わたしが大学に入学した年の六月、ルカ姉さんはガクトさんと結婚した。こっちの家に入る形になるので、ガクトさんの方が巡音の姓を名乗ることになる。
 こういう家だから仕方がないけれど、大きな式場で、かなり派手な式になった。そしてお母さんに訊いてみたのだけれど、ルカ姉さんは結局、式に対して自分の希望は全く出さなかったのだと言う。だからドレスもブーケも、お母さんが決めてしまった。わたしも少し、自分の意見を言ったけれど。これが似合うんじゃないかとか、そういうことを、お母さんに向かって。ルカ姉さんとは、相変わらずまともに向き合えない。
 純白の華やかなウェディングドレスを着て、霞のようなヴェールを被り、手に白バラのブーケを持ったルカ姉さんは、とても綺麗だった。どう見ても幸せな花嫁といった姿。けれど、わたしは不安を感じずにはいられなかった。本当に、これで結婚していいの? ルカ姉さん、結婚したくてするんじゃないのに。でも、それを口にすることはできなかった。
 結婚式の式場で、わたしは久しぶりにリュウト君に会った。来年には中学生だというリュウト君は、以前より大分背が伸びていた。
「……リン姉ちゃん」
 式場から披露宴会場まで移動する短い間に、リュウト君はこっちにやってきた。……リュウト君なら、話していても変じゃないわよね。ガクトさんの弟なんだし。
「なに?」
「本当に、これでいいのかな?」
 わたしは、ゆっくりと首を横に振った。リュウト君が、悲しそうな表情になる。わたしは何も言わず、リュウト君の頭を撫でた。
 わたしも、リュウト君も、この結婚はよくないと思う。でも、そう思っているのはわたしたちだけなんだ。そして、誰に言っても、きっと理解してもらえない。
 ふっと、あることが気になり、わたしはリュウト君に訊いてみることにした。
「リュウト君、わたしの家族構成について、何か聞いてる?」
「なんのこと?」
「えっと……リュウト君、三人兄弟なのよね。わたしのところは三人姉妹なんだけど、それ、知ってた?」
 前から疑問だった。ガクトさんは、ハク姉さんのことを知っているんだろうかということ。でも、直接訊くなんてことは、とてもじゃないけどできなかった。だから、少し罪悪感があるけど、リュウト君に訊いてみることにする。
「うん」
 リュウト君は、あっさり頷いた。知ってたんだ……。
「ルカさんが一番上で、リン姉ちゃんが一番下なんでしょ?」
「……ええ。真ん中のハク姉さんのこと、何か訊いた?」
 ハク姉さんは、相変わらず引きこもっている。もっとも引きこもっていると言っても、少し前からこっそり外には出るようになっていた。レン君のお姉さんのおかげで。レン君と引き離された後、ハク姉さんがそう教えてくれたのだ。レン君があの時わたしの部屋に来れたのも、ハク姉さんが手伝ったからなのだという。レン君のお姉さんは、本当にすごい人だ。
 ただこの事実を知っているのはわたしだけで、他の家族は、お父さんもお母さんもルカ姉さんも、ハク姉さんは一歩も部屋を出ていないと思っている。だからガクトさんはハク姉さんに会ったことがない。一体、どう思っているんだろう。
「病気だっていう人のこと?」
 リュウト君の言葉を聞いたわたしは驚いて、リュウト君のことを見つめてしまった。リュウト君は、至極真面目そうな表情をしている。
「病気って……」
 引きこもりは心の病気と言えるかもしれないけど……。何だか、違和感がある。
「病気で、長い間入院してるんでしょ? ぼく、ガクト兄ちゃんからそう聞いたよ。だから一度も会ったことがないって」
 お父さん、そんな風にハク姉さんのことを説明したのか。調べられたらすぐにバレそうな気もするけど。……やっぱり、お父さんのことはよくわからない。それに……義理の兄妹になるのよ。一度もお見舞いに行かないという事実を、おかしいってガクトさんは思わないんだろうか。あるいは自分は行かなくても、ルカ姉さんが行かないことを変だと思わないの? もう、何がなんだかよくわからない。
「大変だね」
 リュウト君にそう言われて、わたしは、曖昧に頷いた。確かに大変だ。リュウト君が考えているのとは違う理由でだけど。


 披露宴の最中も、わたしの気分は鬱々として晴れなかった。とはいえ、新婦の妹が憂鬱そうにするわけにはいかない。わたしは、必死で笑顔を作った。会場では、招待されたお客さんたち――ほとんどは、会社関係の人だ――が談笑している。そんな中にいると、わたしは尚更取り残された気分だった。……明るい表情をしていないのは、リュウト君ぐらい。そんなリュウト君は、リュウト君のお父さんに窘められていた。
 式が終わると、ガクトさんとルカ姉さんは、新婚旅行に行ってしまった。行き先はヨーロッパ。二週間ぐらいかけて、複数の国を回るらしい。この旅行の計画は、全部ガクトさんが立てたようだった。……ルカ姉さん、そっちに対しても何も言わなかったのね。
 楽しんできてね、とわたしは作り笑顔のままで言った。ガクトさんが笑顔で、お土産を楽しみにしていてくれ、とわたしやリュウト君に言う。ルカ姉さんはちらっとこっちを見たけれど、何も言わなかった。わたしの背筋に寒気が走る。リュウト君が、何故かわたしの手をぎゅっと握った。そんなわたしたちを見て、ガクトさんがまた笑う。
「リュウトはすっかりリンちゃんと仲良くなったんだな」
 ガクトさんは、わたしとリュウト君が仲良くなったのが、純粋に嬉しいみたい。基本的には、いい人なのよね。
「……わたし、一番下だから、弟ができたみたいで嬉しいです」
 少なくとも、これだけは本当だ。ガクトさんは笑顔のまま「可愛がってあげてくれ」と言った。
 一つだけ、わたしの予想とは外れたところがあった。それは、ガクトさんがわたしたちの家には住まないということだった。ガクトさんは「しばらく二人きりで夫婦生活を楽しみたい」とお父さんに言ったらしい。どうやって話をつけたのかまではわからないけれど、その結果、ガクトさんは都心に高級マンションを借りた。旅行から戻ってきた後は、ルカ姉さんを連れて、そこに移り住む予定になっている。
 いずれは戻ってくるのだろうけど、その時、わたしはこの家にはいないだろう。
 ……仕方ないのよ。わたしは、自分で自分にそう言い聞かせた。ジュリエットがアリサを救うことができなかったように、わたしにルカ姉さんを救うことなんてできないのだから。
 アリサに救われる術って、あったんだろうか。……それも、わたしにはわからない。でも、アリサと同じ結末だけは迎えてほしくない。あんな悲しい終わり方は。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 第七十二話【滅びにいたる門は大きく】

 今回のエピソードは独立させず、前のとくっつけてしまうかどうで迷ったんですが、結局分離させることにしました。

 久しぶりにルカが登場しましたが、一言も喋ってない……うーむ。

 ちなみにリンは「こちらに家に入ることになる」と言っていますが、現行の法律ではそういうことはないんですよね。単にがっくんが嫁さんの姓を名乗るだけ、ということなんです。養子縁組をするという手もあるのですが、そこまではやってません。
 まあ要するに、登場人物のほぼ全員(カイト除く)が、そこら辺の知識があまり無いんです。

閲覧数:1,159

投稿日:2012/05/17 23:40:58

文字数:2,752文字

カテゴリ:小説

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  • 水乃

    水乃

    ご意見・ご感想

    こんにちは、水乃です。

    いよいよルカは結婚ですか………花嫁衣裳はすごく似合いそうですが、自分の式なのに自分で決めないのはどうかと思います。何でもいいって言える問題じゃないと思いますが……仕方ないですよね。

    2012/05/18 14:28:20

    • 目白皐月

      目白皐月

       こんにちは、水乃さん。メッセージありがとうございます。

       花嫁衣裳をウェディングドレスと打ち掛けのどっちにするかで迷ったのですが、ドレスにしました。相手ががっくんだから和装でもいいかなとは思ったのですが。
       リンが度々言っているように、ルカは結婚したいわけじゃないんですよね。お父さんから「この人と結婚しなさい」と言われたから、従っているだけで。相手は割とまともなんですが、鈍い人でもあるから……どう転ぶかは難しいところです。

      2012/05/18 23:30:29

  • 凪猫

    凪猫

    ご意見・ご感想

    クライマックスに近づいてきて
    更におもしろくなってきました!!続きが気になります!!
    ルカさん達の日常生活等も見て見たいですね。

    2012/05/18 00:18:54

    • 目白皐月

      目白皐月

       こんにちは、凪*にゃんさん。メッセージありがとうございます。

       これからしばらく本編の方のみの更新になる予定です。ルカさんはさすがに年齢的に結婚しないと変なので、結婚してもらいました。
       二人の日常生活は今のところ書く予定がありませんが、どうなったかは外伝で補填したいと思っています。落ちをどうするかで悩んでいますが。

      2012/05/18 23:27:55

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