巡音さんと話をしたその日の夜、俺は姉貴に日曜の予定について訊いてみた。
「日曜? 出かける用事も無いし、家にいるつもりだけど」
それが、姉貴の返事だった。
「じゃ、その日は家にいるんだ。俺、日曜に学校の友達を家に呼ぼうと思ってて」
「邪魔だから出かけててほしいってこと?」
「逆。家にいてくれ」
俺がそう言うと、姉貴は怪訝そうな表情になった。
「私がいない方が、気楽でいいんじゃないの?」
呼ぶのがクオならね。でも、巡音さんだもんなあ。
「その子、女の子だから。俺と二人っきりはまずいよ」
「女の子かあ。確かに二人きりは、まずいわね。……もしかして、新しい彼女?」
姉貴はそんなことを言ってきた。なんですぐそういう発想になるんだよ。
「……ただの友達だよ。一緒に『RENT』を見ようって話になって」
姉貴は、今度は呆れた表情になった。
「要するに布教活動の一環ってこと?」
布教って……もうちょっと言葉はないんだろうか。
「『ラ・ボエーム』を貸してくれた子なんだよ。『RENT』を見せるのはそのお礼。とにかくっ! そういうわけだから、日曜は家にいてくれよ」
「いいわよ。どうせ家にいる予定だったし」
姉貴のにやにや笑いが気になったが、俺はそこで話を切り上げた。下手すると質問責めにされそうだったし。
って、どのみち、日曜に巡音さんが来たら、やっぱり質問責めにされるんだろうなあ……仕方ないか。
日曜日。電話を受けて駅へ出向くと、巡音さんは見るからに緊張した様子で俺を待っていた。何もそんなに……と思ったが、この前聞いた話からすると、ろくに外に出たこともないのかもしれない。
「巡音さん」
声をかけると、向こうはほっとした様子だった。
「あ……鏡音君」
「大丈夫だった?」
「……なんとか。親に嘘ついちゃったけど」
巡音さんはそう言って、視線を落とした。……嘘つかないと出てこれないわけか。
「俺の家、こっちだから。ついてきて」
俺は巡音さんを連れて、自分の家に向かった。距離はそんなに無いんだけど、ちょっと道がややこしい。巡音さんの話を聞く限り、一人で歩かせたら迷子になるのはほぼ確実だろう。
ちゃんと後を着いて来てくれているかを確認しながら、道を歩く。まだ緊張しているのか、周りを見ている余裕もないみたいだ。
「着いたよ」
鍵を開けると、俺は巡音さんが中に入れるよう、ドアを支えた。巡音さんが、「お邪魔します」と言って、家の中に入る。続いて俺も入り、鍵をかける。
「姉貴~、帰ったよ!」
奥に向かってそう呼ぶと、姉貴が出てきた。
「レン、お帰り。そちらがお友達?」
他の人がいると、姉貴、普段と言葉遣いが微妙に違うんだよな。
「そうだよ」
「初めまして、レンの姉のメイコです」
姉貴はそう言って頭を下げた。
「は……初めまして。巡音リンです。鏡音君とは同じクラスです」
思い切り緊張した声でそう言って、巡音さんが姉貴に頭を下げている。
「……巡音?」
姉貴、え? とでも言いたげだな。どうしたんだ。
「そうです……どうかしましたか?」
「昔の知り合いに同じ名字の人がいたから……もしかして、親戚か何か? 巡音ハクって、いうんだけど……」
今度は巡音さんの方が驚いた表情になった。
「姉をご存知なんですか?」
へっ? 今、巡音さん、姉って言ったよな。姉貴、巡音さんのお姉さんを知ってたわけ? 凄い偶然だ。
「え、姉ってことは、あなた、ハクちゃんの妹なの?」
「あ……はい」
「やだ、嘘、信じられない。世間って狭いのねえ。まさか弟が、ハクちゃんの妹と同じクラスとは」
なんか妙に一人だけで盛り上がってるな。巡音さんは微妙に引いてる。姉貴に怯えてるんじゃないといいけど。
「姉貴、巡音さんのお姉さんを知ってたの?」
「高校の時の部活の後輩なのよ。卒業してからずっと会ってないんだけど。懐かしいな。ハクちゃんはどう? 元気にしてる?」
へーえ。姉貴は高校時代、バドミントン部だった。てことは、巡音さんのお姉さんもバドミントンやってたのか。
って、あれ? 巡音さん引きつってる。
「あ……えーと、その……」
どうやら、訊かれたくないことだったらしい。困ってるぞ。
「姉貴、お客さんを玄関に立たせっぱなしにしとくの?」
俺がそう言うと、姉貴ははっとした表情になった。
「ああ、ごめんごめん。さ、あがってちょうだい」
姉貴が脇にどいたので、巡音さんはもう一度「お邪魔します」と言って、靴を脱いだ。あがってから、その靴をちゃんと揃えている。
「俺たちは予定どおり『RENT』を見るから、姉貴、邪魔しないでくれよ」
「はいはい、わかったわ。じゃ、私は自分の部屋にいるから、用があったら呼んでちょうだい。それと、お客さんには失礼のないようにね」
姉貴はそう言うと、二階へと上がっていった。あ~、毎度のことながら疲れる姉貴だ。なんでいつも一言多いんだよ。
「巡音さん、こっち」
俺は巡音さんを連れて、テレビの置いてある居間へと入った。
「適当に座ってて。今、お茶を淹れるから」
巡音さんが座ったのを確認して、俺はお茶を淹れに台所へと向かった。
「緑茶でいい?」
「あ……うん」
普段あまり使わない来客用の急須と茶碗を取り出して、お茶を淹れる。お茶の入った茶碗を盆に乗せて、俺は居間へと戻った。
戻ってみると、巡音さんは、居間のサイドボードの上の家族写真を見ていた。俺が小学校の時に撮った奴。……家族全員が揃っている、最後の写真だ。
「どうぞ」
俺はそう言って、巡音さんの前にお茶を置いた。
「……ありがとう」
写真をまだ気にしてるみたいだ。何か引っかかることでもあるんだろうか。
「俺と姉貴と両親と、前に飼ってた犬。確か、旅行に出かけた先で撮ってもらったんだ」
「犬を飼ってたの?」
「ああ。去年死んじゃったけど」
あれ以来、犬を飼う気が起きない。
「巡音さんとこは、ペットとかは?」
訊いてみると、巡音さんは暗い表情で首を横に振った。……ペットも禁止かよ。
「あの……そう言えば、鏡音君のお父さんとお母さんは? 家にいないの?」
あ、そういや巡音さんに、うちの事情を説明してなかった。今日は日曜だから、普通の家なら両親がいるよな。
「……うち、今、どっちもいないんだよ。あの写真を撮ったちょっと後に、父親が交通事故で亡くなって……」
俺の言葉に巡音さんがショックを受けた表情になる。いや、そんな構えなくても。……ハードな話だから仕方ないか。俺も吹っ切るまでかなりかかったし。
「……それは……その……ごめんなさい。わたし、そんなことだとは思わなくて……」
巡音さんはうつむいて、聞き取れないぐらいの小さな声でそう言った。
「あんまり気にしないでくれ。実は……構えられるとこっちが辛くて。で、話戻すけど、そういうわけで、俺のところは母子家庭なんだ。で、母親の方は、去年から仕事で海外に行ってて、この家は実質上、俺と姉貴の二人暮らし。あ、夏と冬の休みの期間には、母さんも戻ってくるけど」
巡音さんは黙ってしまった。……空気が重い。気分を変えよう。湿っぽいのは苦手だ。
「この話はここまでにして、『RENT』を見ようか」
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