まるで壊れたように笑う姉の声を、ユキはカタカタと震えながら聞いていた。
どうしよう、先生が危ない…!
「…いいんですよね? 殺しても」
「どうぞ。好きにしてください。その代わり、これ以上鏡音君たちに手出しはしないでください」
「ええ…。いいでしょう」
「それと、もうひとつ…」
「なんですか、まだあるんですか?」
うんざりしたようにミキが言った。
「ユキちゃんが取り残されてしまいます」
「私が自分の妹くらい、養って見せます」
「こんなことをして得た、汚いお金で、ね」
「何が言いたいんですか」
「これを最後に、足を洗ってください。そして、ちゃんとした『きれいな仕事』について、ユキちゃんをやしなってください」
「…簡単に言うんですね」
「勿論、言うほど簡単でないことくらい、わかっています。ただ、そうでもしないと、君自身、その世界から抜け出すことが出来なくなるでしょう?」
じっとミキを見つめるキヨテルの目があまりにもまっすぐで、ミキは思わず目をそらした。
確かに、キヨテルの言っていることは正論である。しかし、同時に、きれいごとでもある。「そうでもしないとこの世界から抜けられない」…と、言うが、どうだろう? もしかしたら、「そうまでしてもこの世界からは抜け出せない」のかもしれない。もう、自分はそんな場所まで来てしまっているのかも…。
ミキはそんなことを考えていた。
今まで、何人をこの手にかけただろう? 何度恐怖にゆがむ顔を見ただろう? 何回断末魔の叫びを聞いたことだろう? 一体、どれほどの血を見、浴びたのだろう…。
いまさら、戻れるのか? いまさら、この汚れた両手を隠していけるというのか?
血に、罪に、闇に、そして私自身に汚れ、まみれたこの手を…。
「無理ですよ」
「え?」
「無理です。そんなきれいごと、いらないんです。私の手はこんなにも汚れて、もう何もつかめない。足を洗うなんて、もう、出来ないんです。無理なことなんですよ!」
「なら、ユキちゃんは任せられません」
「うるさいっ! きれいごとなんか…いらないっ」
ミキは、叫んだ…。
「よかったんですの、主? あの少女を中に入れて?」
しんと静まったドアの前で、ルカは言った。
「どうして?」
「どうしてって…。危険でしょう。それに、あの中はきっと――」
「あの子が一番聞きたくない事が、嫌でも聞こえる空間でしょうね」
「わかっているなら――」
「先生もレンも、ミキちゃんも助かる可能性は、あのこが握っていたんだもの、仕方ないわ」
しれっといわれると、ルカも言い返せなくなってしまう。
「主…」
目を伏せた。
「…ルカ」
「はい」
顔を上げる。
「…夜食、作って待ちましょうか」
「…はい」
仕方ない、と言うようにルカは言った。
「リンはどうするの?」
「私、いい。ここで待ってる」
「そう」
「…でも、夜食、出来たら持ってきて」
「ちゃっかりしてるんだから!」
メイコはあきれたようにため息をついたのだった…。
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