第四章 始まりの場所 パート6
「この銃・・。」
見覚えがある?それは当然だった。ステンレス製の銃身に漆黒のラバーグリップ。そして何より、銃筒に刻まれたSMITH&WESSONの刻印。リーンが生まれるよりも以前から自宅に安置されている、リーンにとっての守り神のような銃。新品の輝きを誇っている以外、その銃は全く同一のものであったのだ。その銃が、ここにある。
「弾は五発。換えの弾は無いから、慎重に使って欲しい。」
レンが続けてそう言った。
「この銃で、あたしが戦うの・・?」
不安そうにそう言ったリンの問いかけに対して、レンは力強く頷いた。そして、こう答える。
「ミルドガルドを救えるのは、リン、君しかいない。」
レンのその言葉に、リンは僅かに唇を噛みながら頷いた。あたしにそんな力があるなんて思えない。今まで誰かを頼ってばかりだった自分に。かつてはレンに頼ってばかりだった。レンがいなくなってからは、ハクに頼ってばかり。そんな弱い自分がミルドガルドを救えるとは到底思えなかった。それでも、あたしは戦わなければならないのだろう。それがレンの意志なら、あたしはそれを叶えなければならない。
それがせめてものあたしの贖罪だろうから。
「それが運命なら、あたし、戦うわ。」
リンは拳銃を胸元に抱き締めながらそう言った。その言葉に安堵した様子で頷いたレンは、続けてリーンに向かってこう言った。
「リーン、この拳銃はその内貴女の物になります。でも、せめてもの旅の思い出に。」
レンはそう言いながら一枚の紙切れを懐から取り出した。それは栞。ハルジオンの栞であった。
「いいの?貰っても。」
栞を受け取りながら、リーンはそう尋ねた。それに対してレンは楽しげに瞳を和ませると、こう答えた。
「旅費にするには安すぎるとは思いますが、僕の存在を示すにはこれが一番だと思ったので。」
「十分すぎる報酬よ。」
リーンは悪戯っぽい笑顔を見せながらそう言った。あの拳銃。そのことを尋ねるのは野暮だなと考えながら。
「そろそろ、お別れの時間です。」
レンが呟くようにそう言った。
「もう、お別れなの・・?」
リンが寂しそうな口調でそう言った。せめてもう少し。もう少しだけ一緒にいたかった。
「一緒にいられる時間は元々定められていたから。」
レンもまた寂しげに瞳を曇らせた。そのまま、言葉を続ける。
「そして、リンとリーン。今から二人は元いた世界に戻ることになる。」
その言葉に、リンとリーンはお互いの表情を見合わせた。まるで鏡写しのように良く似た二人。別の時代に生まれながら、奇跡的に出会い、そして短い間にお互いを理解しあえた親友とも呼ぶべき存在同士。
「楽しかったわ、リン。」
リーンが無理に作ったような笑顔でそう言った。ここで別れたら、もう二度とリンと出会うことはないだろう。その最後の表情が悲しげなものだったら嫌だなと思ったのだ。
「あたしも、楽しかった。それに、すごく感謝しているわ。あたしがここまで来られたのも、全部リーンのおかげよ。」
ゆったりと、リンがそう答えた。リンもまた自然に溢れるような笑顔を見せた。リンも理解している。この先の人生で二人が交差する機会は最早ないだろう。それでも、思い出という宝箱の中に二人の記憶は残る。それは一生消すことが出来ない財産だった。
「最後に、歌いませんか?」
レンもまた笑顔でそう言った。リーンは何を歌うのか尋ねようとして、やめた。リンとレン。この二人が最後に歌いたい曲なんて、一つしかない。
「いいわ。」
リンがそう答えた。そして、リンとレン、そしてリーンが同じタイミングで歌いだした。
『海風』を。
その歌は札幌の青い空の果てまでも届くような透き通る声で響き渡った。その調和に、事の成り行きを見守っていた寺本と渋谷も同調する。収穫の喜びを称える歌。リンとレンの思い出の歌。リーンが生まれたときから慣れ親しんだ歌。季節は流れ、人は育ち、歴史は紡がれる。ミルドガルドの摂理。
風が吹けば、
実りを迎えるでしょう。
実りを迎えれば、
人が育つでしょう。
そして、人は
子を産むでしょう。
