変わるもの、変わらないもの

 リンがリンベルとして王宮に仕えるようになり三ヶ月。
 先輩のリリィから指導を受けつつ、リンは王子直属のメイドとして働いていた。最初の頃は激変した王宮に戸惑ったものの、玉座の間や王子の私室までは派手になってはおらず、おそらく上層部の貴族がやったのだろうと判断が出来、レンの趣味ではないのに安心した。
 レンは新しく入ったメイドが双子の姉だと気付いていないのか、もしくはあえて気付いていないふりをしているのか、リンがそれと無く話を振っても答えようとしなかった。
 もしかしたら、レンの中では三年前の大火災で死んだ事になっているのかもしれないとリンは思う。街一つを焼き尽くした程の惨事、しかも三年間全く姿を見なかったとなれば、火事に巻き込まれて命を落としたと考える方が自然だろう。
 黄の国王女として、双子の姉として接するのは無理だけど、メイドとして、他人としてならレンの傍にいられる。生きているのに存在を否定されるのは辛いが、今はその事を受け入れるしかない。
 王宮に入ってしばらくして分かったが、どうも王子であるレンとスティーブを中心とした貴族一派との間には軋轢があり、レンは相当際どい立場にされている。
 国の為と言う名目で不当な搾取を行う上級貴族に歯止めをかけたいが、彼らを失脚させると政治に困難をきたすのは明白だ。父の代に働いていた王族派の高官達は軒並み解任、左遷され、断腸の思いでスティーブ一派に頼らざるを得ない状況に追い込まれている。狡猾な貴族はその環境を理解しているので好き勝手に振る舞っているのだろう。
 リリィから聞いたが、レンは身分に頼らない人材発掘と育成を試みているものの、その人達は貴族へ反発の兆候や態度を示した途端に解雇をされてしまい、政治を任せられる人材が余所へ行ってしまうようだ。腐った上層部に嫌気が差して自ら去った人もいるらしい。
 好くない事ばかりが多い王宮に辟易していたリンだったが、仕事に慣れて余裕が生まれてからは、王宮の全てが悪くなった訳ではないと考えられるようになっていた。

「リンベル。レン様にこの手紙届けてくれない?」
「分かった。王子がどこにいるか分かる?」
 これから城下へ買い出しに行くと言うリリィから頼まれて、リンは二つ返事で引き受ける。初めて会った時は怖くて近寄りがたい印象ではあったが、一緒に仕事をしている内にかなり打ち解けて、今では友人のような間柄になっていた。
 頼りになる先輩であり、面倒見の良いお姉さんのようなリリィは、歳が近いのと人手が欲しいという理由により、入ってすぐに王子直属のメイドとして働いていると言う。王宮に仕えて三年程だと教えられたが、まるで昔からいたように感じる事がリンにはあった。
「この時間なら、レン様は訓練場にいると思う。いなかったら、多分部屋に戻ってる」
「ありがとう。ちゃんと受け取ったからね」
 リンは手紙を渡された事を確認してリリィを見上げる。変わり果てたと思っていた王宮で、彼女の存在は光明だった。まだ国の全てが腐った貴族の思い通りになった訳じゃない。外からは見えなくても、レンは国を良い方向へ変えようとしているのが理解出来た。
「じゃ、頼んだからねー」
 軽い口調で言い残し、リリィは買い出しに出かけていく。初対面の敬語は何だったのかと聞いた事があるが、本人は現在の態度が地だとはっきり言っていた。
 リリィを見送り、リンは手紙に目を落とす。差し出し人と封蝋に印された紋様を見ると、レンに直接渡して読んでもらわなくてはいけないものだ。
 隣国との関係は昔に比べて良くなって来ているのだろうか。国際関係へ希望を抱きつつ、リンは訓練場へと歩き出した。

 幼い頃は格好の遊び場だった王宮の回廊。レンと一緒に走り回っては怒られたのを思い出して、リンは足を進めていく。成長して視点が高くなったせいなのか、王宮にいた頃に比べると廊下が小さく感じる。
 玄関広間を抜けようとした時、そこを歩く男性がいた。リンが脇に退いて一礼すると、
男性は会釈をして立ち止まった。
 柔和な顔つきに、派手ではないが質の良い服に身を包んだ中年男性。スティーブとは正反対の印象を与える。
「お仕事、頑張っているようだね」
 リンに労いの言葉をかけたのは、家臣の一人ジェネセル。大臣として国を支え、レンが上層部で信頼している希少な人物だ。スティーブも彼の実力は認めているらしく、追放も左遷もされていない稀有な人間でもある。
 ありがとうございますとリンは頭を軽く下げる。ジェネセルはゆったりと微笑み、玄関広間を後にした。

 この国はまだ大丈夫。人数は多くないけど、レンを支えてくれる人はちゃんといる。
 王宮の外れに位置する訓練場。近付くに連れて威勢の良い掛け声と武器をぶつけあう音が耳に届き、兵士達が鍛錬に励んでいるのが容易に想像出来た。
 中にいる人達の邪魔をしないよう、リンは静かに扉を開いて訓練場に足を踏み入れる。基本の素振りや型の練習をしている者や、練習用の武器で模擬戦を行っている兵を眺めながら、壁沿いに歩いてレンの姿を探す。中庭を除けば王宮で最大の広さを誇る訓練場に人が集まっていると、誰か一人を見つけ出すのに苦労する。
「おー! リンベルちゃん」
 あちこちを見ていたリンは足を止め、自分を呼んだ声の方へ振り返った。
 歩み寄って来たのは、飛びぬけて身長が高く、褐色の短髪を逆毛にした兵士。訓練中の為か、普段装備している赤い鎧は着ておらず、軍服姿で笑みを浮かべていた。
「こんにちは、アルさん」
 初めて見た時には体の大きさに驚いて、熊が鎧を着ていると思った彼にも慣れたものだ。リリィと言いアルと言い、長身の相手を見上げる事が日常化している。
 アルは「おう」と短く挨拶を返し、リンの目的を察して口を開く。
「レン王子だろ? こっちだ」
 当たり前のようにリンを先導する。歩く速さを合わせてくれているアルに遅れないよう、リンは近衛兵副隊長の後を付いていった。

