開け放した窓の外、遠く教会から響く三時の鐘が、昼下がりの心地よい風と共に入ってくる。
テーブルに並ぶのは、焼き立てのタルトと砂糖漬けのオレンジピール、チョコレートにミントティー。
小さな一輪挿しに飾られた可憐なミニバラに、注がれるお茶を待つ少女の唇が綻んだ。

「狩りに?」
「そうよ、準備をしておいて。あの人、狩りは得意なんですって。とてもそうは見えないけれど、お手並み拝見ってところね」

お気に入りのお茶とお菓子を並べ、召使を横に従えて、王女が機嫌の良い声を上げる。
ミックスベリーのたっぷりと乗ったタルトを切り分けながら、レンは僅かに眉を潜めた。

「でも、危険です。銃も猟犬も使うのでしょう」
「そんな危ないところまでいかないわ。私は遠くからちょっと眺めるだけよ」

心配の過ぎる召使にあっさりと答え、タルトを頬張って満足そうな笑顔を浮かべる。
その表情を見つめて彼は躊躇い、口を開いた。

「――あなたは、狩猟はお嫌いだったでしょう。狩られる兎や狐がかわいそうだと」

王女が顔を上げた。
動揺したように、持ち上げたティーカップをテーブルに戻す。

「・・・そんなこと、言った覚えはないわ」
「言わなくても、思ってたでしょう。今までどれだけの絹を取り寄せても、毛皮は一枚も欲しがらなかった。それなのに、何故、わざわざそんな野蛮な遊びに付き合うんです」

厳しい表情で、彼は問い詰めた。

「そんなの・・・気分の問題よ。毛皮を取り寄せなかったのだって、たまたま気分が乗らなかっただけだわ」
「それで、今回はたまたま気分が乗ったんですか?先日の夜会も、たまたま気分が乗ったから? 表向きは媚びへつらうくせに、裏じゃ口のさがない貴族達なんて、本当は集めたくもないくせに」

気心の知れた相手の指摘に、少女が黙り込む。
なおもレンは言葉を続けた。

「この王宮の夜会は見事だろうって、一度見てみたいって自分で言い出したくせに、あの男、夜会の間中ずっと君としか話さなかったし、君としか踊らなかった。まるで集めた貴族の連中に、君の隣にいる自分の存在を見せ付けるみたいに」
「何が言いたいのよ」

放り投げるようにフォークを皿に置き、リンが不快げに召使を睨んだ。

「彼は危険です、王女。あまり気を赦してはいけない」
「危険?この私に?この国では私が法なのよ?それにあの人ときたら、ジョセフィーヌよりよっぽどおとなしいわ」

失笑する王女に、彼は厳しい表情を崩さず釘を刺した。

「彼はボカリアの公子だ。この国に次ぐ大国だよ」
「ええ、そうね。それで政治のために私に求婚してるの。誰も気を赦してなんかないわ。あの人が恋愛感情で跪いているんじゃないことくらい、わかってるわよ。今更つまらないこと言わないで、レン」

食い下がる召使に、王女の声にも次第に棘が混ざってくる。

「気が付いてないの?リン、あの人の前で笑ってるよ」
「ただの遊びだって、笑う位するわよ。だから何!?別に本気じゃないわ」
「だったら、気が乗らない誘いくらい断れば良い。本当は、彼の誘いを断って、嫌われるのが怖いんでしょう」
「っ、違・・・!」

リンの頬にかっと血が上った。
勢いよく手のひらが振り上げられ、乾いた音を立てて少年の頬を叩く。

「煩いわ、黙りなさいよ!私に意見するなんて、何様のつもりなの!!」

打たれた頬を押さえたレンが、リンを見つめた。
少女が立ち上がった勢いで、せっかく綺麗にセットしたお茶もお菓子もテーブルの上で台無しにひっくり返っている。

「リン・・・」
「あ・・・」
「僕は君の召使だ。君の望みを叶えるためにいる。それ以上でもそれ以下でもない」

無表情にそう言うと臣下の礼を取り、王女の横をすり抜ける。

「待って、レン――!」

すぐ傍を通り抜けていく少年の服を、咄嗟に伸ばされた手が掴んだ。
指先が白くなるほどきつく握りしめ、青ざめた顔の王女が召使の背に縋りついた。

「違うの!嘘よ、本気で言ったんじゃないの!レンが心配してくれてるんだって判ってるの!判ってるのに、でも、苛々するの。レンの言ってること間違ってないって判るのに、聞きたくないの。自分でもおかしいんだって、わかってるわ。でも聞きたくないの!何も、誰からも、あの人のことは聞きたくないの!」

「リン、彼から離れるんだ。このままじゃ本当に君が傷つく。いっそのこと・・・」
「だめ!」

リンが叫んだ。

「だめよ、絶対にだめ・・・!レン!あの人に何もしないで!!お願いだから!」
「リン、落ち着いて」

不安そうに瞳を揺らす少女を宥め、レンは誓うようにその両手を取った。

「君がそう望むなら・・・。僕は君の望みを叶えるし、彼がどんなつもりで君に近付いたんだとしても、君だけは僕が絶対に守る。君さえ傷つかなければ、僕はそれで良い。それだけで良いんだ」
「レン・・・」
「覚えていて。僕はどんな時でも君の味方だ。たとえ、この先何があっても」



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第14話】前編

年内更新は流石に無理でしたが、三が日が明ける前に更新が間に合って、ほっと一息の第14話です。前編がレンリン、後編は久々のカイミク仕様v

張り切って後編に続きますv
http://piapro.jp/content/kpjdtqzy9j14ho6j

閲覧数:1,301

投稿日:2009/01/03 21:44:49

文字数:2,060文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました