第七章

彼の家へと歩き始めて10分程だったか、小さなアパートを指差し、
「あれが僕の家だよ」とアパートの一室を教えてくれた。
「寒いね」なんて言葉を交わし合いながら、彼の部屋の前まで来ていた。
「温かい飲み物でも飲もう」そう言って、彼は私を部屋へと招き入れてくれた。
一人暮らしにしてはやけに綺麗な部屋に驚いたが、
そこら中に散らばっている「元カノ」の気配を感じ取ることが出来た。
一緒に住んでいたんだな、とふと思った時に「煙草でも吸う?」そう彼に問いかけられて
私は素直に頷いていた。
部屋で吸っても良いよと言ってくれたが、彼は煙草は吸わない。
きっと元カノが吸っていたのだろう。
私は、「ベランダで吸うよ」そんな事を言って少し一人になりたかったのである。
常に持ち歩いている煙草ケースを取り出し、ベランダへと向かった。
煙草ケースには必ず入れてある携帯灰皿やジッポそして香水。
主人には友人に会って来るね、とだけ伝えていたが
特に私に関心がある様子でもなかった。
私は煙草ケースから中身を全て取り出し、煙草に火を点け
ほんのりと香る香水まで纏っていた。
私が香水を纏う時は決まって落ち着きたい時なのだが
彼と一緒に暮らしていただろう女性に頭が持っていかれる。
簡単な事だが、私は動揺していたのだ。
ゆっくりと煙を吐き出しながら、頭の中を空っぽにしていく。
外はまだ明るい時間だ。
なんとなしに身体を求められてしまうのかもな、と今更ながらに気付く。
煙草を口に持っていく手、吸うペース、全ての自分の行動だけに集中し、
ゆっくりと丁寧に煙草を吸った。
色々と頭の中を過りそうになりながら、煙草と香水の香りだけに集中し
部屋へと戻った頃、温かなココアを準備してくれていた彼は
屈託のない笑顔で「ココアで良かったかな?」と私に差し出してくれた。
私はいつもの様に満面の笑みで「勿論、ありがとう」と受け取った。
小さな小さな箱の中に2人きりの時間が始まろうとしていた。

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煙の行方

彼に会う事になった主人公は彼の部屋へと行く事になる。
この後どうなってしまうのか…。

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投稿日:2024/02/13 04:14:18

文字数:838文字

カテゴリ:小説

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