 メイコが隊長を務めていた近衛兵隊にも、上級貴族による人員整理の手が及んでいた。レンから聞いた話だと、メイコは国王夫妻を守れなかった責を問われ、六年前の混乱期に罷免されてしまったと言う。その時に近衛隊に所属していた面々も追い出されてしまい、近衛隊は解体も同然の状態だったらしい。
 現在の近衛隊は、以前とは名前が同じだが全く別物になっている。隊長を含めても十人に満たない人数で構成された部隊は、昔とは比べ物にならない程小規模なものだ。
 部隊として正式に認められたのは今から一年と少し前と教えてくれたのは、新生近衛隊の隊長に就任した、髭が特徴的なトニオと言う名の兵士だった。

 アルに案内されてしばらくすると、訓練場で一際激しい音を立てている一角に到着する。リンとアルの方に近い位置で座って見学している近衛兵二人と、音の発生源からやや離れた位置に立ち、審判役をしているトニオが見えた。
「まだ稽古中みたいだな」
 少し待っていて欲しいと言うアルに頷いた直後、金属音が耳を打ち、リンは稽古中のレンへと目を向けた。
 対複数の模擬戦なのか、二人の兵士がレンの相手をしていた。一人は細身の剣を持ち、レンの長剣と交差させている。防御の姿勢と音から考えると、兵士から攻撃を仕掛けられ、レンはそれを刀身で受け止めたと言う所だろう。もう一人の兵士は槍を構え、レンの斜め前からじりじりと間合いを詰めている。
 三人が使っているのは、安全の為に切っ先が丸められ、刃が付けられてない訓練用の武器だ。それでも、大きさや重さは本物とほとんど変わらない。
 レンは押すか引くかを考えているのか、剣を合わせたまま動かない。隙を窺う人がいるのを教えたい気持ちを抑えつけ、リンは緊張感漂う稽古の様子を見守る。
 均衡を崩したのは、槍を構えていた兵士。唐突に踏み込むや否や、隙間を縫うようにレンへ槍を突き出した。
「あっ……!」
 リンが短い悲鳴を上げる。それと同時か僅かに早く、レンは行動を起こしていた。
 剣を合わせた状態から一歩真横に飛び、槍が当たらない位置へ瞬時に移動する。一瞬前まで自分がいた場所に穂先が通り抜けるのを視界の隅で把握し、目の前の相手をしっかりと捉える。兵士が構え直した細剣目掛けて、レンは両手で握った剣を薙いだ。
 鋭い金属音がリンの耳を刺す。細剣を払ったレンは槍の兵士へ向かって足を踏み出して素早く懐に飛び込む。相手が槍を短く持ち直す隙を与えないまま、剣の先端を眼前に突きつけた。
「そこまで!」
 トニオが片手を伸ばし、勝負ありと告げる。模擬戦の終了を教えられたレンは剣を下ろし、二人の兵士も緊張感を解いた。
「レン王子、リンベルちゃんが来てますよ」
 アルが呼びかけると、訓練着姿のレンはリンに向き直る。兵士を相手取っていた時とは一転、気の抜けた様子で話しかけた。
「どうした? 何か仕事か?」
 六年の間ですっかり変わって違和感のあった言葉遣いも、三ヶ月共に過ごせば普通に思えてくる。
 仕事と答えるかどうか迷ったが、リンは第一に用件をこなす。
「緑の国から、王子にお手紙が届いています」
「えっ? ……そっか、そろそろか」
 周りに人がいるのと、個人的な物かと思い、あえて差し出し人の名前は伏せて伝えたが、レンは誰からの手紙かを分かっているようだった。
「なら早い方が良いよな……。区切りも良いし、終わりにするか」
 稽古は前倒しにすると近衛兵達に知らせ、レンは一旦リンから離れる。壁に立てかけておいた自分の剣と模擬剣を入れ替えて戻り、トニオとアルに指示を出す。
「トニオかアルのどちらかは残って訓練に当たって欲しい。近衛隊の誰を護衛に回すかは任せる」
「はっ」
 隊長と副隊長が揃って敬礼する。メイコとはまた違った信頼を寄せているのだなとリンは確信し、レンに伴われて訓練場を去って行った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第20話

 三年間に何があったかの説明みたいな回。そして次回に続く。

 

閲覧数:356

投稿日:2012/07/25 14:44:52

文字数:4,087文字

カテゴリ:小説

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  • june

    june

    ご意見・ご感想

    フラグを立てるのは大切ですよね(笑)

    次回も楽しみにしています!

    2012/07/26 21:43:20

    • matatab1

      matatab1

       そして立てたフラグを回収出来るか不安になる(笑)
       
       メッセージありがとうございます。次回は意外な人物の名前が出るかもしれません。 

      2012/07/26 21:54:03

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