子はそして、再び
実りを迎えるでしょう。
海から吹く風を、
我らは称えましょう。
歌が終わり、余韻が響く頃、その知らせは告げられた。
札幌時計台。三時の鐘。北の大地を象徴するその木造建築から響き渡る、百年も昔から市民の為に時を刻み続けた鐘。三つ、大きく響き渡る音と共に、リーンは自身の身体がふわりと軽くなるような気分に陥った。
「リン。」
もう、戻らないといけない。その自覚を得たままで、リーンはリンに向かってそう言った。
「リーン。」
リンはそう言って笑顔を見せた。その笑顔に、リーンもまた笑顔で応える。
「楽しかったよ。『もう一人のわたし』。」
「もしまたいつか、機会があれば。」
「この交差点で・・。」
不思議な体験だったな。
リンとリーン。二人の姿が光に包まれたかのように忽然と消えた後、寺本は独り言を呟くようにそう言った。気付けば自身の左腕をつかんでいるみのりが僅かにすすり泣いている。あまりの出来事に感傷的になってしまったのかも知れない、と思いながら寺本は渋谷の髪を優しく撫でた。そのまま、寺本はぼんやりと空を眺める鏡に向かってこう言った。
「良かったのか?」
遥か彼方の場所、ミルドガルドに対する思慕を捨てきれない様子でいた鏡は、その言葉に苦笑するように肩をすくめると、こう応えた。
「僕はもうあの世界には存在していない人間ですから。」
「まぁ、俺はお前がいなくなってしまうと寂しいけどな。」
寺本は照れ隠しのようにそう言った。鏡とは長い付き合いで、過去に何があったかは関係なく、俺の親友だ。それは紛れもない事実。
「ありがとうございます。」
その割には言葉遣いが丁寧すぎるけどな、と寺本は考えて、少しは砕けた言葉でも使ってみればいいのに、と指摘しようかと考えていると、鏡が続けて言葉を放った。
「話は変わりますが。」
「どうした?」
「寺本君、ココロを持つプログラムの作成、僕にも手伝わせてくれませんか?」
その鏡の言葉に、寺本は僅かに肩をすくめると、こう言った。
「お前と組めば、何でも作れる気がするよ。」
小説版 South North Story 55
みのり「ということで第五十五弾です!」
満「随分時間がかかったが、これでSNSは終了だ。」
みのり「最後にエピローグがあるけどね!」
満「エピローグはレイジからコメントがあるから、俺たちはお休みだな。」
みのり「また会おうね!」
満「ちなみに、『ココロ』を書くのかという疑問を持たれた方、もしかしたらいるかもしれないけど。」
みのり「当面予定はないです^^;でも書くとしたらこの設定をそのまま使うので、なんとなく覚えていてくれたら嬉しいな♪」
満「ということで、長らくご愛顧ありがとうございました。」
みのり「またね!」
コメント1
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
リンとレンが出会いましたね……!安心したような、レンが別の世界で別の人間として生きているのが不思議なような、複雑な気持ちです。
でもリンには、これから彼女の生きる世界での戦いが待っているとわかると、少し、ほっとします。あれだけ人々の運命を翻弄したのだから、まだまだ彼女の仕事が彼女自身の世界に残っていてほしいと。そして、許されるはずのない人に赦され、時空を超えた分身と出会い、なくした人と出会い、これだけのレア体験を得たのだから、良い仕事をしてほしい!
と、悪ノのリンに対しては、少しS心が動きます^^という訳で、今後のリンに期待です!
2011/05/07 21:37:31
レイジ
コメントありがとうございます♪
こういう解釈は他に例が無いと思うので、そのあたり斬新と思っていただければ幸いです☆
実は自分自身あまり超展開は好きではないので、この一連の作品の中ではSNSだけだとおもいます^^;
今書いてるハーツストーリーでは全く新しいリンの姿が見れると思います。良い仕事させる予定ですよ♪
期待していただければ嬉しいです☆
ではでは、宜しくお願いします♪
2011/05/08 00:54:39