「ボカリアへ・・・?」
「――・・・父が倒れたと知らせが。容態が思わしくないそうなのです。看病に戻ることをお許しください」

母国からの知らせを携えて、玉座の前に跪いた王妃は暇の許しを願い出た。
深く顔を伏せて、王の返事を待つ。
僅かな間に痛々しいほど憔悴した姿は、彼女こそが今にも倒れそうなほどだ。
その姿を見つめ、皮肉なものだと思う。

かつて自らの意思で身一つでこの国へ戻ってきた少女が、今は彼の許しが無くてはこの国を離れられない。
理由はどうあれ彼が否といえば、この国の王妃である彼女が独断で母国へ帰ることは出来ない。・・・少なくとも公式には。
それが、あくまで建前上のものだとは、彼にも分かっている。
この少女はその気になれば、どんな制止も、身分のしがらみも振り切って飛び出して行けるだろう。
それでも、こうして彼の許しを求めるのは、彼女なりのけじめなのか、もっと違う何かなのか。

罪状を読み上げられるのを待つ罪人のようにうな垂れる王妃を見つめ、レオンは玉座に掛けた手を握りしめた。

「――・・・二週間だ」

短く彼はそう告げた。

「二週間後に君を迎えに行く」

ミクが驚いたように顔を上げる。
目を見張る少女に、彼は真剣な顔で繰り返した。

「同じ知らせがボカリアからクリピアまで届くまで、あと三日程度。返事に、掛かっても十日。それで彼が動かなければ、君をシンセシスに連れて帰る。浚ってでも」










その窓は密やかに開け放たれていた。
人気のないバルコニーに向かい、それは他のどの部屋からも目の届かない死角を作っている。
見咎めるもののない窓辺に、ひとつの影が音もなく近づき、その中へと滑り込んでいった。

「・・・カイザレ様」
「戻ったか」

部屋の片隅に膝を突いた従者は、いぶかしく目を上げた。
主君たる青年が、部屋の中に立ったまま、どこかをじっと睨んでいる。

「どうか・・・?」
「だれか部屋に入ったらしい」

その言葉に、ハクは素早く室内に視線を走らせた。

「何か異常が?」
「ミクの指輪がない」

苛苛とした声でカイザレが答え、彼にしては荒っぽい動作で、高い背凭れの椅子へ身を沈めた。

「他の貴金属類には手をつけられていない。もっと金目のものは他にもある。あれだけを持ち去ったなら・・・」
「あれが何か知っている可能性がありますね。危険では?」
「いや、毒は入れていない・・・が、どうやらお前の仮説が正しそうだ」

ハクが目を眇めた。

「では、ミクレチア様を襲った犯人が」
「多分、例のナイフを探しに来たんだろう。何しろ王族の印章入りだ、知らないふりをするには危険過ぎる」

主人の指摘にハクが頷く。
残されたナイフは、致命的な証拠になりかねない。この王宮内に犯人が居るなら、何としても取り戻したいだろう。駄目で元々でも、探しにきたとて不思議ではない。
最も、あれはボカリアに置いてきた。いくら探したところで見つからないだろう。

「ナイフは見つからず、代わりに見覚えのある指輪を見つけて持ち去ったんだろう。ミクを襲った人間なら、あの指輪がどういうものか知っている。王女に毒を盛られたら困るだろうからな」
「・・・やはり、あの召使ですか」
「十中八九、そうだろう」

主従が鋭く瞳を見交わした。
一介の召使でありながら、王女に最も近く、よく似た造作を持つ少年。
初めから、これほどに疑わしいものはない。
ハクが面白そうに片眉を上げた。

「ミクレチア様は大男だったと仰っていましたが」
「それなら、あんな場所までうかうか連れ込まれない。それ位の警戒心は持っているさ。あれが油断するような相手で、いかにも情けをかけそうな相手だ」

皮肉屋の側近に、カイザレもまた口端を持ち上げた。

「あの召使の身元はどうなっている?」
「王女の乳母の子となっています。乳母は、王女の母である王妃の実家の末席に連なるもので、元々は王妃の侍女であった者です」
「・・・なるほど」

考え込むように指先が唇をなぞる。
姿勢を崩し、彼は椅子の背に深く凭れた。

「・・・この国は長く内乱の中にあった。十四年前、王女が生まれた頃には、すでに上に二人の兄王子がいて、それぞれの母親とその実家が後ろ盾となって、王位継承権をめぐって対立していた。在位中の王をも差し置いて、二人の王子の対立は国を真っ二つに裂き、それは十年に渡る内乱となった。やっと内乱が終結したのは僅かに四年前のことだ、――・・・二王子、双方の死という形で」

「一人は事故で、一人は病で。いずれも不審な死に様ですが」

独白めいた呟きに、側近が小さな補足を入れる。
言葉の先を違えず捉えた合いの手に、カイザレは満足そうに後を続けた。

「せっかくの謀略も相打ちでは意味がないな。ともかく二人の後継者が同時に倒れたために、唯一、遺された直系である王女が玉座に着くことになった。王女が齢十歳の時のことだ。・・・だが、もしも」

