私は、許されても良いの…?

<造花の薔薇.13>

私は遂にその日が来た事を、駆け込んで来たレンによって知った。
儀礼なんて一切捨て去って必死の色を浮かべているその顔を見て、何が起きたのか正確に気付いた。

嬉しくも悲しくもなかった。
きっと私は、そればかり考えすぎて擦り切れてしまったんだろう。

「革命です!城が、囲まれています…!」
「あら、そう」

それは心からの言葉だった。
もう早く来て欲しいとも思えなくて、他に反応のしようもなかった。

―――正直、もうどうでもいいわ。

「王女!お願いです、逃げましょう!」

当然、レンがそう言っても心は動かない。


ただ…ふと疑問が私の心に浮かんだ。


「どうして?どうして貴方、そんなに私を気にかけるのよ」


もっと早く疑問に思っていても良かった筈だったのに、何故今まで考えてもみなかったんだろう。

レンはどうして私に尽くすの?
私はレンに何も返してあげていない。
なのに、どうして。

レンは、訳が分からないといった顔で私を見る。

「それは、王女のことが大切ですから」

きっと本心の言葉だとは思う。
でも、可能なら否定してやりたかった。
だから、口を開く。きっとレンは傷付くのだと、分かっていながら。



「うそつき」



ぽかん、とレンが目を見開く。

「そんな事は」
「うそつきよ、貴方は」

言い募られたくなくて、無理矢理言葉を捩込む。

「私のことが大切?貴方が?私を?大切にですって?馬鹿な事を言わないで」




だってそんなのおかしい。

どうして。どうして。どうして。
貴方が私を大切に思う理由なんて何処にも無い。


私にはある。
何時だってレンは私に甘くて、優しくて。本当にあの日のまま、綺麗だった。
私はそれが大好きだった。

でも私はそうじゃない。

レンと幼い約束をしたあの日から―――私は変わってしまった。
私を慕って王宮に来たレンを撥ね付け、言葉で傷つけ、揚句の果てに―――…




「私は貴方に人殺しまでさせたのよ?なのに私を嫌っていないなんて、ある訳無いでしょう!さあ逃げなさいよ、他の奴らと同じように!憎い王女とやらに背を向けて、さっさとここから出ていったらどうなの!今私に媚びを売ったって無駄なのよ、残念ながらね!」

そうでしょう?だから逃げて、レン。ここから逃げて。
貴方が私に尽くす必要なんてどこにも無いでしょう?貴方は私が憎いでしょう?
ねえお願い、憎いって言って。
ここにいたら貴方まで死んでしまうのに。

それとも、私と共に死んでくれるの?





やめて。
私にそんな価値、ない。





レンは微かに目をしばたたかせた。
そして、微笑する。

「王女―――…――――リン」

久し振りに聞いたその言葉に、私は微かに目を見開く。
何かを吹っ切った様なレンの笑顔は、私が見たことのあるどんな笑顔よりも透明で、柔らかかった。

「確かに、君に言われたことで辛かった事は幾つもあるよ。でも―――リンを嫌うことも見捨てることも出来る訳無いじゃないか」

視界の中で、レンが少しずつこちらに向かってくる。
私はただ、彼の紡ぐ言葉を理解するだけで精一杯で、他の事を考える事は出来なかった。


レン。レン。

わからない。

分からないわ。



「だってただ一人の姉弟じゃないか」

何も言えなかった。
レンの声が。笑顔が。余りに―――温かくて。

「全く困ったお姉ちゃんだね、リンは」

こっちにおいで、と手を取って引かれたけれど、振り払う気は起きなかった。
掴まれた手首と、そこから伝う温度が何だか酷く懐かしい。
いつの間にかなくしていた大切な物が不意に見つかったような気がして、私はただレンの手を見詰めた。
何処に連れていかれるのか、これからどうなるのか、考える気は起きなかった。

