後悔はしていないが、泣き腫らした息子達の目を見るとやはり不憫に思ってしまう。
「いーんだよ。俺達は実際にその歳で最中に居たんだから」
 対して、親友の判断は厳しいものだった。
 アレンは今学習院に通いつつ、なんとディーの秘書としてたまに働いている。どうやら将来外交官になりたいようで、国際情勢の勉強のつもりらしい。ディーがそれを認めたことは意外だったが、イルに頼み込んで間に入ってもらったらしい。
 マリルのからの報告で実は動き始めた当初から知っていたのだが、アレンは契約成立までそれをレンに話さなかった。頼られなかったことは少し父として悲しかったのだが、ディー相手の事でレンを関わらせない、息子のその判断は間違っていない。そう思って見守っていたのだ。
 働けることになったと事後報告してくれた息子は、少し誇らしそうだった。イルから聞いた話だが、どうやら自分の夢を叶えるにレンの手は借りたくなかったらしい。
「アレンなら良い外交官になるだろうな。口の上手さは国でトップクラスだろ」
 イルも少し嬉しそうに受け入れてくれている。しかし、つい先日深刻な問題が浮き彫りとなった。
「応援してあげたいんだけどね、アレン、昨日ディーさんに付いて赤の国外交官と話したんだよ。そしたら終わって外交官を見送った直後にトイレに直行して、相当吐いたみたい」
 言うまでもなく四年前のトラウマが原因となって、未だに赤い爪を見ると幼い悪戯の末の悪夢が励起されるようだった。
「赤の国アレルギー、か。ジンもあいつらには態度が悪いな」
「君は上手く取り繕ってるよね。でも拳を握る癖は治した方が良いよ」
 イルとしては最大限に努力して、務めて敵意を隠そうとしていることは分かるのだが、やはり彼も赤の国を本能的に嫌悪している。
「俺、あいつら嫌い」
 黄の国君主は、赤の国の人間を見た時にジンがする顔とそっくり同じに唇を歪めた。
「一国の主が、私情を交えてそんなこと言うのはどうかと思うな」
「まるでお前が私情を交えて無いような言い方だな」
 宰相として窘めるとむっとされて指摘されたが、涼しい声で返す。
「僕は国じゃなくて君に仕えてるんだよ。そもそもが個人的な意思なんだ」
「はいはい。しかし実際、ジンももちろんだけどこの先外交官になりたい奴が、赤い爪で動揺するのは問題あるよな」
 ジンの場合募るのは嫌悪と怒りなのだから、ある程度理性で制御できることだろう。しかしアレンが吐くくらい強烈に湧きあがる感情は恐怖なのだ。
「別に外交官じゃなくてもいいんじゃない、とは言ってるんだけど、なんでかこだわってるみたいだ」
「息子ってのは、父親に憧れるらしいぞ」
 そういえば、レンもヴィンセントには憧れている。それと同じような気持ちを息子に持たれているとなると、どうにも照れくさかった。
「僕は外交官した事は無いんだけどね」
「最初から大臣だったよな」
 お互い笑いが漏れる。究極的な人不足で、革命から十年近く過重労働をしてたのはもう思い出に近い。
「まあ、納得するまでさせてやれば?」
「それは分かってるんだけど、可哀相かなって。どう考えてもこれからは、赤の国との国交正常化が第一目標になるから、接触する機会は増えると思うんだよね」
 外交官になれば王宮で会うどころか、国自体に赴かなければならない。宰相子息のアレンが外国に行く折にはそれなり以上の警護が必要なのだが、レンはそれ以上の利益を必ず出すと確信している。
 ディーも渋々認めてくれた事実なので、親の贔屓目ではないはずだ。だからその問題は無視できるのだが、トラウマは厄介だった。
「僕の目のこと、まだ気にしてるのかな?」
 そっと左目に触れた。四年前に光を失った瞳は、硝子玉のように何の反応も返さない。
「忘れろ、気にするなって当人から言われたからって、それをすぐに実行できるなら苦労しねえよ」
 眠っている我が子を見つめ、満足して笑う。
「アレンは優しい子だ。そこだけは僕に似ないでよかった」
「お前は優しいよ。ただ表現の仕方が下手なだけだ」
「ありがとう」
 十歳時の短期間とはいえ触れていた、医学と薬学の勉強も数カ月の後に再開したようで、十二の時に調合室を見たいと言われた。見せてやりたいのは山々だったのだが、何分王宮の人間全員を十回は毒殺できる量の劇薬がある場所だ。まだまだ幼い息子に触らせるのは気が引けた。
 ほんの僅かな失敗でアレンすら殺しかねない。だから毒の耐性を付けるまでは立ち入り禁止にしているのだが、そろそろそれも完成間近だ。すぐに案内してやる羽目になるだろう。
 ジンはそろそろ従軍したいらしいのだが、意外な事にイルがいい顔をしない。将来的に軍人になるのはいいらしいが、やはり今のうちはまだ遊んでいて欲しいらしい。
 レンはそこまで気にしていないのだが、イル自身幼い時から子供では居られなくなったから、恵まれた環境に居る子供にはある程度の年齢になるまで、要らない義務を背負って欲しくないのだろう。恐らく、イルはジンが次期国王という逃れられない運命にある事を気にしている。
 イルが王にある事以外にあまり興味が無い悪徳宰相に一言言ってくれれば、社会的にジン=ネルソンを殺して一平民でも下士官にでもすることなど造作も無いのだが、イルはもちろんジン本人もそんなことは望まないだろう。
 他の王子を探すのは面倒ではあるが、いっそ青の国に統制権を預けても良いかもしれない。アレンならそんな環境になっても立派に生き抜くだろうし。むしろ優秀な息子がどうやってその交渉をするか、見てみたい。
 もっとも、親に似て無駄に責任感の強いジン王子が、そんな職務放棄を自分に許すはずは無いので、それを見物する機会は永久にやってこないだろうが。
「なあ、レン」
 国の第二位権力者としてあるまじき黒妄想を展開していると、ふと第一位権力者から声がかかった。
「ん、何?」
 顔を向けると、イルはいつになく難しい顔をしている。喉まで出かかっている言葉を、口に出そうか迷っているようだった。
「どうしたの?」
 紅色の瞳に迷いが見えたのは一瞬なことで、すぐにそれは決意に取って代わった。