言葉を切り、含みのある視線を向ける。

「生まれたのが王女ではなく、王子だったならどうだ?生まれた子供が女児なら、王位継承権は男子が優先だし、王女はいずれ国外に嫁がせて外交のカードに使える。だから兄王子達も王女には手を出さなかった」

可能性を吟味するように、ハクは注意深く答えた。

「生まれたのが第三の王位継承権を持つ王子だったならば、新たな火種となったでしょうね」
「王女の母である第三妃は、兄王子達の母親と比べて、家柄の劣る貴族だった。野心のある母親なら、すかさず我が子の王位継承権を要求するだろう。だが、母親が子供の安全を優先したとなれば・・・」

従者が得たりと頷いた。

「子供を隠すことを考えたかもしれません。・・・となると、あの王女は王子を隠すために用意された替え玉でしょうか」
「その可能性はあるだろう。もっとも、幸いにして彼らが双子だったという可能性もあるな。彼らの印章といい、彼が王女を守ろうとする態度といい、後者の可能性が高いかもしれない。・・・惜しいことだ。王位に積極的であってくれれば、再び内乱を起こすことも出来たのに」
「・・・カイザレ様」

ハクが不快げに顔をしかめる。
気付いたように、主君の青年は短く詫びを口にした。

「失言だったな、許せ。別にこの国自体を追い込みたいわけじゃない。ただ、今はどうしてもシンセシスへ侵略されては困る。・・・それにミクを危険に晒した犯人には相応の報いをくれてやらなければな」
「ミクレチア様がせっかく庇われた子供ですが」
「だからこそだろう」

当然とばかりの返答に、長い付き合いの従者が溜息をつく。

「カイザレ様、駄目ですよ」
「ん?」
「急いて指輪を取り返そうとしたりなんて、しないでくださいよ。まだ王手をかけるには早過ぎます」

カイザレが不満そうな顔を見せた。

「だが、あれは・・・」
「そうやって、あなたがミクレチア様に拘る様子を気取られでもしたら、せっかく逸らした王女の視線が、またミクレチア様を向きかねません。それでは元の木阿弥でしょう」

呆れたような声に、ふてくれたような答えを返す。

「わかってる。機を見るぐらい出来るさ」
「ことミクレチア様に関する限り、貴方のその言葉は信用できませんね」

遠慮もない従者に、彼は誤魔化すようにそっぽを向いた。

「他に気付いたことは?国内の様子はどうだった」
「酷いものです。城下こそ活気があるが、都市部を離れれば、どこも貧困に喘いでいる。重い税を課せられて、税が納められなかったり、逆らったものは死刑にされる。民の不満を、無理やり力と恐怖で押さえつけている状態です」

予想していた通りの報告に頷く。

「夜会で見た貴族達も、富と権力とにおもねっている連中が大半のようだったな。綻びるきっかけさえあれば、崩れるのは早いだろうが。・・・そうは言っても、この国の軍事力は依然として強大だ。どう切り崩したものか・・・」

思案に沈む主君を前に、ハクはふと思い出したような声を上げた。

「そういえば・・・」
「うん?」
「ミクレチア様のご友人の所在が見つかりました。出身の村に未だに残っているようです。――・・・お会いになりますか?」



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第15話】後編

レンリンの背後設定に妄想が暴走した後編です。説明が多すぎてすみません。
私の頭では、王子をわざわざ召使にさせる理由が、このくらいしか思いつかなかったわけです・・・。

でも、いっそ、じゃんけんで負けたからでも良いと思いますv(某PVに寄せて)

第16話に続きますよ~。
http://piapro.jp/content/ubvupkegaq2kqceu

閲覧数:1,232

投稿日:2009/03/15 00:21:23

文字数:3,391文字

カテゴリ:小説

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  • azur@低空飛行中

    azur@低空飛行中

    ご意見・ご感想

    くくる様~!

    お待たせしましたです!
    そうなんです、うっかり風邪拾っちゃいました。
    幸い、そんなにはこじらせなかったんですが・・・ちょ、インフルエンザって!!大丈夫ですか~~!!
    ホントにホントに、お大事になさってください~~!

    レオンさん、一生懸命なのに報われてなくて、ごめんなさ・・・!
    お兄様のミクさん大好きっぷりも何気にダダ漏れですが、ミクさんのお兄様一直線っぷりが突き抜けすぎてて、書いてるほうが困りますwwww 二人が恥ずかしくなくても私がこっ恥ずかしいよ!
    波に乗って書いてるときは良いけれど、うっかり途中で我に返っちゃうと、パソの前からダッシュで逃げ出したくなる罠です。続きも何とか耐えて、私・・・!

    2009/01/28 21:12:14

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