ただこの温もりが突然消えてしまうのが怖かった。


消えないで。


自分でも良くわからない。
でも、全てどうでも良いと思えるようになっていた筈の心が、ぐらりと傾いだのを感じた。


ずい、と差し出された執事服に、私ははっとしてレンを見上げる。

「リン、ほら、僕の服を貸してあげる。これを来てすぐにお逃げ」
「…え」

レンが何を言ったのか、すぐには理解出来なかった。私の頭は、もうぐちゃぐちゃだ。

「同じ顔が二人も逃げたら、流石に目につくよ。僕は使用人の皆に知られているし、表から出る。反抗しなければ命までは取られないさ」
「ま、待って」

いきなりそんな提案をされ、ろくに反論さえ出来ない。
なのにレンは私に構わず、主張を言い切ってしまう。

「とにかく着替えて。後ろ向いてるから」

ぐいぐいと服を押し付けられて、私は半ば飽和した頭でそれを受け取ってしまった。
だって…どうして、何で。
良く考えれば私達がいるのは『脱出口』の前だ。
つまりレンは、私にここから脱出しろと言っている。そして、一緒に逃げよう、と。

「脱いだドレスはどうするつもりなの」

可能な限り考える時間を作り出そうと、頭に浮かんだ質問をろくに吟味もせずに口に出す。
我ながら愚にもつかない問いだ。実際、レンはすぐさま答えを返して来た。

「彼等が来るまで時間がある。リンの部屋にすぐに返しに行けば問題はないよ」
「分かったわ」

私の着替えを見ない様に、律義に私に背を向けるレン。
その見慣れた後ろ姿を見ながら私は混乱から抜け出せずにいた。

違う。混乱じゃない。
戸惑い、の方が正しい。

だって、私は許されてはいけないんだと、ずっと信じて来たのだから。
だから今まで逃げ出すなんて出来なかった。

その選択肢は最初は選んではならぬと戒められ、後には自分から選ぶのをやめた選択肢。
それを選べば、一番大切なものが失われてしまうのだと知ってしまったから。

でも今はそのレンが、一番大切なひとが言う。



一緒に、逃げようと。



やっと殺されることが出来るのだと思った。
やっと造花の薔薇をばらばらに壊して貰えるのだと思った。
もとより自然にそぐわない花、断片になった身は土に還ることはなく、風に吹き散らされるのを待つだけだ。

…それは私にとっての最高の終わりではない。
可能であるなら、今日より明日が良い日かもしれないとそう思いながら生きて行きたかった。
でもこの息詰まる生から解放されるなら、死を迎えるのもそんなに悪いとは思えない。それに今までの報いと考えればそれほど理不尽だとも感じない、至極当然の結末ではあった。

だから私は受け入れる。寧ろ、喜んで受け入れられるだろう。


そう思っていたのに。



―――こんな風に、希った結末をちらつかされるなんて。



必死に消してきたはずの望みの火が、押さえを擦り抜けて燃え上がる。

悔しい。
だって私は王女になってからの十年程、ずっとその望みを消そう消そうとして、ある程度の成功を収めた筈だった。
なのにこんなに簡単にその炎は燃え上がる。



生きたい。
レンと一緒に、生きたい。



私は歯を食いしばった。
それは今までの決意を以ってしても、退けるには余りに儚く穏やかに輝いていて…




私は、ドレスに手をかけた。

―――レンがこちらを見ていなくてよかった。

きっと私は、泣きそうな顔をしている。















すっかり執事服に身を包んだ私は、おかしいところが無いかざっと自分を点検した。
レンと私は似ていると思っていたけれど、同じ服を着ると更にそれが強調され、同時に違う所も浮き彫りになる。例えば、体格とか。
正直レンの服は微妙に肩が合わない。
でもまあ…問題は無い筈。

「レン、着替えたわ」

私が声を掛けると、レンは笑顔で振り向いた。
このところ久しく見なかった、喜びだけに満ちた満面の笑みだ。

「じゃ、行こうか」


するりと伸ばされた手に、私は今度は自分から手を滑り込ませた。

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造花の薔薇.13

上げといて落とすぜ!な展開です(鬼だ

閲覧数:403

投稿日:2010/06/28 16:06:27

文字数:3,292文字

カテゴリ:小説

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