「お前は、今でも俺が死んだら黄の国を潰すのか?」

 ほんの少し前なら即答していたはずの問い。レンの心の底で常に燻っているどす黒い感情は、簡単に大切なものを押し潰して理性の支配権を奪う――……はずだった。
 アズリの笑顔が思い浮かび、そして静かな寝息を立てている息子達に視線が移る。
 愛しい妹の命と引き換えに存在する、この忌々しい国。けれど、その上には今レンが幸福を望んで止まない家族と親友の息子が立っていた。

『大好きよ、アレン』

 同時に脳裏で囁かれる、リンの最期の言葉。いつもはこれを思い出して湧き上がるのは、漆黒より尚暗い憎悪だった。
 今は違う。
 どれだけ悲しくても苦しくてもそれに勝る愛情があって、それを与えてくれた人達がいるから。
 じっと答えを待つ親友、そうだね、と言ってから今の気持ちを示す。

「             」

 イルは賛同も批判せずに、そうか、とだけ言った。
 誰よりも優しいこの王様を安心させるためだけの答えを告げる事は容易いけれど、そんなことでは全く意味が無い。今となってはアレンに対してもだけれど、レンはイルに嘘をつきたくない。
 今の言葉が、イルの満足できるものであって欲しい。出来るのは、そう願うだけ。

 僕は幸せだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

悪ノ父親(終章

 これにて私の悪ノ娘及び悪ノ召使の二次創作作品を終了させて頂きます。この物語に出てくるキャラは皆大好きなので名残惜しいですが、書きたいことはほぼ書き切ったと満足しています。未練がましく外伝を書くことがあるかもしれませんが、もしよろしければその時も読んでやって下さいませ。
 『天使』の正体ですが、言うまでもないので敢えて明言は致しません。会話シーンを入れたいとも考えていたのですが、どうも死者との会話は難しいので断念しました。
 今回は親子愛をテーマにして書いたのですが、やはり親心を書くにはまだまだ青いと思い知らされました。『親思う、心に勝る親心』曰く、至言です。
 最後にレンがイルに言った答えですが、これは今まで読んでくださった読者の皆様が一番納得できるものをご自由に入れて頂きたいと思います。ただこちらから提示できることは、最愛の親友と妻と息子に囲まれてレンは幸せになったという事だけです。
 それでは、本編・本ルート番外編(おてんば王女としたたか王子)・別ルート・別ルート番外編・別ルート番外編の番外編(悪ノ父親)全てを読んでくださった方、本当に本当に本当にありがとうございました。これからは完全オリジナルの小説を書いて行こうと思っていますが、この春から働き始めて時間が無くなるであろうことが予想されます。かなりの速度低下が見込まれますので、もし待ってくださるような方いれば気長にお願い申し上げます。
 それではこのくだらぬあとがきにすら付き合って下さった方に、最大級の感謝を!

