机の上に置きっぱなしにされた携帯電話が派手な爆発音を鳴らした。
もちろん爆発したわけではないが当然驚きはする。例えその音を設定したのが自分で、かつ設定してからもう五年は経とうとしていてもだ。

『たすけて』

案の定、メールには見慣れた四文字。
ため息をつきながら戸締りをし、食材を持って家を出た。
通いなれた道も学生のころはなにかと不便なこともあったが車を持つようになった今では大したこともない。
―明らかに貧乏くじを引いたよな…
文句を言ったところで今更どうこうなるものでもない。またため息をつきつつ車を走らせた。

 十分ほどで目的の家に到着する。駐車スペースに車を停めかって知ったるなんとやらで合鍵を使い中に入った。
家の中は数日前に人が綺麗に片付けていったというのに床一面に写真や資料、画材道具の山、山、山。
そして彼を呼び出した本人はというとその散らかった床で眠っていた。
とても気持ちよさそうに眠っているところ悪いのだが突然の呼び出しに応えている側の人間からすれば随分なご挨拶だ。

「おい、起きろよ」

そう言いながら軽く蹴飛ばす。するとのそのそと起き上がり何が起きたのか分からないような顔をして辺りを見回すともう一度寝ようとした。

「亮、二度寝するな。てか、寝るならベッドで寝ろ」

仕方なく荷物を比較的片付いているソファの上に置き揺すり起こす。
少ししてようやく覚醒したのかこちらに人懐っこい笑顔を向けてきた。いつも通りの幼馴染のようすにそっとため息をつく。

「おなかすいた~」

気の抜けるような声と台詞に軽い頭痛を覚えながらかれをその場に残しキッチンへと向かった。
思ったとおり冷蔵庫の中は買ったばかりの状態に近く殆ど空の状態だったので持ってきた食材で簡単な食事を用意した。
よっぽどお腹が空いていたのか亮は無言で食べている。その様子を苦笑いしながら眺めていた。
 学生時代から絵画や彫刻で各賞を総嘗めしそうな勢いで名を馳せ現在も画家として活躍する目の前の青年は確かに芸術的才能には恵まれている。
が、如何せん生活能力は壊滅的だ。俺と亮の共通の幼馴染に言わせれば『生活しようという意識の欠落』だそうだ。
もし神様とやらが才能の打ち分けをしているのであればもう少しよく考えていただきたいものだ。
おかげでこっちは何を考えるにしても亮が最優先事項だ。放っておくとそこらへんの道端で倒れていそうで恐ろしい。
昔は亮のことは全部亮の姉がみていたのだが現在彼女は日本にいない。
別れ際に亮のことを念押しされてしまった。それほど心配なら亮を連れて行くなりなんなりすればいいのに仕事の邪魔はされたくないらしい。
どうもこの一家は芸術家の家系らしく姉のほうは世界的なピアニストだ。―趣味程度でピアノを弾いている彼の指導もするような気まぐれの持ち主でもあるが。
高校生になった頃から亮の事を人に任せるようになり今に至る。
いくら師匠の頼みとはいえやっぱりお人好しな自分にげんなりする事もあるが今更急激に性格が変わるわけでもないので諦めることにした。

 食事を終え作業に戻るかと思われた亮は人の顔を超が付くほどの至近距離で観察しはじめた。おそらく本人的には適度に離れているつもりなのだろうが残念な事に文字通り目と鼻の先だ。

「近いんだけど」

密着してきそうな顔を少し強めに押しのけた。
それでもめげずに近づいてくる目を睨むと不満げに口を尖らせた。子どもみたいだと笑うとさらにふくれっ面になる。

「ねぇ、翔の肖像画書かせ「やだ」

何十回と繰り返した会話とは呼べないレベルのやりとり。諦めのいい亮も何故かこれだけは諦める気配がない。
普段、人物画を描こうとしないので珍しいことだができれば別の人でお願いしたいものだ。

「じゃあピアノ弾いてー」

CDでもかけろと言いかけ目の前の景色に口をつぐんだ。この散らかった部屋ではコンポに辿り着くだけでも骨が折れそうだ。
文句のかわりにため息をつくとピアノの方へと向かう。
キラキラという音がしそうなほどの勢いでこちらを見る目。なんだかんだでこの目に勝てない。
 ピアノ椅子に座ると気分がとても落ち着いた。指先で触れた少しひんやりする鍵盤。
視界の端でいそいそとスケッチブックを用意するのが見えたがそんな事を気にするよりも先に音の中に意識が溶け込んでいった。

 「あんたいつまで弾いてるつもりなの?」

少し温度の低い声と頭に走った軽い衝撃に意識を浮上させる。
いつの間にか日が暮れていたらしく窓の外は闇に包まれていた。
声のした方を向くと呆れたように苦笑を浮かべる優とその後ろに優が作った夕食を頬張る亮が見えた。
いつもと変わらないその様子に苦笑を返す。

「やっぱり優を呼び出したのか」

ピアノを弾いていると時間の事を忘れる翔も翔なのだが亮は決して声をかけようとはしない。決まっていつももう一人の幼馴染の優を呼び出すのだ。
亮いわく姉と似た弾き癖のある演奏をとめたくないらしい。根っからのお姉ちゃんっ子はどうしようもない上に少し屈折してしまっているらしい。
世間的にはたいそう栄えある評価であるのだが本人にプロを目指す意識は欠片もないので本人的には邪魔なものとさえ感じているようだ。
第一師匠である愛もそういう性格だからこそ翔を弟子としていたのだから。

『本気の子を相手にしてると疲れるんだよね。だから息抜きに付き合って』

わざわざ反感を買いに行くようであり指導者にあるまじき発言だがそういう人だから仕方がない。
レッスンと称された時間も大半はお手本も兼ねて好きなだけ愛がピアノを弾いているのを聴くだけだった。
こびりつくように耳に演奏が残っている。癖が似るのは当然といえば当然だろう。

「明日は教会に行ってるから留守番よろしくね」

特に熱心なキリスト教徒というわけでもないが優は日曜日のミサだけは欠かさず足を運んでいる。気持ちが落ち着くとか何とか。
その辺りを共感することはできないので留守番に甘んじている。
お互いに用事があるとき以外は基本的に亮の家にいることが多い。
亮を一人にしておいて家でも爆破されようものなら堪ったものではないからだ。

「そろそろ住み込むか…」

幾度となく考えていた事を誰に問うでもなくぽつりと呟いた。そこに言葉ではなく苦笑が返される。
ずっと通っているのだがこう毎日のように呼び出されると無駄に経費がかかる。こういう事態を考えた上で自由業を選択したのだからどこに住もうと問題はないのだ。無駄に広いこの家には今亮しか住んでいない。
とっくに住み着いているようなものだが一応形だけの帰る家がある。
―さて、どうしたものか
 
 ふと壁に飾ってある淡い色の水彩画が目に入る。
愛のお気に入りのその絵は立派な額縁に入れられ大切に扱われている。
そこにはピアノを演奏する女の子の姿があった。描いた本人は気づいていないようだがそれは師匠の罠にはまって女装をして発表会に出た翔が描かれている。
元々線も細く中性的な顔立ちのせいかふんだんにリボンやレースのあしらわれたドレスを着て薄く化粧をした翔はそこらへんの女の子よりも女の子らしかった。
知らず知らずのうちに笑いが顔に出ていたようで優に不審者を見るような目を向けられたが翔の視線を追い納得したかのように笑い出した。
一応じっと睨んではみるものの睨んでいる本人も笑ってしまっていてはなんの意味もない。
 愛に振り回されることも亮に振り回されることも別に嫌なわけじゃない。というよりも振り回されることが日常となってしまった今、数時間振り回される時間が増えようが何も変わらないだろう。

「とことん振り回されることにするかな」

我ながらお人好しすぎると思いつつも引越しやその他の手続きについて思いを巡らせはじめた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

メアちゃんお題

細かいことは気にしたら負けww
話の続きは各々で想像してください。

唐突とか知ってます!ww

閲覧数:557

投稿日:2014/08/18 21:00:10

文字数:3,228文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • 白瀬はじめ

    白瀬はじめ

    ご意見・ご感想

    二回読んでみました。「惜しい」「もうちょいっ」って感じましたよ。
    たぶん、これはこのまま大切にとっておくと何年か後に「ああ、そうか」って気が付くことがあると思います。

    女装のオチは必ず活かせると思います。例えば
    ――翔のやつ、あんなに嫌がっていた発表会なのに結局出たのかよ。しかも女装してるし……

    とか。あと、人称と視点が定まっていないのが残念……でもいつかきっと出来上がりそう!うらやましいです

    2014/08/19 19:37:21

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました