その日の昼、ミクからメールが入った。「放課後ちょっと相談したいことがあるから、いつもの喫茶店に来てね」と書いてある。一緒に住んでいるんだから、わざわざ俺を呼び出さなくてもいいと思うんだが。
ミクは俺の従姉だ。俺の両親は現在仕事で海外赴任中で、俺は父親の兄である、ミクの父のところに中三の時から預けられている。同い年のミクは、外見はすごく可愛い。いや実際、そこらのアイドルなんか目じゃないぐらいに可愛い。スカウトが来ないのが不思議なぐらいだ。でも性格の方はというと……。
「あっ、クオ!」
放課後、待ち合わせ場所の喫茶店で俺を見かけたミクは、笑顔で手をぱたぱたと振った。
「よっ」
ミクの向かいに座り、メニューを眺める。十月に入ったとはいえ、今日は暑い。注文に来たウェイトレスに、アイスコーヒーを注文する。ミクはアイスココアを頼んだ。
「で、なんだ? 相談したいことって」
「あ、うん。あのさあクオ、鏡音君と仲いいよね?」
「なんだよいきなり」
レンは高校に入ってからの友人で、まあ、親友と呼んで差し支えない仲だ。ちょっと何を考えているのかわからないところがあるが、基本的にはいい奴だと思う。
「調査よ調査。クオ、鏡音君って、今つきあっている人はいる?」
はあ? なんでミクがレンの交友関係を気にするんだ。と思いつつ、律儀に答えてしまう自分が悲しい。
「今はいないはずだけど。去年の今頃に彼女と別れたって聞いてから、新しいのができたという話は聞いてないし」
この前の学祭の時も、来ていたのはお姉さんだけだった。彼女がいたら連れてくるだろう。
「じゃあ今フリーなんだ。ね、前の彼女と別れた理由って何?」
「なんでそんなこと訊くんだよ」
「だって知りたいんだもん。浮気性だったりすると困るし」
誰が困るんだよ。
「なんか……相手の子に別に好きな人ができたらしい。学校が違うからつきあいの継続が難しかったんじゃないのか。詳しいことは聞いてないから俺も知らない」
「じゃ、浮気とか暴力とかじゃないのね。まあ、真面目そうだし大丈夫だと思ったけど。これならOKだわ」
ミク……お前は、テレビの人生相談の見過ぎじゃないのか?
「何がだよ。おいミク、自分一人で納得してないで、俺にちゃんと説明しろ」
ここで、俺はある可能性を思い当たった。
「なあ、ミク……。お前、もしかして、レンのことが好きなのか?」
ここでミクに「はい」と答えられたら、俺はレンとミクの仲を取り持たなきゃならないのか? そりゃ、レンなら彼氏としても充分ミクと吊り合うだろうが……正直、その光景を想像したくない。……あいつぐらいなんだよ。俺に「ミクを紹介してくれ」って言って来なかったの。
「え? 嫌だ違うわよ」
ミクはくすくす笑いながらそう言った。この笑い方からすると……本音だな。ごまかしてるわけじゃなさそうだ。うん。
……って、なんで俺はほっとしてるんだ?
「じゃあ何が『これならOK』なんだ」
「鏡音君とリンちゃんの仲を取り持ってもOKってこと」
……はい?
「どこからそういう話が出てくるんだ」
リンちゃん……巡音さんのことか。ミクのちっちゃい頃からの仲良しだ。俺はあんまり話したことがないからよく知らない。ミクとはタイプが違うが綺麗な子で、二人で並んで歩いているとかなり目立つ。まあ、「高嶺の花すぎて話しかけがたい雰囲気」でもあるんだが……。巡音さんは巡音グループのトップの娘、ミクはミクで初音コンツェルン社長令嬢で、どちらも筋金入りのお嬢様だから仕方ないかもしれんが。
え? 俺? 俺は別にそんな大層なご身分じゃないですよ。うちの父親は、一族の会社を嫌がって飛び出してった変わり者だし。もっとも家族としての縁を切ったわけじゃないから、今、俺はここにこうしているわけだけどさ。
「今日ね、リンちゃんと鏡音君が話をしてたの。それを見てわたしはぴんと来たのよ」
「……何が」
ああ、自分の声がどうしようもなく疲れているのが自分でもわかる。でも、ミクは気づいてくれない。
「あの二人は絶対お似合いだって!」
こぶし握って断言するミク。俺はテーブルの上に突っ伏したくなるのを必死でこらえた。というかさあ……。
「なんでそこでお前が盛り上がるんだよ」
「え~、だって、高校生活勉強ばかりじゃ淋しいじゃない? リンちゃんが彼氏を作るチャンスをものにしてあげるのが、親友の務めってものでしょ?」
どういう理屈だ、それは。つーか、余計なお世話って言葉を知らんのか。
「お前だって彼氏いないじゃないかよ。他人の世話焼く前に、自分をどうにかしたらどうだ?」
俺がそう言うと、ミクは怒り出した。
「しょうがないじゃない! わたしにつりあうようないい男がいないんだから!」
お前の基準が厳しすぎるんだよ、とは、口が裂けても言えないな、こりゃ。というか、彼氏にしたい男の条件が「世界で一番お姫様って扱いをしてくれる人」ってのは一体何なんだ。そんなこと言ってると、一生彼氏ができんぞ。俺はむっつりした気分で、アイスコーヒーを一口啜った。
「それにしても……お前それだけの理由で、レンに巡音さん押しつける気か」
巡音さんは確かに可愛いけど、俺だったらつきあいたいとは思わない。なんつーか、雰囲気が暗いんだよ。正直、一緒にいたら疲れそうだ。
「クオ……それ、どういう意味?」
げ、口が滑った……ミクの目が据わっている。俺の背筋を冷たいものが流れ落ちた。
「ミ、ミク……そんな怖い顔するな」
「『レンに巡音さん押しつける』って、どういうつもりで言ってるの? リンちゃんはわたしの友達よ? クオは、リンちゃんをそういうふうに思ってるの?」
う……本音を言ったらミクに確実に殺される。何とかごまかさないと。
「い、いやだからさ……レンの気持ちはどうなるんだよ? お互いの気持ちが大事だろ。レンにせよ巡音さんにせよ、好みは逆かもしれないぞ」
必死で言い訳を探した結果、出てきた台詞はこれだった。
「それは……まあそうだけど……」
不承不承という様子でミクはそう言った。どうやら、最悪のルートは免れたらしい。
「でも、うまくいくかもしれないでしょ?」
ミクは思ったよりもしつこかった。何をそんなに必死になっているんだろう。俺にはさっぱりわからん。
「可能性がないとは言わないが……」
「じゃあやるわよ」
「何を」
「二人の仲を取り持つの!」
勘弁してくれ。何で俺がそんなことしなくちゃならないんだ。
「クオ、手伝ってくれるわよね?」
そんな面倒なことに関わりあうのは嫌だ。けど、そう言ったらミクが怖い。何をされるかわからない。
「……わかったよ。で、俺は何すりゃいいんだ。言っとくけど、レンを巡音さんとつきあうよう説得するのは無理だぞ」
「そんなこと頼まないわよ。あのね……」
嬉々として「作戦」とやらを話し出すミク。何が楽しいのか知らないが異常にはりきっている。
すまん、レン。俺の日常の平穏のためにも、お前は巡音さんとうまくいってくれ。
ロミオとシンデレラ 第三話【クオの困惑】
ミクオを書くのはこれが初めてです。あ、それを言ったらハクもか。
この話の場合、主役二人が序盤はあまり積極的に動いてくれないので、どうしても両サイドで背中を押してやる人が必要なんですね。レンサイドのそのキャラクターを誰にするのかはかなり悩んだんですが、最終的にミクオになりました。カイトの年齢を下げることも考えたんですが、どうもイメージとあわなくて……。
余談ですが、ハイテンションなミクは書いていて楽しい。
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