閲覧数:496

投稿日:2011/04/06 22:18:36

文字数:3,724文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 零奈@受験生につき更新低下・・・

    あれ、感想カキコしたと思ったのにできてなかった!
    すいません星蛇さん!

    これで星蛇さんの悪ノも完結かと思うと、少し寂しいですw
    最後には皆幸せになれたようで嬉しいです!
    なんたる似たもの親子・・・
    この親子はイル達がいなきゃテロリスト化して、ホントに世界を滅ぼしかねないですねw
    リンがすれ違いまくりのレンとアレンに業を煮やして、閻魔様に「私をさっさと連れて行きなさい?」と最上級の殺意ある笑顔と細剣で脅迫したんでしょうね、きっと。うわあ物騒な天使w
    長編お疲れ様でした!
    オリジナルも楽しみにしてます!

    2011/04/23 11:31:36

    • 星蛇

      星蛇

      いえいえ、読んでコメントしてくださるだけで十分以上に嬉しいです!ありがとうございます。

      寂しいとのお言葉、もうひたすらに望外です。あとがきの通り、外伝も思い付いたら書こうとは思っています。その時はまた読んでやってくださいませ。
      笑えるくらい言動がそっくりですよね。掏りも脅迫ももちろんレンが教えたものではなく、アレンが勝手に見てまねているものなのです。末恐ろしい子ですね(笑)
      物騒な天使、まことリンに相応しい名称だと思います。ええ、全くw
      閻魔様をどついている姿が目に浮かびます。

      長編読んでくださってありがとうございました!
      オリジナル、一生懸命書いてはいるのですが、何分今は社会の荒波におぼれないように必死なので、さていつ投稿出来る事やら。。。。@@;
      気長に待ってくださっていると嬉しいです。

      麗奈さんのリンレンも楽しみにしております♪

      2011/04/24 19:24:23

  • matatab1

    matatab1

    ご意見・ご感想

     不器用だったり、犯罪まがいの事をしたり、何と言う似た者親子……。
     親に対する強い憧れやなど、アレンと本ルート番外編のリジュレは話が合いそうな気がします。
     最初はお互いの悩みを言い合う→いつの間にか親の自慢話(無自覚)みたいな。

     リンはレンの事をずっと見守っていたのかな、幸せになって欲しくて、アレンの前に現れたのかなと印象を受けました。

     最後になりましたが、星蛇さんの悪ノ、全部楽しく読ませていただきました。

     長編お疲れ様&ありがとうございました!   

    2011/04/07 11:38:13

    • 星蛇

      星蛇

      イルが指摘している通り、レンは親馬鹿を通り越した馬鹿ですね(笑)
       確かに、アレンとリジュレは気が合いそうですね! タイムパラドックスか何かで出会う事があったなら、恋仲にでもなっていたかもしれません。ネタが思い付いたら書きたいですね。
       でもタイムパラドックスなら、一番はやはり本ルートのリンと別ルートのレンかなあ……。

       リンは見守っていたのでしょう。すれ違っている親子を見ていてさぞかしやきもきしていたのではないかと思います。そしてつに我慢できなくなって、無理を承知で会いに来たのかな? 閻魔様でも脅迫したのでしょう(笑)

       ここまでかけたのも投稿できたのも、またたびさんや他の方々の優しいコメントがあってこそです。こちらこそ最大級の感謝をしたいです。楽しく書かせて頂きました。

       長編読書お疲れ様でした。そして読んでくださってありがとうございます!

      2011/04/07 21:20:14

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